第37話 二日酔いだって
昼間の『ピーベリー』の営業がワンオペだったのが心配で、そこの所も聞いて見るためにも、夜の焙煎作業には顔を出すのは確定です。
そんな訳で午後の仕事も集中してこなして、定時には終わらせ、帰宅してシャワーを浴びて改めて薄化粧をして、『ピーベリー』に戻る道を歩いて行きます。
相変わらず道を一本挟んだ向こう側では、居酒屋さんで飲んできたであろう人たちの、騒がしい話し声がかすかに聞こえてきていました。そんなこちら側はオフィスが多い場所なので、幾分か静かです。
そして『ピーベリー』のお店に近づいてくると、やはりお店からは煌々とした明かりが漏れてきていて、その中でいつも通りの焙煎作業が行われているのが予想できました。
お店前には他の人はおらず、おそらく奥の店員さんは黙々と作業をしているんだと予想しました。
お店の前に来て中を覗くと、奥の店員さんはピッキングの真っ最中で、黙々とコーヒー豆を白いお皿の上でチェックしていました。いつも通りの風景です。
「お疲れ様です」
私が会釈とともに声をかけると、奥の店員さんも私に気がついて、黙って笑顔で会釈をし返してくれました。
またピッキングのためにコーヒー豆を弾く作業に戻る直前に、私は昼間の疑問を口にしました。
「あの。石原さん、昼間は来なかったですけど、どうしたんでしょうか?」
その声に動きを止めた奥の店員さん。ちょっと休憩とばかりに手を止めて、肩を回して緊張をほぐすと、私に石原さんのお休みの原因を話してくれました。
「どうやら昨日、かなり飲みすぎたらしくって、今日は二日酔いで動けなかったって、先程連絡が。
本当にすいません。ご心配をおかけしました」
「あ、え、いえいえ」
頭を下げる奥の店員さん。私はそれを言葉と手で抑えようとしますが、悲しいかなこの距離感では、それもできず。ただただ奥の店員さんの謝罪を受けるだけになってしまいました。
そうしてまた焙煎作業が再開され、ピッキングが終わって一段落したところで、また私から話かける形になりました。
「今日のコーヒー、どこの物なんですか?」
やはりここは無難に、コーヒーの話題を振っておくのが吉でしょう。
「今回のは、『東ティモール』です。東南アジアとオーストラリアの間くらいにある島国のものです」
初めて聞く名前の国とコーヒーでした。
「へぇー」
やはり、産地だけでは味の印象がどんなものか分からず、ひとまず相槌を打つだけに留まってしまいました。こういう所で、もうちょっと勉強しておけばな、と思ってしまうのは、仕方のない事です。
いつも通り、ドラム型の焙煎機が取り出され、これから焙煎作業が始まります。コーヒー豆を焙煎機に入れて、火にかけてハンドルを回して焙煎をします。
またこれから、集中して作業をしないといけませんから、お話は中断。大人しく見守ることにしました。
焙煎が始まると、奥の店員さんの目の色が変わります。本当にコーヒー豆の変化を見逃さないように、注意を払っているのがわかります。お邪魔にならないように、静かに静かに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます