第7話



 森へもどると、ワナになにかひっかかっていた。

 俺は正直ウキウキになって、ついにやったかと箱を取り外す。


「なんだこいつ……」


 そこに寝ていたのは、小鳥でも、ましてやネズミやウサギでもない。


 透明に輝く羽根の生えた女の子の妖精だった。大人の手ほどの大きさしかなく、母さんが昔聞かせてくれたおとぎ話とはちがい服はちゃんと着ている。


 むにゃむにゃととなえながら妖精は地面から起き上がり、俺と目を合わせる。


「ん? お前はなんだ?」


 妖精は最初の第一声そう言ってきた。


「……俺はここで薬草の研究をしている者だ。お前こそだれだ」


「私はマリル! 妖精だぞ」


 妙にえらそうに言う。


「そうか。邪魔だからとっとと消えてくれ」


「そうはいかないぞ! お前がこの団子を作ってくれたのだろう! お礼をしなくちゃな!」


 は? なぜそうなる。その団子は眠り薬いりのただのトラップなんだが。


「それはただの食料確保のためのワナだ。どこへでも行けばいい」


「どこってどこだ? エサがあるならここにいたいぞ!」


 この妖精、髪は銀色でとても美しいのだが、どうやら中身はお察しな感じだ。


「知らん。家にでも帰れ。あのエサはお前用のではない」


「家の方角をわすれてしまって、帰り方がわからん!」


 わはは、とマリルは笑う。


「こいつ……。手に負えんな。こっちはケガ人の世話で手一杯なんだ、妖精だか知らんがお礼はけっこうだ」


「お礼させろー!」


 マリルは宙に舞い上がり、ぐいぐいと俺のほっぺを引っ張ってくる。


「いらん」


 と俺は手ではねのけた。

 マリルは不服そうにしている。


「私はすごい力があるんだぞー!」


「興味ない」


「ほんとにすごいんだぞ! ほんとにいいのか!?」


「薬草に関わることか?」


「いや……」


「じゃ、帰れ」


「ま、待て待て!」


 ほうっておいて家に帰る。こういう手合いに関わると大変なことになると俺の経験が告げている。


 そのとき、後ろから彼女の声がした。今まで聞いていたものとはまるで違う声色のように感じた。


「……【社畜の化身】。おもしろいスキルだな!」


「……なんで、知ってる」


 思わず、振り返りながらにらみつけてしまった。


「知りたいか? んん? 知りたいか? お礼させてくれるならいいぞ」


 調子に乗るマリルの頭を、俺はわしづかみにして頼んだ。


「教えてくれ」


「お、おう。怖いぞ……」


 マリルは羽根を休め、俺が取り外した箱の上に腰かける。


「私は本物の妖精で、妖精はふつうは見えない色んなものが見えるんだぞ。私はそのなかでも、その人が使える技能であるスキルとせんざい能力? をみることが得意なのだ。すごい力だって、妖精の仲間はみんな言ってたぞ!」


「たしかにすごい力だ。だがそれでなんで迷子になるんだ」


「私には妖精の里はせまかったということだな」


「……」

 

 ふっー……。思わず息がもれる。


「じゃあお前には、俺の力が見えてるってことか」


「うむ。ちなみに魔法は、使えば使うほど熟練度があがって効果が増すから、スキルのなかでもお前がどういうものが得意かわかるぞ。それに、全く使ってないスキルも」


「……茶くらいは出してやるか」


 しょうがなく、家へと入れてやる。

 さすがに妖精に対してなにも出さないのも失礼かと思い、特製の健康緑茶を出してやる。


「このお茶うまいぞ!?」


 そうだろう。味をととのえるのにはかなり苦労したからな。


「特製だ。体にもいい」


「それで、さっきの話なんだが。俺でも気づいていない力があったりするのか」


「うむ。これは……なんて読むんだろう。たぶん、【神格】のスキル」


「神格……!」


「【創造と破壊】という魔法がつかえるみたいだな」


「なんだそれは」


「知らん」


 創造と破壊? なにかを作れるということか。あぶなさそうなスキルだ。

 なにか作れる、というか、欲しいものがあるとすれば、毒をみわけるような能力か。ここはあまりに新種の草花が多すぎて、かなり勉強してきたつもりだったがそれでもわからないことがよくある。


 それにマリルの力みたいのがもし俺にもあったら、かなり便利なんだが……。


 これなんだ? 自分自身の力が見える。


 【神眼】という魔法が発動しているのが自分の腕を見るとわかる。体から発せられる魔力に、文字が混じっている。


「マリル、お前が言ってた魔法をつかったら、俺にもお前と同じことができるようになったぞ」


 フェアリーアイという魔法の文字がマリルの周囲に浮かんで見えた。


「ええ!? すごいなー。仲間だなー」


「お前ほんとうに妖精だったんだな」


「だからそう言ってるぞ!」


「ああ、疑ってすまん」


「ね、ねえタクヤ。あと妖精さん。ぼくも見てもらえないかな」


 モスに言われ、彼の魔力に目を凝らす。


「モスは無属性魔法が得意だな。透明化? 魔法吸収という技がある」


「透明? すごい! でも魔法吸収って?」


「うむ。食べた魔法を使えるようになるみたいだ」


 俺の代わりにマリルが解説してくれる。


「魔法を、食べる!?」


「いわゆるラーニングというやつか」


「ぼくにもそんな力が……!?」


「うむ。でも、角が折れてるのと、病弱なせいで、今までは使えなかったみたいだな。でも魔力がものすごく高いから、使えなくはないんじゃないか」


 と、マリルが言う。薬の治療の効果は出ているようだな。


「魔力……魔法なんて使えたことないのに。……もしかして」


 俺の顔を見るモス。まさかあの魔力をあげる薬が役に立っているんだろうか。あれも趣味でつくったものなのだが。


「うん。がんばってみるよ。ありがとうマリル」


 モスは顔を明るくさせて言った。


「いいってことよ」


 マリルはそう答えて、突然立ち上がる。


「よし決めた! お茶もうまいし、私もここに住むぞ!」


「何勝手に決めてんだ」


「いいじゃないか、もう仲間なのだし」


「いつ仲間になった……!?」


 いや、待てよ。こいつはおそらく俺と同じで毒を見分けることができる。いたらいたで便利かもしれないな。


 条件付きでなら、すこしのあいだこの山に勝手に住まわせるのも悪くないかもしれない。

 家を遠くに作ってやれば、つきまとわれることもないだろうしな。


 マリルがいきなり外に出て、天に拳をつきあげて言う。


「これから三人でがんばろう!」


 俺はがんばらないぞ。いつになったら静かに隠居できるのだろう。

 やれやれ。めんどうなことになりそうだ。


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