姫と執事の内緒⑤




午前の間中ニーナはずっと憂鬱な気分だった。 習い事をしている間はいい。 今朝のことを僅かでも忘れていられるのだから。

だが習い事がない午後になれば当然自分で考え時間を有効に使わねばならない。 そうすると、今朝のことが嫌でも思い出されてしまう。


―――ついにこの時間が来てしまったわ。

―――・・・どうしましょう?

―――何もすることがないと、エドガーの言葉を思い出してしまう。


一人で考えていても結局埒が明かないのだ。 自分が本当に姫であるかどうか気になったまま笑っていられる自信がない。 正直、事実を知るのは怖い気もするが確認してみなければ始まらない気がしていた。

ニーナは自室の呼び鈴を三度鳴らす。 これがエドガーを特別な用なく呼ぶ時の合図だ。


「姫様、お呼びですか?」


怪盗騒ぎが今朝の話で、用なく呼べば何か思うところがあってもいいはず。 なのにいつもと様子が変わらない。 自分はこれだけ動揺しているというのに、それが少々癪に障る。


「何か私にしてほしいことはないかしら?」


だから、曖昧にそんな風に尋ねてみた。 それで表情の一つでも崩れれば占めたもの。 だがやはり何の動きもなかった。


「してほしいことですか?」

「暇を持て余しているのです」

「では自分が本物の姫様かどうか、確かめてみてはいかがですか?」

「なッ・・・!」


動揺させてみたいと思っていたのに、逆に心を揺さぶられてしまう。 まさかそこに触れてくるとは思わなかった。 もし嘘がバレればエドガーもただでは済まないのだから。


「姫様、どうかなさいました? あぁ、もし僕の言ったことが本当だとしたらと考えると、怖くて行動に移せないんですね」

「・・・だったら何ですの?」

「そんなに悩まず軽い気持ちで調べてみたらいかがでしょう? その方がスッキリしますよ」

「軽い気持ちでなんて無理に決まっているでしょうに・・・。 分かりましたわ。 でも私一人だと心細いので、エドガーも隣にいてくださる?」

「もちろんです」

「それで、確かめる術は?」

「城内にある資料保管庫へ赴くのはどうでしょうか?」

「そうね。 そこなら何か分かるのかもしれないわ」


二人は一緒に保管庫へと向かった。 普段あまり来ることはないが、勉強と勉強の節目に訪れることがある。


「ここへはあまり来る機会がありませんが、案外綺麗に保たれているものね」


中へ入り一通り見て回る。


「・・・えぇと、ここへ来て何を調べたらいいのかしら?」

「歴代の家系を調べてみてはいかがでしょう?」


そう言ってエドガーは古い本を手に持った。 それを開いて一緒に中を覗いてみる。


―――容姿の写真を見ればいいのね?

―――目の色や髪の色、そしてほくろの位置・・・。


ペラペラとめくりながら載っている写真と自分を見比べてみる。


「・・・何よ。 みんな、私と変わらないじゃない。 やっぱりエドガーの言ったことは嘘だったのね?」

「姫様の瞳は本物ですか?」

「何ですって?」

「歴代の方々は皆、澄んだ青色の目をしています。 ですが姫様の瞳は青色の色素が薄い」

「そんな! 色の濃さなんて関係な・・・」

「カラーレンズでも付けておられるのでは?」

「私には付けた憶えがありません」


そう言って恐る恐る瞳に触れ確認してみる。 すると確かに瞳の上を何かが滑る。


「嘘・・・」

「こちらをどうぞ」


エドガーは胸ポケットにある手鏡を取り出しニーナに向けた。


「どうしてそんなものを?」

「一応、念のために」


今回のためにわざわざ用意したのだろうか。 小さな鏡を覗き込みながらレンズをそっと外してみた。 そこからは緑色の目が現れる。


「・・・エドガーの言っていたことは、本当だったの・・・?」

「姫様の本当のご両親が、姫様に特別なカラーレンズを入れたのですね」

「・・・」


何も言えなかった。 ニーナは真実を知りショックを受けていた。



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