月の時代 蠱毒
俺は小説を書いた。改めて、と言うより、『生まれ変わった』と言って良い。
華蝶に近付く為に、今までの安穏とした日常を捨てたのだ。捨てなければ華蝶にもう会えない。そう思った。
本を読み漁り、ネットを駆使し、大学の飲み会どころか授業も疎かになった。
俺はいつしか大学を辞めてアルバイトで食い繋ぎ、小説に打ち込むようになった。独り薄暗い部屋で小説と言う自分の世界に向き合っていると、夢中になって我を忘れた。その時は、華蝶の観ている世界に近付けた気がした。
小説を書くと言うのは、俺にとっては華蝶に近付く為の手段でしか無いのだが、その手段が目的となり、俺は小説を書く為に小説を書き、俺の人生を狂わせた。それはつまり、華蝶が俺の人生を狂わせたも同義である。
華蝶の前に辿り着くまで俺は書き続け、一歩一歩砂地を踏み締める様に足掻き苦しんだ。甘く苦い道程は恋に似ていた。
寝不足気味の朝、書き上げた小説を読み返し、茶色い封筒に原稿用紙を入れて厳重に封をして、郵便局に寄って出版社に送った。これで何度目になるか分からない投稿だった。
泥濘の様な疲労に寝て起きて、コピーを取った原稿を読み返す。これで良いのか、出版されている華蝶の小説と見比べてみる。華蝶の文章は華麗で蝶々が舞っているかの様に見える。俺の文章は精々蚯蚓がのたくっている様にしか見えない泥臭さを感じさせる。
今は蚯蚓だって、その内蛇に変わって蝶々を喰ってやる。そう思わないとやっていけなかった。
俺が某大賞の受賞通知を貰った時、俺は青春時代を終わらせた年頃だった。
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