第12話.志田一樹「ちょ、ごめ、聞き取れなかった。もっかい言ってくんない?」

 説明が終わると、ついに職業託宣が始まった。

 まずは父さんからだ。


「シンタロウさんですね。それでは、そこに座って、力を抜いて、大きく深呼吸を繰り返してください」


 父さんは椅子に座り、神官のシリアさんの言った通りにした。


「目を瞑ってください」


 父さんが目を瞑ると、シリアさんは父さんの額に掌を当てた。シリアさんの手が薄く光り、その光がゆっくりと父さんの身体に浸透して循環し、やがてシリアさんの掌に戻っていく。あの光はいったい、何なのだろう。


 額から手を離すと、ふう、とシリアさんは息をついた。


「シンタロウさんの職業が分かりました。あなたは、基本職である『魔法使い』です。魔法は火魔法『ファイア』になります」

 淡々とシリアさんは述べた。言い慣れているのだろう、淀みがない。


 しかし、基本職か。どうやら転移系チート無双、というわけにもいかないようだ。


「なるほど……身体は特に何もないな。ありがとうございます、シリアさん」

 父さんは基本職であることはあまり気にしてなさそうだな。きっと研究対象があればそれで満足なのだろう。むしろ、魔法使いなんて不思議の塊みたいな職業は嬉しがっていそうだ。


「それでは、次の方は……」

「あ! じゃあアタシ次で。二葉です」


 ウキウキした様子で二葉は椅子に座った。待ちきれないようで、言われる前から深呼吸して目を瞑っている。

「はい、フタバさんですね。それではいきますね」


 同じように二葉の額に触れ、光が流れる。光の粒子は父さんの時とは違う順路で、二葉の身体を循環した。


「フタバさんの職業が分かりました」

「おお! なになに?」


「上級職『魔闘士』です。魔法は身体強化系の『魔纏い』ですね。近接系最強の一角で、特級にも勝るとも劣らない強力な魔法ですよ」


「えー……あたしも火が出せるとか空を飛べるとか、魔法っぽい魔法が良かったんだけど……。何か地味だし!」


 二葉はがっくりと肩を落とす。何と贅沢な奴だ。どう聞いても当たりだろう。


「魔闘士は戦闘能力で言えばとても強い職業さ。魔纏いの練度によっては、跳躍で空を歩ける人もいるくらいさ!」


「マジ!? それヤバいし!」


「エイモア様、あの方は流石に例外では?」

 黙っていたテライドが口を挟む。例外と言われるほどの強者がいるのか。なんだよ、やっぱり当たり職じゃないか。


「いやいや、二葉ちゃんはそのくらいの才覚を秘めているのさ」

「それほど、ですか……」


 テライドが恐れたような目で二葉を見る。二葉はご機嫌になってエイモアの頭をターバンの上から撫でた。


「教えてくれてありがと、エイモアくん」


「き、貴様! 何と無礼な! おい、貴様聞いているのか!」

 テライドが怒って二葉の手を払いのけようと近づいてくる。


「ごめんって、そんな怒んないでよ」

 慌ててエイモアの頭から手を離す二葉。エイモアは――


「エイモア様! 大丈夫でしたか?」


「えっ……あ、その、大丈夫さ!」


 頬が赤くなり、撫でられた頭に手を置いてポーっと二葉の顔を見つめていた。テライドに言われて慌てて取り繕う。


 あー、落ちてますね、恋。


 おいおい……どんな安い恋心だよ。中身おっさんのくせに、中学二年生に頭撫でられただけで恋に落ちるとか、どんなチョロインだ。恋愛したことないんか。


 男は恋愛を繰り返すたびに強くなる生物だ。俺も数多の失恋を繰り返し、ここまで大人になった。きっとエイモアは恋愛したことがないのだろう。そんなの、どれだけ歳を取っても子供と同じだ。


「それでは、次は……」

「私、ですかね。桜と言います。娘が失礼な言動をしてしまい、すみません。よろしくお願いいたします」

「はい、サクラさんですね」


 そして、同じ動作が繰り返される。光の粒子は、また異なる流れを作る。


「サクラさんの職業は、特級職の『回術師』です。魔法は『回術』。怪我の回復に優れた職業です。治療系の職業はとても珍しいですよ。私も、この目で見るのは三人目です」


 ついに出た、特級職。


「そうですか。ありがとうございます」


 母さんはシリアさんに深々と礼をした。母さんの元々の世界での職業は看護師だったから、なるほどピッタリの職業ではある。

 エイモアとテライドも素直に驚いている様子だった。



 さて。

 ついに来たか、俺の番が。


 椅子に座り、長く息を吐いた。目の前にシリアさんの大きな胸がくるが……心頭滅却。雑念は追い払え。


 肺いっぱいに息を吸い込む。どことなく甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 何度かそうして深呼吸を繰り返し、目を瞑る。瞼の裏の世界が見える。


 ぴと、と額に冷たくて柔らかい感触があった。数秒後、どこか温かいものが体の中をゆっくりと回っていくような感じがする。

 とても、心地よい。


「分かりました」

 シリアさんが手を離す。少しだけ、名残惜しい。


「カズキさんの職業は――――」


 基本職、上級職、特級職。残ってる階級は、一つだ。



「――――基本職の『剣士』です。魔法は『武器強化』になります」



 ……。

 …………。

「………………え?」 


 ちょ、ごめ、聞き取れなかった。もっかい言ってくんない?

 なんて、確認する勇気は俺にはなく。


 志田一樹の職業は、職業中最もレア度の低そうな剣士なのでした。

 笑えねぇ。


「兄貴……いや、お兄ちゃん」

「こんな時だけお兄ちゃん呼びやめろ! おい、そんな目で見るな! 憐れむな!」


「人生、いいことあるって」

 くそ、こいつ許さん。


「エイモアさん、剣士でも例外的に強い人いますよね? ね?」

「え……あ、ああ。も、もちろんさ! 剣士だって強い人は多いよ!」


 絶対嘘じゃんその反応。一緒に当時はやっていたゲームやろうって言ったら「あ、ああ、その、ゲームってあんま好きじゃないんだよね」って言ってた中学生の頃の同級生藤田君と一緒の反応じゃん。藤田君がそのゲーム好きって教室で言ってたから誘ったのに。


「努力次第だと思うよ」

 それっぽいこという教師みたいだな、この大賢者。嫌いだわ。




「んぅ……ここ、どこぉ……ママぁ?」


 皆の職業託宣が終わって、魔法についてシリアさんに詳しく質問していたときだった。


 ソファで寝ていた三華が、眠そうに目を擦りながら目を覚ました。肩までの長さの柔らかそうな髪は寝ぐせでぼさぼさだ。いつもはぱっちり二重も今は半分ほど閉じている。何も分かっていない無邪気な様子が我が妹ながらとてもかわいらしい。


「三華、熱は……下がったみたいね。気持ち悪くはない? 頭は痛くない?」

「うん、大丈夫……ここ、どこ、その人たちだれ……?」


 説明が大変だな、これは。


「そうね、色々あったから、後で説明するわね」

「うん、わかった」


 何と物分かりの良い妹二号だ。一号も見習ってほしい。


「大丈夫かい?」

「うん、大丈夫だよ、もう頭痛くないよ、パパ」


「だからって暴れちゃダメだかんね。安静にしときなよ」

「分かってるよお姉ちゃん」


「三華、髪が爆発してるぞ」

「わ! ありがとうお兄ちゃん!」

 自分の髪を確認して手櫛で直す三華。ほんとに癒されるなぁ。


 三華はうちのマスコットキャラクターみたいなものだ。家族みんなが三華を愛している。三華は頭もよく、運動もできて、その上かわいくてお兄ちゃん思いだ。


「そこのお嬢さんの職業も調べときましょうか?」

 シリアさんが遠慮がちに訊いてくる。


「ええ、お願いします」

 父さんはそう言って三華を抱きかかえた。


「三華、あのお姉さんのいう通りにするんだぞ」

「うん、わかった!」


 父さんは三華を椅子に座らせる。三華はちょこんと座って、足をぶらぶらさせながら不思議そうに顔の隠れているシリアさんを見つめている。


 いきなり知らない人がこんな怪しい格好をしていたら怖いだろうに、なんてお利口なんだ。


「それでは、力を抜いて。深呼吸を繰り返してください」


「こう?」三華は身体を使って大きく息を吸って、吐いた。

「そうです、上手上手」

 あ、かわいい。どっちも


「それでは呼吸を続けたまま目を瞑ってください」

 言われるがままに三華は瞼を閉じた。


 シリアさんの掌が三華の狭い額に触れる。ふわりふわりと光の粒子が吸収され、複雑に三華の身体を循環し、シリアさんの元へと還っていく。ゆっくり、ゆっくりと。


「これ、は……!」


 シリアさんは驚いたように手を離した。明らかに今までと様子が違う。


「どうしたんだい?」


 エイモアが尋ねるが、シリアさんは固まったまま、それには答えず、ぼそりと呟いた。



「――――『時渡りの巫女』」



 場が、静まり返った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る