第2話 コーヒースタンドのイケメン
「あ。あそこあそこ」
遠藤さんが指さした先、六丁目の角の雑居ビルの一階。オフィスビルや飲食店が点在する街角に、そのお店はありました。間口は狭く、人ひとりがカウンターに立って作業をするのがやっとの広さです。
お昼休憩にその場所に行った事もあり、コーヒーを買い求めるお客さんが6人ほど行列を作っていました。先頭の人がコーヒーの入った紙コップを受け取って列から外れると、次のお客が列に並ぶ。行列は流れているのに列は切れない、そんな状況でした。
「ずいぶんな人だかりですね。美味しいんですか?」
素朴な、でももっとも重要な質問を、遠藤さんに投げかけました。
「もちろんコーヒーも美味しいけど、ほとんどはイケメン狙いよ」
ちょっと予想とはズレた答えが返ってきて、私は苦笑いをするしかなかったです。
「あー、あはは。そうですか……」
コーヒースタンド前のイーゼルの黒看板には、店名と簡単なメニューが手書きのチョーク字で描かれていました。
「お店の名前って『コーヒースタンド・ピーベリー』って言うんですね。何か意味があるんですか?」
私の素朴な質問に、遠藤さんは「さあ?」と首をかしげるだけ。そんな事よりも、イケメンの店員さんを一目見たくてウズウズしている様子でした。
「中炒り・深炒り・紅茶ストレート・ミルクティー。メニューはこの四つか……」
いかにもコーヒースタンドらしい、簡潔なメニューでした。以前、ここにはオーナーさんのバイクが2台置かれているだけの駐輪場で、そのバイクを置くだけでいっぱいの広さしかなかったと記憶しています。そんな広さでは、食べ物まで手が回らないのでしょう。
そうこうしているうちに、私たちの順番になりました。お店の正面はカウンターテーブルが置かれて、そこで注文を聞いて商品を渡す、そういう仕組みのようです。
「いらっしゃいませ。何にします?」
遠藤さんのお話にあったイケメンの店員さんから、注文を聞き取る言葉が投げかけられました。遠藤さんは目をキラキラ輝かせながら、「深炒りをお願いしますぅ♪」と、猫なで声で注文をしていました。
「そちらのお嬢さんは?」
その店員さんにお嬢さんと言われ、それが自分である事を認識するまで2秒はタイムラグがあったでしょうか。「はっ」となって慌てて注文をします。
「……あ、じゃあ、この深炒りで」
「かしこまりました」
なんだか慇懃な返答にちょっとモヤッとはしましたが、まあこういうお店ではよくある事と、その場は気持ちを切り替えてコーヒーが出てくるまで少し待つ事に。
お店の外観は、駐輪場として使われていただけあってコンクリートうちっぱなし。その間口の両サイドに柱を立てて、カウンターテーブルを横に渡しただけの簡素な作りです。ちょっとお客さんが待つために、簡易式の椅子がふたつ、脇に置いてありました。そこでコーヒーを飲むもよし、テイクアウトするもよし、ということなのでしょう。
「深炒りふたつね。よろしく」
「わかった」
イケメン店員さんが、奥に声をかけます。お店の奥には、もうひとりの店員さんがいて、その人がコーヒーのドリップを担当しているようでした。お店の天井からはペンダントライトがふたつ吊るされていて少し薄暗く、コーヒーを淹れている店員さんの顔は、ドリップに集中しているのでうつむき加減で影になっていてあまりハッキリ見えず、少し肩幅の広い鍛えていそうな体格の男性でした。
例のイケメン店員さんでしたが、私の感想では、いわゆる韓流ドラマなどに出てきそうな顔立ちと線の細い体格の人で、印象ではちょっと軽薄そう。言うほどのイケメンではなかった……かな? 遠藤さんが入れ込むほどのイケメンとは思えない、それが私の感想でした。
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