第21話、詳しく

「念の為言っておくけど、グロリアちゃんを怯えさせたら、ただじゃおかないからねぇ?」


 お肉を焼いてくれてた女の人が、ゴキッと指を鳴らしてリョウシュさんを睨みながら告げる。

 怖い人、なんだろうか。その割に威圧感も何も感じないけど。

 リョウシュさんはビクッとすると、すすすとギルマスさんに近付いて行った。


「おいボール。お前の所の職員怖い。ギルマスだろ、助けてくれ」

「知らん。俺も怖い」


 ボール? ギルマスさんって他にも名前が有るんだ。どっちで呼ぶ方が良いんだろう。

 でも他の人はギルマスって呼んでるし、私もそっちの方が良いのかな?


『ああ、そうだ。確認しておいた方が良いな。グロリア、領主とは何か解るか?』

「・・・名前じゃ、ないん、ですか?」

『名前ではないな。領地内の最高責任者・・・と言っても解らんか。まあ領主、という仕事の役職名だと思っておけば良い。細かい事は今は必要ないだろう』

「・・・仕事の、名前。私の、闘士、みたいな、ですか」

『そうだな。ギルマスと同じだな。』


 そっか。領主という仕事の名前。ギルマスさんもそうだったんだ。

 てっきり名前なのかと思っていた。ちゃんと覚えておこう。


 なんてガライドと話していると、領主さんが恐る恐るな様子で近付いて来た。

 やっぱり怖い人には見えない。むしろかなり弱い様な。

 不思議で首を傾げていると、彼は私に目線を合わせる様にしゃがみ込んだ。


「どうも初めまして、お嬢さん。私は魔獣領の領主、リーディネット・シジュールと申します」

「・・・グロリア、です」

「はい。宜しく、グロリア」

「よろしく、おねがい、します」

『魔獣領? 何とも物騒な名前だな。正規名称なのか俗称なのか・・・』


 ガライドの言う通り、領主さんは『領主』以外の名前を名乗った。

 リーディッドさんと名前が似てる。間違えない様に気を付けよう。


「先ずはそうだな、妹を助けてくれた礼を告げておきたい」

「・・・いも、うと?」

「ああ。多分言ってないんだろうが、あそこにいるリーディッドは私の妹だ」

「誰ですか貴方。勝手に人を妹にしないでくれませんか」

「・・・年々兄に対し当たりがきつくなる・・・絶対傭兵ギルド職員のせいだ」


 領主さんはくすんと泣きながら俯き、はぁ~と大きな溜息を吐く。

 妹は、確か家族を表す言葉だ。兄の方が歳が上だったと思う。

 二人は家族だったのか。名前が似てるのはそれでなのかな。

 でもリーディッドさんは否定してるけど・・・どっちが本当なんだろう。


『成程。ギルマスがグロリアについての意見を彼女に求めたのはそれが理由か。彼女の身分を知っているのだな。いや、領主と知り合いの様だし、元々付き合いがあったという所か』


 身分。身分って、偉い人の言葉だった気がする。

 もしかしてリーディッドさんは偉い人だったんだろうか。


 でもあの人は良い人だった。ギルマスさんも良い人、だと思う。多分。

 やっぱりガライドの言う通り『偉い』にも色々意味が有るんだ。

 なんて思っていると、領主さんが私に向き直った。


「グロリア。君の事情はボールと職員達から聞いた。強力な魔道具を使ったというのに反動も見られない。君は確かに、鍛え抜かれた闘士だ。そこは疑いようもない」

『・・・非適合者や適合係数の低い者が無理に使った反動の事か? この言い方から察するに、私クラスの端末が今もどこかに存在している可能性が有るな』


 ガライドのくれたこの両手両足。それに近い魔道具が存在するらしい。

 それはちょっと見てみたい。その魔道具にもガライドみたいな人が付いてるんだろうか。


「だが私は君の言葉にしていない言葉を疑っている。何か、話していない事はないかな」

「―――――」


 まるで怖くない。そう思っていた目の前の人に、不思議な迫力を感じた。

 闘って負ける気はしない。殺される気もしない。絶対勝てる自信が有る。

 怖い訳でも、威圧感がある訳でもない。でも何故か、不思議と、目を逸らせない。


『・・・グロリアが呑まれるとは。中々曲者だなこの男。流石は領主という事か』

「どうしても話したくない、というのであれば無理には聞かない。だが私が君に手を貸す事は出来ないかもしれない。不確かな情報が多過ぎる以上、領地で保護する事も危険視している」

『・・・領民を背負う立場であれば、当然の判断ではあるな』

「だが君が語っていない部分を語ってくれるのであれば、話は変わるかもしれない。勿論語った所で変わらない可能性だってある。だからその上で聞きたい。何か、話していない事は無いか」

『・・・あくまで選択肢は委ねる。だが不利益を感じればどちらにせよ手は貸さない、か』

「私的感情で言えば手を貸したい。君は私の家族を、領民を救ってくれた。それがどんな意図だったにせよだ。だから恩には恩で返したくはある」


 話していない事。多分奴隷の首輪の事だろう。

 あとは食事や水を貰ってなかった事も話してなかった気がする。

 細々とした生活部分も、話していない範囲に入るのかな。


 ただそれを話すには、ガライドの許可が要る。

 私では判断できないと思い、傍に浮くガライドに目を向けた。


『・・・そうだな。伏せておくべきかと思ったが、話してみた方が良いかもしれん』

「・・・解り、ました。話し、ます」


 ガライドが話した方が良いと言ったので、頷いて領主さんに話す。

 帝国の奴隷だった事。奴隷の首輪を付けていた事。

 奴隷としての日々と、闘士としての日々。

 そして最後に森に捨てられ、ガライドと会って森を抜けた事を。


「多分、これで全部、です」


 けれど話してみて、あんまり話す事は無かったなと感じた。

 私のこれまでの生活なんてそんな物だ。たったそれだけしかない。

 リーディッドさん達と会ってからの方が、語れる事は多い気がする。

 ただ語り終わってふと周りを見ると、皆物凄く険しい顔や、悲しそうな顔をしていた。


「な、何だよそれ。そんな状態であの森に捨てられて、普通生きて帰れる訳ないじゃないか!」

「帝国の奴隷ってそんな扱いで許されるの!?」

「酷い・・・こんな小さな子に・・・!」

「食事も・・・水もって・・・くそっ、胸糞わりぃ」

「道理で生で魔獣を食べる訳だよ。それが当たり前だったんだな・・・クソが」

「帝国の闘技場は狂人の集まりだな。ぜってぇ行きたくねぇ。つか帝国に行きたくなくなった」

「一人で森の反対側から抜けて来たって・・・洒落になってねえじゃん・・・」


 皆が怒っている。悲しんでいる。文句を言って、険しい顔を、嫌そうな顔をしている。

 なのに何故だろう。皆嫌そうなはずなのに、それを『嬉しい』と思う自分が居た。


「・・・嘘は、なさそう、だね。むしろ嘘であって欲しい情報も多かったなぁ。それにしても帝国かぁ。中々に狂ってるねぇ。魔獣の森の反対側じゃなければ、うちもどうなっていたか」

『帝国は森の真逆か。狙った訳ではないが、これは僥倖だ』


 ガライドの機嫌が良い。帝国にはいきたくないって言ってたからだと思う。

 私も戻りたくはない。もうお腹いっぱい食べられない生活は嫌だ。


「で、どうすんだ領主殿。帝国と事を構えそうだから手を引くか?」

「いやぁ、むしろこんな話を聞いてしまったら、逆に手を出す必要性を感じるかな。というか解ってて言ってるだろ、ボール。さっきの話、お前なら彼女を手放しちゃまずいのは解るだろ」

「そりゃな。だがはっきり言っとかねえと怖いぞ。後ろ見て見ろ」

「・・・なんで俺睨まれてるの?」

「お前がグロリアに協力出来ないとか言うからだよ。次下手な事言えば全員でボコられるぞ」

「仕方ないじゃん! 俺だって別に嫌がらせとかで言ってる訳じゃないんだよ!?」

『・・・グロリアを手放しては不味い? どういう事だ?』


 ギルマスさんと領主さんの会話を聞いて、ガライドが不思議そうに呟く。

 彼が解らない事なんて当然私が解るはずもなく、首を傾げて見つめる事しかできない。


「にしても発掘品の寄せ集めじゃなくて、完品の古代魔道具の使い手かよ。道理で強力な訳だ」

「未踏の土地故に遺跡が存在する可能性はあったが、こんな形で証明されるとは」


 古代、魔道具・・・普通の魔道具と、何か違うのかな?

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