第28話 日常
そして今日の仕事も終わり、パソコンをシャットダウンして資料をファイリングしてすべて片付けて、後は帰宅するだけ。帰る電車の通勤ラッシュを思うとすごくだるいですが、帰ってまた戻らなければなりません。そう、コーヒースタンド『ピーベリー』のもうひとつの顔、閉店後の焙煎作業を見学したいのです。
仕事帰りの通勤電車の中のよどんだ空気をひしひしと感じ、電車を降りて帰宅すると、シャワーを軽く浴びて身支度を簡単に整え、ちょっとだけBBクリームを顔に塗って眉を書いてから、また来た電車を戻ります。この時はもう通勤時間帯も過ぎているので混雑はしていなく、代わりにお酒の匂いが漂ってきています。もう飲んでいる人がいるようです。
そんな訳で、お昼にお世話になっているコーヒースタンド『ピーベリー』に戻ってきました。時間としてはもうとっぷりとお日様も沈み、街灯の明かりが足元を照らし、近くの飲食店街の雑踏が少し聞こえるくらいの状況です。
「おじゃましまーす」
お店の正面のカウンター。そこの脇から顔を出してお店の中を覗き込んでみると、すでに焙煎のメインの手回し焙煎が終わっていて、焦げ茶色に焙煎されたコーヒー豆が金網のザルに開けられ、下から小型扇風機で風を送られ、ザルの中身を木ベラで優しくかき混ぜながら冷やしている、そんな状況でした。
「ああ。焙煎はもう済みましたよ。後は
コーヒースタンド『ピーベリー』奥の店員さんの解説が入って、より正確な状況がわかりました。焙煎が終わった後という事もあって、辺り一帯には、焙煎したコーヒーの独特な『焦がした糖蜜』のような香りが充満していました。その『焦がした糖蜜』という表現も、ピーベリー奥の店員さんから教わった言葉なんですが。
「本当にいい香りですよね。この香りだけでも、ここに来た甲斐がありますよ」
私は本当にそう感想を語りました。
ピーベリー奥の店員さんもうなづいて、同意の言葉を投げかけてくれます。
「そうなんですよね。この香りのためだけに焙煎をしている。そう言っても過言じゃないです。コーヒー好きにはたまらないでしょうね」
手は動かしつつも、私の言葉を聞いて返してくれる。視線はコーヒー豆に向いていても、意識は私に向けてくれている。そんなやり取りが、たまらなく愛おしく貴重だと感じさせてくれる。ああ、有り難いなぁ。
そんなやり取りをしつつも、奥の店員さんは次の作業の準備で、大きな白いお皿を用意して、その上に焙煎したてのコーヒー豆を「ザラッ」と広げて片側に寄せて、ひとつづつ確認しながら欠けた豆を探し出して取り除いていました。
「今日の作業ももうすぐ終わります。あなたも遅くならないうちに、戻ったほうがいいですよ」
奥の店員さんに促される形で、私は帰路につく事にしました。
「じゃあ、店員さんも気をつけて帰って下さいね」
ピッキングも終わらせ、透明なビニール袋にコーヒー豆を詰め込んで、口を縛って今日の日付を太いペンで書いて、作業は終了。店員さんも帰宅準備です。
「ではまた、昼間の営業でお会いしましょう」
「そうしましょう。ではまた」
なんてことのない一日の終わり。でも、キラキラしたもったいないひととき。
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