甘い言葉に誘われて
こうせつ
失恋
「ごちそうさま!」
食器を流しに運び終えると猛スピードで階段を駆け上がり、自分の部屋へ。
ベッドに横になり、いつものようにインスタを開く。
蓮(好きな人)のアイコンが赤く縁取られているのが確認できた。
今日も更新されてるな…
会えなくたって、話したことがなくたって、蓮のストーリーを見ることができるなら私は十分幸せだ。
中身のない内容でも、写真の角度といい言葉といい、いつもまじまじと見てしまう。
そしてどんな内容であろうと見終わると私は幸せな気分になれる。
これが彼の身の周りで起こったことを知れる唯一の手段なんだから。
今日もいつものように、好奇心と抑えがたい衝動で手を震わせながらストーリーを開いた。
清楚系美人をバックに4文字。
「俺の彼女」
近くに女の子のアカウントがタグ付けされている。
ん?蓮に彼女ができた?
いやまさか。
蓮の言葉のほとんどは冗談だ。
彼はジョークを言ったり、ボケて人を笑わせるのが大好きな人なのだ。
大丈夫、大丈夫。
そう思いながらそこにタグ付けされている女子のプロフィールを開いてみた。
その子のプロフィールにはこう書かれてあった。
「彼氏できました」
さらにアイコンは蓮とのツーショット。
カップルでないと行かないような、いわゆるデートスポットで撮影したものだ。
なにこれ
蓮が好きだったのは私じゃないの?
高校では同じクラスになったことは1度もなかったが、蓮は事あるごとに好き好き光線を出してきたものだった。
廊下ですれ違えばこちらをチラチラ見てくるし、私が蓮の近くにいると彼が冷やかされることも知っていた。
なのになぜ?頭の中にハテナがたくさん。
しばらくしてようやく状況を理解した。
海に投げ入れた石ころがずんずん下へ行くように、私の心も深く暗いところへと沈んでいった。
あれから何時間泣いたことだろう、
私は顔を洗いに洗面所へと向かった。
先ほどは悲しみという感情に襲われていた自分だが、冷静になってみるとあれが一種の裏切りであるかのように感じられてきた。
あの人は一途ではないのか?
あれほどぞっこんだったくせに。
いや、でも美人が近くにいたら気が移るのは当然なのか?
自分の中から沸き起こる、醜い感情とそれを抑えようとする理性の格闘。
まあ恋愛なんてそんなものだ。
一時的な気分の高揚。
自分が欲するものを持つ人が近くにいるならそちらに飛びつくのも無理はない。
だけど私ってそんなに魅力がなかったのかなぁ。
内面こそが大切だと思って外見をあまり磨いてこなかった自分。
辛い思いをして初めて後悔の念を抱く。
鏡に映る自分を見て再度、涙が溢れ出した。
頬をすうっと伝って足元へ。
ぽつり、ぽつりと下に行く。
人生のどん底。
ああ、もうこれ以上は。
これ以上辛い思いはしたくない。
泣きじゃくる私に向かって、幸せな恋愛ができたら良いねと鏡の奥の自分が言った。
甘い言葉に誘われて こうせつ @kousetsu_shodo
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