第6話
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そういうわけで、実験台1号、一角獅子のモスとの奇妙な生活がはじまった。
「さて、薬の時間だぞ」
俺は紫色のスープをモスに差し出す。
「これはなに?」
「魔力を増幅させる薬草、だ。……たぶん」
「たぶんってなに!? 怖いよ!」
無理やりスプーンですくった分をモスの口につっこむ。かなりまずそうにしていた。ふむ味は改良の余地あり、か。
今日も畑にいき、土をまく。モスはすでに元気ももどり、土を混ぜ合わせてくれる。
自由にしろと言ったのに、つきまとってくる次第である。困ったものだ。
「お昼過ぎからは山をおりて、街へ行こうと思う」
俺はモスに言う。
「街!? なんで」
モスはあまり行きたくなさそうだった。
「新しい魔導書とか、薬の材料がほしいんだ。モスは別にこなくてもいいぞ」
「い、行くよ。ここに一人いても怖いし……」
なんだそりゃ。かなり怖がりだな。
家に魔物除けを焚いてから長い距離を歩く。
なんという街なのかは知らないが、なかなか大きいところだった。店がにぎわい、そして人間だけではなく耳の長いエルフや獣人っぽい特徴の者もいる。
モスはあきらかにびくついていた。このあいだの冒険者によほど会いたくないのだろう。
「まだ本調子じゃないのか? 肩に乗れ」
あまりにモスがあたりを気にして歩くのが遅いので、肩に乗せてやる。
今日は今までに作った薬を売る目的もある。そういうわけで薬局をまわってみたのだが、あまりどこも反応はよくなかった。
「あはは。ボウズ、お前さんが作ったってのか? がっはっは。とりあえず父ちゃんか母ちゃん連れてきてからまたきてくれよ」
店主が笑いながら言う。
ほとんどまともに相手にされていないような感じだった。
ようやく話をきいてくれたのは、裏路地のさびれたところにある白髪の老婆の経営する商店だった。
俺の薬をまともに見てくれたのは、彼女だけだった。粉末のタイプのものと、小瓶に入れた液状のもの両方を見せる。
「これをあんたがかい。ふうむ、たしかに出来はよさそうだ。でもあんた、街の人間じゃないね? 素性のわからない人間がつくった薬なんか、どこも買ってやくれないだろう。薬ってのは毒にもなりうるんだ。そうおいそれと仕入れられるもんじゃない」
「……そのとおりですね」
商売と言うのは信頼が大切だ。それはわかってはいたが、俺はたぶんどこかで作った薬に自信があったんだと思う。
しかしここの店主は優しく、譲歩してくれた。
「ま、とりあえずお試し用ってことで、格安で置いてみたらどうだい? 儲けは少ないだろうが、いいものなら客にうけるかもしれないよ」
「いいんですか? それじゃあ、お願いします」
「それから、冒険者に売り込みをかけてみるのもいいんじゃないかね。あいつらは生傷がしょっちゅうで絶えないからね」
「ぼ、冒険者……」
俺の頭のうえまでのぼって、ぶるぶるとモスが震える。
「いろいろありがとうございます」
「いいってことさ。でももし売れたら、仕入れはここをひいきにしとくれよ」
「はい」
「あのー……」
だれかが店の戸をあける。
あれ? と俺は思った。
さっきの店でもこの男の子を見た。その時は俺の前になにか交渉をしているようだったが、ほとんど門前払いされていた。
薬が必要なのだろうか。
「カゼの薬、置いてますか?」
彼は店主にたずねる。
「どうしたんだい」
「お母さんがカゼをひいてしまって……なかなかよくならないんです。でもうちはお父さんが死んじゃってるから、お金もなくて……安いお薬を探してるんです」
「あのねえ、医者を嫌うやつはだいたい痛い目を見るんだよ。それにタダであげるわけにも……ん? ああ、ちょうどいいじゃないか、今お試しの薬を仕入れたところだよ。これなら50ゴルで売ってるよ」
店主は俺の置いた小瓶の入った箱を指さす。
「50ゴル……あと10ゴル足りない……」
「そんなに金ないんかい。弱ったねえ」
「いろんなところでお薬を買ったから……でもどれもダメで……」
「重い病気なんだね。どうしたもんか」
「タダでいいぞ、それ」
頭を悩ませる二人に、俺はそう言った。
「え?」
「母親も診てあげようか」
「えっと、君は?」
「この薬を作った人。いくつか薬を持ってきてるから、どれかは効くと思うよ」
「でも、お金は……」
「ああ、いい、いい。ひさびさに別の実験……いや、薬の効果もためしてみたいから」
男の子についていき、古びたおせじにも綺麗とは言えない家へとまねかれる。
二階で、彼の母親はベッドの上で寝ていた。
見たところ、かなり苦しそうにしている。熱は高いが顔色は白い。ひどくせきこんでいる。
俺は口元に布を巻き、カバンから薬剤を取り出す。
あれがいいかな。
ちょうどよさそうなのを取り出す。黄色い液体の入った小瓶を、母親に飲ませてやる。
するとみるみる顔色に赤みがもどり、汗もひいていった。
俺もおどろいたが、彼女は突然身体を起こし、自分の額に手をあてる。薬を飲んだだけで回復してしまったらしい。
「うそ……体が軽いわ。熱もない……。ノドも治ってる……」
「お母さん!」
男の子が叫んで彼女に抱き着いた。
「あなたが薬を?」
と、彼の母が聞いてくる。
「ええ、まあ」
「すごいわ……なんだか一瞬で治ってしまったみたい。本当にあなたが作ったの?」
一瞬で治った、というわけではにように思う。たぶんこの人はほかにも体に良い薬は飲んでいたはずだ。それで治癒能力はちゃんと機能したということだ。ウィルスだけがしつこく身体に残っていたんだろうな。
「ええ、優秀な実験体がいるので」
俺はモスを見て答える。
「優秀だって……褒められちゃった」
モスは照れくさそうにする。
「本当にありがとう。感謝してもしきれないわ」
「趣味でつくってる薬なので、別に代金はいりませんよ」
「そ、そういうわけにはいかないよ! 絶対いつか返すから!」
男の子は俺の服のそでをつかんで、泣きべそをかきながら言った。
「お礼とかはいいよ。……あ、じゃあ、もしまた薬を必要にしてる人がいたら、さっきのお店の薬を勧めてくれないかな。ぜんぶの病気とか怪我にきくわけじゃないけど、ちゃんと処方すればある程度の効果はあるはずだから」
「わかった! 絶対約束する!」
「いや、ほどほどにやってくれればいいから。気が向いたらで、ね」
俺は二人にそう言い聞かせ、その場をあとにした。
「すごいよタクヤ! 魔法みたいに治っちゃったよ!」
モスが興奮ぎみに、町中で声を大きくして言う。
「あれは魔力性のウィルスというものの仕業だろう。魔力をもったウィルスが身体で暴れてるから、それを殺菌する。いわゆる、魔法抗菌薬……ってとこだな」
「うぃる……こき……?」
「副作用が少ないのはお前で証明できてたから、モスも役に立ったぞ」
「ほんと? 嬉しいなー」
本当にうれしそうにモスははしゃぐ。
「喜ぶとこじゃないけどな」
俺は冷静に言った。
「しかし、あのお店の人の言う通り、薬を売るのにももうすこし色々考えたほうがいいな……別にたくさん売れてほしいてことはないんだけど本を買うくらいのお金は必要だしな」
商店街を出たところ、武器などを持った集団とすれ違った。おそらく冒険者だろう。
あのペイルとかいうしょうもないやつはいないが、ああいうのを見てモスはひどくおびえてしまい俺の頭の上で頭を隠して震えだし、ずるずると俺の背中の方へと落ちて行く。
「まだあいつらのこと気にしてるのか」
「うん……気まずいよ。よわっちい僕を世話してくれたのはほんとだし……」
あんなことされて、気まずいですむのかよ。
「……なあ。もっと自分の道をいってみたらどうなんだ。職場で嫌なことがあっても、転職すればあんがい忘れるもんだぞ。手間も時間もかかるけどさ」
「え? 転職? したことあるの、タクヤ?」
「先輩の受け売りだ」
「でもなにに転職したらいいんだろう」
「それは自分で考えろ」
俺は空を見上げて言う。
「……まあ、俺ももしかしたら、変わろうとしてる最中なのかもなぁ……」
そんなことを思った。
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