姫と執事の内緒③
ニーナは自分の過去の考えに、少々気恥ずかしい思いをしていた。 その時のエドガーが何を考えていたのか。 自分と話しながら心の中では笑っていたのかもしれない。
だが今はそんなことを言っても始まらず、それ以上に気になったのはエドガーが今口にした言葉だ。
「エドガー? 貴方は何を言っていらっしゃるの? 私は本物の姫よ」
「いいえ、違います。 貴方は姫様ではありません」
姫自身エドガーの言葉に心当たりがない。 まるで自分が隠しているかのような物言いだったが、隠していることなんてないのだ。
―――急にそんな嘘をついてどうしたのかしら。
―――もしかして私を脅そうとしている気?
「面白い冗談じゃない。 私は小さい頃からの記憶は確かにあるわ。 アルバムで確認なさいます?」
「・・・」
「全てどこで撮ったものなのか、そこで何をしていたのか鮮明に思い出せる自信がありますわ。 ここまで言って、私が本物の姫ではないと証明できるものは何かありますの?」
「・・・いえ」
エドガーがどんなつもりでそう言ったのかは分からない。 ただ記憶だけではなく記録も残っている。 ここまで上手く忍び込んだ怪盗の嘘にしては滑稽に思えた。
―――ほら、何もないじゃない。
―――エドガーは私の執事になってからようやく一年。
―――私の小さな頃を何も知らないからそうなるのよ。
「特に証拠もないならこの話は終わりね。 私は今から城の者を起こしてきますわ」
そう言って宝石部屋から出ようとする。
「忠告しておきますが、今宝石を盗んで城から去ったとしても無駄ですわよ。 城の者が懸命に貴方を捜すでしょうから」
「でしたら僕も、姫様は偽物だと王様に伝えてもよろしいですか?」
「またその話ですの? 私が偽物だという証拠がないのなら、もうどうすることもできないのではないですか。 一応尋ねておきますが、私が姫ではないのなら一体何だと言いますの?」
「花売りです」
「・・・はい?」
エドガーは即答した。 当然、姫はエドガーがどんな意図で言ったのか分からない。
「花を摘んで自ら売る仕事の人です」
「そのくらいは分かりますわよ!」
「姫様の両親も王様と女王様ではなく、花屋で働いている普通のご両親です」
「ちょっと。 私の大事な両親を悪く言わないでくださる?」
「本当のことです。 ですから姫様こそ、本当のご両親に対してそのような発言は慎んだ方がよろしいかと」
「・・・」
エドガーは茶化すような顔でも、騙そうとしているようにも思えない。 大真面目にニーナの瞳を覗き込んでいる。
短い付き合いで正体を隠されていたわけではあるが、エドガーが本心からそう思い言っているのは理解できた。
「もしその話が本当なら、どうして両親は入れ替わっているんですの?」
「入れ替わったのは姫様です。 貴女のご両親はこの平凡な生活では不幸になると思い、本物の姫様と貴女を入れ替えたんですよ。 生まれたばかりの時に」
「どうやって入れ替えたんですの?」
「そこまでは分かりませんが、おそらく夜中に城へ忍び込んだのでしょう」
「信じ難い話ね」
エドガーは何も言わず同情するように軽く会釈した。
「エドガーはどうしてそれを知っていらっしゃるの?」
「外でお使いをしている際、姫様のお部屋をずっと見上げている老夫婦がいらっしゃいました。 不審に思いお尋ねしたら、僕にだけこっそり教えてくれましたよ」
「・・・」
ニーナは疑うような目を向ける。 自身に全く心当たりがないため、その言葉を鵜呑みにできるはずがない。 ただ外見的特徴として両親と自分が似てないと思うことはあった。
本来、普通に起こりうることだが今は些細なことも気になってしまう。
「もし僕の話が信じられないようでしたら、姫様が直接調べてみてはいかがですか? 僕が話した通りのことになりますが」
「そんな。 もしその話が本当でしたら・・・」
そう思うと途端に怖くなった。 自分はここにいるべき存在ではないのだから。
「姫様。 もし僕がここにいたということを内緒にしてくれるのでしたら、僕も姫様が偽物だということを内緒にしておきます」
「・・・」
ニーナは困ったように顔を伏せる。 エドガーの言っていることが、その場しのぎの嘘の可能性もある。 もしその場合、ここで見逃せばエドガーは遠くへ逃げてしまうだろう。
しかし、もし本当のことを言っていたら自身が失脚する羽目になってしまう。 幸いまだ宝物庫から何かを盗った形跡はなく未遂なのだ。
今後どうなるのかは分からないが、見逃してもいいのかと思い始めていた。
「城の者は姫様がすり替えられているなんて誰一人知らないでしょうね。 もし知ってしまったら一大事です。 姫様はどうなってしまうのか・・・」
「・・・ッ、もう! 分かりましたわよ! 内緒にすればいいのでしょう!?」
「はい」
エドガーは嬉しそうに笑った。 ニーナは互いの事情を内緒にすると決めてしまったのだ。
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