第47話 『2週間で小説を書く!』実践演習 その2(断片から書く)

 清水吉典氏の『2週間で小説を書く!』の実践練習のお題をひとつずつやっていくノートです。

 お題が14日分(二週間分)あります。


【実践練習第2日】断片から書く

 自分の気に入った文章の断片を用意して、その断片の文章をまるごと含めるか、あるいは、そこから発想を広げて別の文章にするという課題である。

『2週間で小説を書く!』清水吉典 幻冬舎新書


「完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。」


『風の歌を聴け』 村上春樹


 ホトガヤは自分の仕事を完璧にやろうとは思っていない。ライター――昔は文筆業といった――である彼にとって、飯の種である文章は可塑性を残していなければならないという。文章の隙間に秘めた、読者が想念によって埋めてくれる何かを作ること、それが自分の仕事だと彼はいう。

 ホトガヤの仕事の評価はさまざまだ。絶賛する人もいれば、作家気取りだと罵倒する人もいる。

 ――ライターに個性なんて求めてないんだよ。

 SEOによって検索エンジンの機嫌をうまく取ってくれる文章を書けばそれでいいと思っているクライアントがいた。一日二万字、誰が読むかわからないブログ記事を量産するマシンであってくれればいいのだろう。

 そういう記事はAIが書くようになる。自分が書きたいのは、読者が文章から何かを搾り取ってくれる、その何かの気配だ。春が来る直前の風のような、脳に舞い降りる天使の気配。

 文章の隙間を書けなくなったら、自分は廃業するのだろうとホトガヤは苦く笑った。


 この世界がきみのために存在すると思ってはいけない。世界はきみを入れる容器ではない。


『スティル・ライフ』 池澤夏樹


 「この世界がきみのために存在すると思ってはいけない。世界はきみを入れる容器ではない。」

 本の冒頭を読んで、私を入れるための容器がどこにあっただろうかと容子は考える。

 生家である創路の旧家。幼稚園や小学校、大学。社会人として初めて入行した銀行、その独身寮。いずれも自分に合わなかった。袖や裾がブカブカして、いつか直そうと思いながら身につけているコートのようだった。

 私にないのは、現実をうまく補修する能力であるのかもしれない。DIYの上手な志摩を見るにつけ、彼女はそう思う。

 志摩は百円均一の店の素材でライトや棚を作る名手だ。容子は部屋にものが増えるのが苦手だが、志摩は常にDIYに使えそうな素材を部屋に溜めている。

 志摩の部屋は、居住スペースというよりは倉庫だ。使われる前の針金やL字金具や棚板が、カラーボックスのなかでひっそりと眠っている。

 断捨離という言葉に踊らされた容子の部屋には何もない。自分の匂いのする服やアクセサリーや置物を捨て去ってしまった。それらがなくて困りもしないかわりに、体温を移す何かもない。自分の輪郭を縁取る、何もない部屋の白い壁紙を、容子は途方に暮れた顔で見つめた。


「ここを過ぎて悲しみの市(まち)。」


『道化の華』 太宰治


 今本物のピエロが見られる場所は、遊園地のパーラーしかない。

 以前は町の空き地に設置されるサーカスであったり、デパートの催事場に賑やかしに入るチンドン屋であったりした。

 今どきのピエロはシリアルキラーがコスプレに使ったり、排水溝に隠れて子供を脅したりしている。

 いつからピエロは子供の敵になったのだろう。そうであってはならないと僕は思う。

 僕は正しいピエロを目指して、遊園地のパーラーで風船を配っている。アルバイト料はそれほどでもない。葡萄のように風船がついた紐の束を持っていると、空に浮かばないのと三歳の子供に聞かれる。

 ――僕が君の歳のころには、飛べたけどね。

 子供は風船の束を持ちたいという目をする。

 ――駄目だよ、君が飛んでいったらママが困るだろう? 僕が誘拐犯になってしまう。

 子供はつまらなそうな顔をして母親のもとへ去ってしまう。

 たぶん僕は子供の夢を壊すのが嫌いなのだ。僕の母親は夢など子供に話さない人だったから。

「ここを過ぎて悲しみの市(まち)。」

 本物のサンタもピエロもこの町から去っていってしまった。今残っているのは悪魔とホラー映画のシリアルキラーだけだ。

 置き去りにされた町で、僕は子供に夢を与えるために泣き顔の化粧をする。

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