三十二日目


三十二日目



 人を殺してしまった。



 オークさんたちの足跡を追いかけてはみたのだけれど、所詮は素人のニート。

 元々めちゃくちゃに入り乱れていたし、いつの間にか他の足跡と見間違えたのか森の外に出てしまった。


 森の中は地面がぬかるんでいたから足跡も残っていたんだけど、森の外に出るとそこでぷっつり途切れていた。


 襲撃からずいぶん時間が経ってしまっているし、もう足跡は残っていないみたいだ。


 どうしようか悩んでいたら、後ろから口を塞がれた。


 冒険者だった。


 私といっしょに転がり落ちたやつだと思う。

 こいつも生きていたんだ。


 それと根拠はないけど、こいつがこの世界で最初に襲ってきたあの冒険者だと確信した。

 手斧の持ち主でもあるやつだ。


 向こうも血まみれで怪我もひどかったみたいだ。たぶん、私といっしょに転がり落ちたせいだろう。


 殺されるんだと思ったけど、こいつはもっと最悪だった。


 私が足を怪我していて逃げられないと見るや、服を脱がせ始めた。

 いや、脱がせるなんて優しいもんじゃなくて、破って剥ぎ取られた。


 情けないけど、怖くて動けなかった。


 悲鳴も上げられないでいたら、誰かが冒険者を突き飛ばしてくれた。


 相手の顔を見て、私は驚いた。


 助けてくれたのは、姫ニャンだった。


 どこから現れたんだろう。同じ森の中にいたのかな。

 私はバカみたいにそんなことを考えてた。


 冒険者は激昂して剣を抜いた。


 邪魔をした姫ニャンを殺すつもりだとわかった。


 姫ニャンも怖かったんだと思う。

 身を強張らせて動けなくなっていた。


 冒険者は走りながら斬りかかってきて、姫ニャンはぺたんと尻餅をついてしまって、その瞬間がなんでかすごくゆっくりに見えた。


 そんなスローモーションの世界に、知らない記憶が割って入ってきた。


 夜の草原。たき火を挟んで知らない誰かと楽しげにお酒を飲んでいる。その向き合った誰かの後ろに、武器を持ったオークさんが現れる。


 仲間の窮地に、とっさに投げたのは手斧だった。


 鋭く投げ放った手斧は吸い込まれるようにオークさんの額に命中して、その頭を真っ二つにしてしまった。


 その記憶に、冒険者の姿が重なる。


 いきなり仰け反って、まるで記憶の中のオークさんがそうなったのをなぞるようにして倒れていった。


 倒れた冒険者の頭には、手斧が突き刺さっていた。

 兜を断ち割って、頭蓋骨に深々とめり込んでいた。


 投げた覚えはなかったけれど、投げたのは私だった。


 ああ、そうだ。


 私は姫ニャンを〝助けなきゃ〟という意思を持って、無意識に手斧を触ってしまったんだ。


 サイコメトリーという力がなければ、私はきっと震えて姫ニャンが斬られるのを眺めていただけだったろう。


 でも、こんなことをするつもりじゃなかったんだ。


 冒険者はしばらくピクピク震えていたけど、やがて動かなくなった。


 人間を、殺してしまった。


 そうわかってしまって、私は胃の中のものを全部吐いた。


 最低のやつだった。


 でも、それを殺した私も同類だ。


 なんでこんなことになっちゃったんだろう。


 異世界生活三十二日目。最低の日だった。


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