第10話



10


 さいきん、モスは食後になるといつもどこかへ出かけている。


 なにをしているのかと聞いてみると、どうやら彼のスキルである魔法吸収の力を伸ばすために、トレーニングのようなことをしているそうだ。

 彼は魔法を吸収した分だけ強くなる、またその魔法を使えるようになるという体質なのだが、それで強くなろうとしているのだろう。魔法を食べるために、魔物と冒険者の戦闘に横入りしているらしいのである。


 どういうことかとたずねると、つまり争いが起きたとき、魔物か、冒険者のどちらかはだいたい魔法を使って攻撃をするので、その時をみはからってそれを横取りするのだという。横取りというのも変だが。


 モスは得意げに、そういう時魔物にも冒険者にも負けなくなった、ということを話してくれた。俺は「そうか。すごいじゃないか」とふつうに褒めてやる。出会った時から考えるとかなり成長している。


 結果的に森の深部に迷い込んだ冒険者を助けるようなことになっているらしい。それも何度かそんなことがあったそうだ。魔法を食べ終えたら、すぐに消えているらしいが……


「魔法を吸収するのはいいが、あまり目立つとろくなことにならないぞ」


「う、うん。気を付けるよ」


 モスにはもう一つ透明化の魔法の才能もあるのだが、まだそちらはなかなか安定していない。

 薬の数が溜まってきたので、箱に詰める。収納魔法というものがあり、俺のはかなりその容量が大きいので持ち運びが楽でいい。


 街に出ると、いつもどおりにぎやかだった。森とは違い人がたくさんいる。

 いつものヒエラさんの店をおとずれる。けっきょく、ここでしか売っていない。単純に薬草の研究をしながらでは、多くの店でさばけるほどの量を作ることができない。


「おお来たかい! いい知らせがあるよ」


 店主のヒエラさんが明るい顔で言う。


「聞かせてください」


「あんたの薬は売れ行き超良好。うちで一番の売れ筋だよ。あっという間に売り切れ。すっかりなくなっちまった。あの治療薬がないかってひっきりなしに冒険者がくるんだ」


「それはよかった」


「それにあんたが作ったっていうこのシップ! これが大工の親方にも大人気でね。それにこの目薬っていうのもすごいね、私の眼がさいきんよくなった気がするよ。もっとこれ持ってこれないのかい」


 社畜時代の経験をいかしてつくったものだ。ハードな生活を支えてくれた、俺にとっては必須のアイテムだった。これがなければ1826連勤は達成できなかったんじゃないかと思う。


「すみません、その二つはけっこうつくるのが大変で。材料もそんなにはないし……」


「材料と言えば、あんたいったいどこからあんな薬の材料集めてるんだい。まさかクワルドラの森に行ってたりしないかい」


「それは……」


「いや、素性をさぐるきはないよ。ただ、ちょっと噂をきいたから、気を付けろといいたくてね」


「ウワサ?」


「ああ、なんでもクワルドラにさいきんへんな生き物が住み着いたらしいんだ。正体はよくわかってないんだけど、幻の獣、幻獣なんて呼ばれてるらしい」


「幻獣……なんだかすごいですね」


「そういうことだね。とにかく頭に入れておいた方がいい。あんたはお得意様だし、がんばってほしいからね」


「ありがとうございます」


「あ、これ先月の儲けだよ。もっと値段をあげていいとおもうが……あんなもんでいいのかい」


「はい、まだ完成品ではないですから」


「そうかい。またきておくれ」


 ヒエラさんから人の顔ほどに大きい袋を受け取り。手に持って揺らすと、金貨がじゃりじゃり鳴るのが聞こえる。

 外から年配の客が入ってきて、こちらが出る時にすれちがう。


「よう、シップ入ってるか? うちの若いもんに人気でなぁ、すぐになくなっちまうんだ」


「ちょうど今ならあるよ」


「そりゃよかった。この薬はさいきんめちゃくちゃ評判いいよな。奇跡の薬だって言われてるぜ。あんたにあやかって女神の薬なんて呼ばれてるらしいぞ」


「女神? はっは……私は仕入れて売ってるだけさ。あんがい作ったやつは、思いもよらないような人間だったりしてね……」


「またまた謙遜しちゃって」


 そんな会話が聞こえた。


 通路に出て、来た道を帰る。マリルは妖精というだけあって、おそらく道行く人のほとんどには見えてない。


「幻の生き物ってもしかして私のことかな」


 マリルが言った。


「いや、モスのことじゃないか。お前は魔力が高い人しか見えないし。モス、たしかお前冒険者の前で魔法吸い込むって言ってただろ」


「ええ? 僕がまぼろし? なんか照れちゃうな」


 モスは頭をかく。


 俺は金貨の入った袋を持ち上げ、じっとながめる。収納魔法を使ってもいいがそれにしても多い。


「しかしこんなにあってもな……。うん、よし」


 俺は二人に言う。


「たまには外食でもいくか」


「わーい! 豪華にいくぞー!」


「僕もいいの?」


「まあ実験台になってくれた報酬みたいなもんだ」


「えへへ!」


 モスもマリルも喜んではしゃぐ。


「うーん、しかしどこがいいだろうか。たまにしかこないから全くこのへんのこと知らないんだよな……」


 俺は立ち止まって、あたりを見回してみた。今まで気にしたこともなかったのでてんで見当がつかない。ヒエラさんに聞けばよかった、と今更思う。


「おい、オヤクロさまの話きいたか」


 たまたま町人の話が耳に飛び込んでくる。


「ああなんでもさいきんクワルドラの森に出る幻の生き物のことだろ。魔法が効かない不思議な力があって、何人も冒険者が助けられたんだよな」


「そうそう。なんでも薬草が減ってるらしくて、オヤクロ様が食べてるってウワサだぜ。それに雷を落としたり、土砂崩れを治すような力もあるとか」


 なんか混じっちゃってるな噂が。


「あれ絶対わたしのことだよ」


「お前は飯食っていびきかいて寝てるだけだから違う。あと見えないからな」


「ま、まさか本当に僕が……?」


 そりゃ魔物と冒険者の間に割って入って魔法を吸収するんだからインパクトはあるだろうな。冒険者たちの間で話題にならないほうがむりだ。

 なんとなくうろついていると、いい匂いがしてきた。

 大衆食堂のようなところを見つけたが、同時にそこに、因縁の相手の姿も見つけてしまった。


「おいペイル。一角獅子をおとりにして捨てたってまじか?」


「……あ? ああそんなのいたっけか? 忘れちまったよ。魔法も使えない、喋るだけしかとりえのないやつだったな」


「悪いやつだぜ全く」


 がっはっは、と冒険者らしき者たちが粗暴な笑い声をあげる。


 自分のことを言われてるわけじゃないとはいえ、ちょっとムカつくな。


「しかしそういやあいつ身体だけは頑丈で、盾役としては役に立ってたな! おかげでパーティに防御役の戦士を雇わなきゃいけなくなっちまった。あいつがいりゃあボロ雑巾みたいになるまでこきつかってやれたのになぁ! かかか!」


 ふとモスのほうを見ると、落ち込まないようにつとめているようだったが、あまり気分はよくなさそうだった。

 冒険者たちの声が聞こえてくる。


「もしかして、クワルドラの森の幻獣ってやつのことだったりしてな。さいきんなんかすごいのがいるってウワサだぜ」


「それはないだろ。たぶんその幻獣のエサになってるだろうぜ」


 正直あそこに電撃を落としてやろうかとよほど思ったが、まわりの関係ない人も巻き込んでしまうためやめておいた。


 けっきょく外食はせず、街道を歩いた。


「ぷんぷんだよ、まったく! だれがエサじゃ」


 モスが不機嫌そうにそんなことを言っていた。


「なんなの? あいつら。感じ悪かったー」


 マリルが言う。


「あいつらはモスを捨てたんだ。モンスターのおとりにしてな。あのペイルってやつが元ビーストテイマー、獣使いなんだそうだ」


「なにそれ! テイマーの風上におけないよそんなやつ! 私がぶっ飛ばしてあげようか、モスちゃん」


「そうなんでも暴力で解決しようとするもんじゃないぞ。……まあ、幻の生き物なんだから、好きにすればいいけどな」


「……うん」


 俺が言うと、モスはすこし嬉しそうに微笑んだ。


 それからほどなくしてのことだった。

 いつもどおり食後にモスは外へ出かけて行った。


 マリルと話して、さいきんグラノースという恐竜のような魔物が縄張りを広げていて、ここらへんはあぶないとゴブリンが言っていたということをきく。


「なんでもっと早く教えてくれなかった」


「え? だってタクヤならグラノースに襲われても平気じゃん!」


「けど、モスはそのことを知らない」


「だいじょうぶでしょ。あの子魔法を吸収しまくって、すごい強くなったし! タクヤの作った調合薬で、病弱もこくふくしたみたいだしね」


「ま、俺の知ったことじゃ無いがな」


「……なんか心配になってきた。タクヤ、探しに行こ!」


「俺はいかないぞ。お前が一人でいってグラノースのことを伝えて、しばらく魔法吸収の訓練をひかえるよう言えばいいだけだろ」


「いいから行くぞ!」


「なんで俺まで……」


 服を引っ張られ、無理やり捜索に連れていかれる。


 手っ取り早くすませるため、『神眼』の力を使う。すぐにモスのいる位置はわかったが、ほかにも生体反応がある。

 これは……人間か?


 すぐに急行すると、森のなかを進む冒険者と、それを上から草むらにかくれて見下ろすモスを見つけた。


「おら雑魚に用はねんだよ散れ散れ!」


 冒険者が剣を振ったりして、小型のモンスターたちを追い払う。

 そのなかには、あのペイルとかいうやつもいた。モスがあれを見てなにも思わないはずはない。


 特に戦闘状態に入っているわけでもないのに、小動物に向かって冒険者たちはやたらと魔法による攻撃をしていた。いったいどういうことなのだろうか、と考えていると、冒険者のひとりが言った。


「おいオヤクロ様とやらは出ねえじゃねえか。魔法を使うとよく出るって話だったろ」


「そのはずなんだがな。オヤクロ様を見つけねえと調査依頼の報酬は無え……さっさと見つけてこんなクソ沼地出ようぜ」


「やはり、噂通り魔物と戦わなきゃならんのだろう。雑魚でも見つけて狩るか」


 冒険者たちと、ペイルが言った。


 モスは優しいやつだ。とてもそんなことを見過ごすことはありえない。


「僕のせいで森が荒らされてしまう……なんとかしないと」


 案の定、モスはそう小さくつぶやいて、冒険者たちの前に出て行った。


「お前は……!」


 ペイルがおどろき、声をあげる。

 モスはただ冒険者たちの前で身構えていた。なんの考えもなく、姿を見せればいいと思っていたのだろう。


「なんだよお前。まさか一角獅子、お前がオヤクロ様の正体だって言うのか?」


 ペイルがあざ笑うように言った。


「そうさ!」


「冗談だろ?」


 ペイルとその連れは、腹を抱えて笑い始める。


「おいペイル。こいつが本当に噂になってる幻獣オヤクロ様なら、魔法を吸い込めるんじゃないのか」


 いかつい剣士がそう告げる。


「それもそうだな。おい、あいつに魔法をぶつけてやれ」


「いいのかよ。お前の元使い魔だろ?」


 半笑いで仲間が言う。まったくどうしようもない連中だな。冒険者と言うよりただの荒くれもの、チンピラだ。


「こんなカス覚えてねえよ。よくこの森で生き残れたもんだぜ。二度とそのツラ出せねえよう、消し炭にしろ」


「りょうかい」


 やれやれ。モスのやつは曲がりなりにも俺の調合薬を毎日飲みまくって今じゃ虚弱体質じゃない。あいつらなんか瞬殺できるだろう。もうあいつらの知っているモスではない。



「くらえ! 火球!」


 ペイルの横にいた魔法使いが杖をかかげ、火の玉を繰り出す。

 しかし当然、あんな低級魔法が今のモスに通用するはずはない。あいつは俺の習得した魔法の数々を日々志願して吸い込んできたんだ。あの程度わけはない。


「なっ……!?」


「へへん」


 火の玉が消失したのを見て、ペイルたちの笑顔も消え去った。


 真剣そのものになり、ペイルが前に歩み出る。


「なんだよ……。本当に強くなったみたいだな。なあおいどうだ一角獅子、いやオヤクロ様。また一緒にやろうじゃないか。実はあのときお前を置いていったのは、ここに残って訓練をつんで、強くなってもらうためだったのさ。見捨てたわけじゃない……。すべて計算のうちさ。またやり直そう。俺たちといっしょに」


 あいつ……よくもああぬけぬけと嘘八百を並べられるものだ。ゲス野郎め……。

 モスがどう答えるか見ていると、彼は口をあけ、火の玉を荒くれものたちに放ち返す。当てるつもりはなかったのか魔法は荒くれものたちの間をすりぬけていったが、モスはその後ではっきりと言った。


「残念でした。ぼくはもう転職したんだよ。今はもうお前の仲間じゃない、セルトの友達なんだ」


 勧誘をきっぱりと断る。

 友達になった覚えはないがな。しかしその勇気だけは認めてもいいか。


「チッ。まあいい強くなったんなら、捕獲して高く売るのもいいだろう」


 ニヤリとペイルはほくそ笑み、仲間たちを引き連れて武器を出す。


 まあモスならばどうとでもできるだろうが、グラノースのこともあるのでもう少しここに残ることにする。マリルはにこにこと楽しそうに坂の下の光景をながめていた。


 身構えるモスを前に、突如荒くれ者たちは顔をこわばらせて動きを止める。


 しかしそれはモスに畏怖したわけではない。モスのうしろにあらわれた、巨大な影に対しての反応だった。

 グラノース。人間の二倍ほどはある大きさの恐竜がモスの背後に立っていた。


 さすがのモスも死角からの一撃ではダメージをもらう。強靭な腕でなぎはらわれ、壁に激突した。


「やべえぞレベル20クラスだ! 逃げろ!」


 荒くれものたちは、血相を変えて退却していく。


「どうしよう……このままじゃ……」


 モスは当たり所が悪かったようで、動きがかなり鈍くなっていた。グラノースに踏みつぶされそうになりなんとかそれを横に飛んでかわしたが、次の一歩が遅い。


 グラノースの後ろにまわりこみ魔法を放とうとしたものの、グラノースのとがった尻尾がむちのようにしなりモスの小さいからだを弾く。


 グラノースがふたたび倒れているモスにちかづき、足で踏みつぶそうとする。


 その時、グラノースに小規模の落雷(イカヅチ)が落ちた――まあ俺が落としたのだが、グラノースはそれで麻痺し、一時的にうごけなくなっている。


 その隙に、モスは立ち上がった。

 無属性の衝撃波を、グラノースにクリーンヒットさせる。とんでもない威力で、グラノースの巨体が吹き飛び、さらに後方にいた冒険者ともども巻き込んで空の彼方へと吹き飛ばす。彼らの悲鳴が、とても心地よかった。


 まあいまさらグラノースのことを伝える意味もないが、ちょうどよく実験体になりそうなボロボロのモンスターのもとへと、俺は近寄る。


「タクヤ……」


 傷だらけのモスが、こちらを見上げている。すこし意外そうな表情だった。あの雷のことはやはり気づかれてしまっているか。


「さいきん森に入る冒険者が増えてて、邪魔だったんだが……すこし狙いが狂ったな」


 俺は頬をかきながら、目を合わさずにとぼけて言う。


「そっか……タクヤでもそんなことがあるんだ……」


 モスはそんなことを言って微笑んでいた。


「あのペイルっての、もっとボコボコのコテンパンにしてやればよかったのに! あんなのテイマーでも冒険者でもなんでもないよ!」


 マリルだけは不服そうにじだんだを踏んでいた。

 

「やつはもうビーストテイマーじゃない。神格の力でスキルを書き換えておいたからな」


 と俺は教えてやる。この程度なら問題なくあつかえる。


「書き換えた?」


 マリルとモスが同時に聞いてくる。


「ああ。魔法を使おうとしたら耳から植物の生えるスキルだ。笑えるだろ」


 俺たちの笑い声は、森中にひびきわたった。


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