七十日目

七十日目


 街道は危ない。


 ようやく町の中心部にたどり着けたものの、このあたりはかなり治安が悪いみたいだった。


 現在地は三の区画。三番街とか三丁目的なところだね。便宜上三番街と呼んでおこうか。地図だと一の西隣に位置する区画だよ。

 まあそこまで大きいわけじゃないけど、こういうのは気分の問題だ。


 馬車とか馬がバンバン走っててたまに人がはねられたりしてるし、身なりの良い少年が裏道に引きずり込まれて悲鳴を上げてたり、挙げ句の果てに騎士っぽい格好の人がチンピラ風の男から金貨受け取ったりしてたよ。


 都会っていうのは治安が悪いものなのかな。

 人が多すぎて自治が追いついてないような印象だ。


 さっさと通り過ぎたいところなんだけど、表は乱暴な馬車とかがすごい勢いで走るし、信号や横断歩道みたいな気の利いたものは見当たらない。


 かといって下手に裏道に入ると、今度はそこらの悪党に何をされるかわかったものじゃない。


 結果、人混みにもまれながらおっかなびっくり進むことしかできないんだよね。


 ときどきわざとぶつかってくる人とかいるし、腰とか触られたりするからスリとか何回も遭ってるんだろうね。


 ふふふ、残念だったね。残りの銅貨は姫ニャンのところに置いてきたから、今の私は紛うことなき無一文さ!

 スろうがぶつかろうが出てくるものは安っぽいナイフだけだよ。


 書いててなんだか悲しくなったけれど、フードの下を見られただけでダッシュで逃げないといけないのが私の現状だからね。

 なくして困るようなものは持ってきてないよ。

 ナイフは護身具だから全部持ってきたけど。


 このあたりになると路上に店を広げてるところが多い。

 もちろん建物に店を構えているところもあるんだけど、露店と人混みで近寄るのも大変そうだ。


 歩きながら露店を覗いてみると、ちょっと楽しかった。


 並んでるのは雑多なものばかりで一概に何があるとは言い難い感じだ。

 ツボとか置いてあると思ったら剣が立てかけてあったり、装飾品が陳列してると思ったらパンが紛れてたりする。


 あまりよそ見をしてると危ないけど、まあなんとも異世界らしい光景に目を奪われずにはいられなかったよ。


 ……って、んん?


 自制しながら眺めて歩いていたら、なんだか見覚えのあるものがあった。


 いや、この世界にあってもおかしくない……のかな?

 金属でできた小さな箱状のもので蝶番で蓋を開けられるようになってる。


 たぶんこれ、オイルライターじゃないかな?

 私、タバコ吸ったことないしライターの種類とかわからないけど、JCのころクラスの男子が持ってきて見せびらかしていた。

 そのあと先生に取り上げられてたけど。


 恐る恐る眺めてたら店主さんらしき人が話しかけてきた。

 言葉わかんないけど安くしとくよ的なこと言ってるんだろう。触ってもいいかってジェスチャーしてみたら頷いてくれたので、ちょっと手に取ってみる。


 うわ、やっぱりこれ元の世界のものだ。

 すっかり擦り切れちゃってるけど、表面にうっすらメーカー名らしきアルファベットのロゴが入ってる。


 これ、M-1の持ち主と同じ人のものかな。それとも別の誰かのものかな。

 とにかく、元の世界の遺物だ。


 蓋を開けてみると案外綺麗だった。

 オイルは切れてるみたいだけど、火花を出す部分(名前知らない)は無事みたいでまだ火花が出たよ。


 おっと、売り物だったね。私がそっと棚に戻すと、店主の人が押しつけてきた。


 いや私今お金持ってないんだよ。


 そうジェスチャーしたんだけど、店主の人はそのまま私の手の平に乗せてくれた。

 私、よっぽど執着してるように見えたのかな。

 それとも単に売れ残りだったのかな。


 私はペコリと頭を下げてから、ありがたくライターをいただいた。


 異世界生活七十日目。思いがけず元の世界の遺物を手に入れた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る