姫と執事の内緒⑦
二人の反応を見て、もうエドガーの言葉を疑うことはできなかった。 もしかしたらエドガーの仕込みの可能性もあるが、思い出してみても演技には見えなかった。
瞳のこともあり、恐らくはニーナがあの二人の娘であるということは確定なのだろう。
「姫様。 このままお城へと戻られますか?」
「・・・いいえ。 少し考えたいわ、風に当たりながら」
「かしこまりました。 ではいつもの場所へと向かいましょう」
「えぇ」
二人は城のすぐ近くにある花畑に歩を進めた。 城の敷地内にあり城の者以外は入れないため安全だ。 本当は気晴らしに城下をぶらりとでもしてみたかったが、エドガーが許可するわけがない。
ふわりと香る花の匂いは心を落ち着かせてくれる。 石畳を歩き二人は端にある全体を見渡せる休憩所へ向かう。 エドガーが新しいハンカチを取り出し椅子に敷いてくれた。
「姫様、こちらへどうぞ」
自分は姫ではないのだ。 にもかかわらず、エドガーは今も姫として扱ってくれる。 嬉しい気持ちもあるが、罪悪感が勝る。 花売りになった姫こそ本当はこのような扱いを受けるべきなのだ。
エドガーが敷いてくれたハンカチを手に取ると、黙ったまま首を振り椅子に腰かけた。 服が汚れてしまうが、自虐的な気持ちな今それくらいで丁度いいのだ。
「お飲み物をお持ちしますね」
エドガーは一人になりたいニーナの気持ちを察したのか、頭を下げ離れていった。 色とりどりの花を眺めていれば、少しずつ気持ちが安らいでいく。
―――あの家にいた彼女こそが、本来なるべきであるこの国の王女だった。
―――でも目の色が緑色だったわ。
―――きっと本当の目は青色で、私と同じようにカラーレンズを入れられているのね。
別に目の色が青でも緑でもそれ程珍しいわけではない。 ただ遺伝性は確かなもので、両親の目は確かに緑色をしていた。
ならば多少顔の造形が両親に似ていなくても、自分が娘であることを疑うはずがない。 彼女は自分が本物の姫だと知りもしないのだろう。
―――・・・彼女に本当のことを教えたら、彼女はどう思うのかしら?
―――本当の居場所に戻すのが正解?
そう考えているとエドガーが戻ってきた。 花の匂いに甘いチョコレートの匂いが少しずつ混ざっていく。
「お待たせしました」
とびきり甘いそれが一層心を落ち着かせてくれる。 エドガーは自分のことを理解してくれている。 怪盗なのだから人の心くらい簡単に分かってしまうのだろうか。
「お決まりになられましたか?」
「・・・」
「本当の自分の家族をお選びになるのか、今までお城で過ごされた思い出をお選びになるのか」
「・・・まだ分からないの」
いくら考えても答えはまとまらなかった。
「姫様はお優しいため、たくさんの方のことを考えてしまうのではないでしょうか? 今は自分の気持ちを優先させた方がよろしいかと思います」
「・・・」
それからしばらく時が経った。 エドガーは何も喋らずずっと傍にいてくれている。
「そろそろ冷えてきたわね」
「お召し物でもお持ちいたしましょうか?」
「いえ、部屋に戻るわ」
「かしこまりました」
それから二人はニーナの部屋へと戻る間、一言も話さなかった。 エドガーはどう思っているのだろうかとも思う。 ニーナが偽物だと知った時、こういった時のための取引に使える材料とみたのだろうか。 それとも国の混乱を避けるためにそうしてくれたのだろうか。 いつも通りの表情で何も分からない。 自室へと入る間際、ニーナはポツリと言った。
「ごめんなさい。 今は一人にしてくださる?」
「・・・分かりました。 何かございましたら、すぐにお呼び付けください」
エドガーはあっさりと去っていった。 少し物足りなさを感じる乙女心は複雑なものだ。 軽く息をつくとニーナは整理棚まで歩き、一冊のアルバムを取り出す。
開けば今までの城の思い出がたくさん溢れてくる。 だがそれが、偽物であると思うと突然薄っぺらなものにも見えてしまった。
―――王様も女王様も、私もとても幸せそう。
―――もし私が本当の家に帰るとしたら、みんなは悲しんでくれるのかしら?
もしまた入れ替わるとしたら、一体どうしたらいいのだろう。 こっそりと入れ替わり、本当の両親と逃げるしかない。
―――本来の姫の居場所を返したいところだけど、そしたら私の本当の両親の想いが無駄になる。
―――そして城の者もきっと困惑する。
―――私はどうしたらいいの?
窓を開けると先程いた花畑がうっすら見える。 そうするとエドガーの言葉が思い出された。
―――私の気持ちを、優先に・・・。
―――やっぱり私は、自分以外のことをずっと考えていたようね。
ニーナは決断をする。 それにはエドガーの協力が必要不可欠だ。
「エドガー。 こちらへいらしてください」
呼び鈴を三度鳴らしエドガーを呼び出した。 ニーナがそうするのが分かっていたのか、エドガーが来るまでの時間は先程呼びつけた時よりも早かった。
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