第2話、闘技場の覇者
今日で何日だったっけ。今回はいつもより、食べさせて貰えない期間が長い。
食べてなさ過ぎて、頭がぼーっとする。体に力が入らない。
・・・お腹、空いたな。水も飲んで無いから、流石に、辛い。
「グロリア、出番だ! 食いたければ勝って来い!」
乱暴に扉が開いたと同時に叫ばれ、空腹な体にやたら響いて辛い。
けれど止めてくれなんて言う元気なんてない。そんな事を言っても仕方ない。
下手な事を言えば痛い目に合う。奴隷の首輪が、締まる。
「・・・はい、ご主人」
空腹で力の入らない体に無理やり力を入れ、よろけながら何とか立ち上がる。
じゃらりと首に繋がれた鎖を重いと感じつつも、ゆっくりと主人の下へ歩く。
その遅さが気に食わなかったのか、主人の顔が歪むのが解った。
「早くしろ! グズが!」
「・・・うぐっ、申し訳、ありま、せん」
鎖を引っ張られ、首に繋がれた拘束が締まる。
それと同時に腹を殴られたけれど、そっちは大して痛くない。
首輪が締まる方が、魔道具の拘束の方が辛い。
大人しく謝罪を口にして、拘束が緩まるのを待つ。
「ふん、連れていけ!」
「はい主様。来い、化け物」
「・・・はい、解り、ました」
鎖を使用人に手渡し、使用人が私に指示をする。
素直に頷いて付いて行き、何時もの部屋で準備をさせられる。
汚い所で寝ていた体を綺麗に拭き、髪も綺麗に梳く。
ただ空腹過ぎて腕に力が入らず、意識も朦朧としているせいで出来ているか解らない。
「何時もの衣装だ」
「・・・はい」
真っ赤なドレスに、真っ赤な手袋に、真っ赤なブーツを身に着ける。
そして赤い髪を後ろで結い上げ、首輪から鎖を外す。
当然奴隷の首輪はついたまま。外したのは鎖だけだ。
「・・・準備、出来ました」
「なら早く行くぞ。お前が遅れると俺までお叱りを受ける」
「・・・はい、すみま、せん」
「全く、相変らず見た目の器量だけ良い小娘だな。化け物が」
使用人に力なく答え、先導されるままに後ろを付いて行く。
他にも何か言われた様な気がするけど、気にする余裕がない。気持ち悪い。
霞む視界と力の入らない足で、よろよろとふらつきながら暗い通路へ。
そうして進むと段々光を感じ、そして大きな声が響いて来るのが耳に入る。
「行け」
「・・・はい」
言われるままに光と声の下へ出ると、更に大きな声が私を襲う。
煩い。頭が痛い。でも文句なんか言えない。言ったら勝っても食べさせて貰えない。
私は私の与えられた役目をこなして、大人しく食事を貰って生きていくしかない。
『本日のおおとり! 小柄な体躯と美麗な容姿からは想像も出来ぬ闘技場の覇者! 絶対強者! 常勝無敗! 今日も紅い身を更に紅く染めるか! 紅蓮の暴食、グロリアアアアアアア!!』
「グロリアアアアアアア!」
「今日もお前を見に来たぞおおおおお!」
「やっちまええええええ!」
何時もの紹介が耳に入り、ゆっくりと俯いていた顔を上げる。
すると大きかった声が更に大きくなり、ガンガンと頭に響く。
辛い。くらくらする。日差しもきつい。水が欲しい。お腹、空いた。
『相対するは凶悪な巨大魔獣! 一度暴れ出したら騎士団ですら手を焼く大物! 闘技場の覇者に対抗して連れて来たのか、同じく赤を纏う獣! クリムゾンボアアアアアアア!』
「うお、でけえ! なんだありゃあ!」
「おいおいおい、どうやって捕まえて来たんだよ、あんなの! でかすぎんだろ!」
「これは流石にグロリアでもヤバくねえか!?」
大きな猪。赤い猪が、門に体当たりをしてる。涎を垂らして、私を見てる。
ああ、解るよ。お腹空いてるんだよね。お腹が空くと、辛いよね。
早く食べたいよね。私の事。飲みたいよね。私の血を。
『どちらも紅を関する名を持つ強者! 勝利の女神はどちらに輝くか! では、はじめぇ!!』
「ブモォオオオォォォオ!」
頭がじんじんする様なドラの音が鳴ると、門が開いて猪が突っ込んで来る。
大きいな。凄く大きい。あんなに大きかったら、私なんて食べても足りないだろうな。
私は小さいし、肉は無いし、骨と筋ばっかりだ。ああ、大きいなぁ・・・。
「――――――あれなら、いっぱい、食べれる」
口の端が上がる。体に力が入る。霞んでいた意識がはっきりと目の前の猪を捉える。
お肉。お肉いっぱい。アレに勝てば食べられる。お腹、いっぱい、食べられる!
「あぁあぁぁああぁあああああああああああああ!!」
真っ直ぐ突っ込んでくる猪の鼻を、全力で殴りつける。
ぐちゃりと肉と骨が拉げる感触。腕に伝わる確かな衝撃。
突進の威力も相まって、猪の鼻は完全に潰れた。
ただ少し力が逸れたのか、空へ回転しながら吹っ飛んでいく。
そして私の後の壁に激突すると、大きな音を立てて闘技場が揺れた。
壁にはひびが入り、その壁から猪がずり落ちる。意識は無いみたい。
『一撃いいいいいいいいいい! 紅蓮の暴食、たった一撃であの巨体を吹き飛ばしたあああああああ! もはやこの覇者を、王者を止められる者は居ないのかああああああ!』
「おおおおおおおおお!」
「グロリアアアアアアアアアアア!」
「やっぱつええええええ!」
「あの体のどこにそんな力が有んだよお前はああああ!」
歓声が沸く。勝った。今日も勝てた。主人の言う通り、勝って生き残った。
勝つ限り、勝ち続ける限り、私は生きていける。食事にありつける。
涎が出る。やっと、食べられる。肉を食べてお腹を満たし、血のを呑んで喉を潤せる。
「――――いた、だきます」
猪の首元に手を突き入れる。ここが一番、良く血が吹き出る。
ごくごく。ごくごく。久々の水分に、体がもっとと叫んでいる。
ああ、地面に落ちる分がもったいない。でも今日は大きいから、気にしなくても、良いか。
『紅蓮の暴食! 今日も敗者をその口に入れるつもりだ! 一切の容赦なく! 一切の慈悲も無く! 紅き体躯を更に紅に染め、暴虐の王者と言わんばかりに食らいつく!』
「うわぁ、初めて見たけど、マジでそのままここで食うのか・・・」
「いいぞグロリアァ!」
「流石紅蓮の暴食! その大きさでも全部食うきかぁ!?」
水分を取れたおかげか、周囲の声を聞く余裕が出来て来た。
私を見に来ている、私を応援してくれる人達の声を。闘技場の歓声を。
生きている事、勝つ事を喜んでくれる声が。
今日も勝てたよ。今日も生き残れたよ。だから今日も全部食べよう。
お腹が減って堪らない。早く、早く食べよう。お腹いっぱい食べ―――――。
「あがっ・・・!?」
口を大きく開いた瞬間、首輪がギュッと締まった。
苦しい。息が、出来ない。これじゃ、食べられない。
何で。勝ったのに。何時も通り、勝った、のに。
「ちっ、試合の日数をギリギリまで伸ばしたというのに、まだ弱らせ足りなかったのか。まあ良い、首輪も動いたようだしな」
首輪を抑えて苦しんでいると、主人のそんな声が、耳に届いた。
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