月の時代 別れと現実

 俺は大学生になった。割りと有名な私立の大学に進学したのだった。

 頭の良い華蝶は勿論進学するのだと思っていたが、話に聞いた所、「なんで馬鹿の巣窟に僕が通わないといけないんだ」と大学受験すらしなかったらしい。華蝶らしいと言えば華蝶らしい話だ。

 俺の大学生活は輝いている方だと思っていた。今までと違う華蝶の息吹が感じられない生活にも慣れ始めていた。俺は何の変哲もない青春時代を謳歌していた。

 だが、華蝶は違った。彼奴は違ったんだ。

 大学でも惰性の様に文芸部に入った俺は、ある日、文芸誌の中で大々的に特集されている記事を見付けてしまった。

 そこにはあの華蝶の写真が載っていた。つまらなさそうに著者として載る写真の横に、華蝶が小説家として華々しくデビューし、大きな賞を取った事が書かれていた。

「華蝶……」

 俺は華蝶に敵わない。

 ……本当に?昔はあんなに俺の後を追い掛けてなんでも真似をしていた華蝶じゃないか。俺は華蝶と未だ並べるのではないか?

 俺は華蝶の文章に目を通した。

 くらりと眩暈がした。

『華蝶は小説家になったら駄目だよ』

 子供の頃、俺は華蝶になんと言った?

 この文学の恐ろしい怪物を想像していたのでは無いか?

 形而上学の様な、衒学の様な、そんな捉えようのないぐにゃぐにゃした巨大な虹色の蛞蝓の様に艶めかしい生き物だ。

 それでも、

「華蝶、俺は会いに行くよ」

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