パンクボーイの憂鬱…。
間が悪かった。タイミングが悪かった。
いや、其う言ってしまうと何だか後ろめたいのかと訊かれそうだけれど、其んなことは一切無い。あれはアクシデントだ。予想もしなかった事故だ。全く其んな気などなかったのだ。
いきなりのキス…。
連んでいる連中の一人。サークルの仲間の内の一人。普段から、肩を組んだり、ふざけてしがみつかれたりすることもあった。特に其れに他意など無いのだと理解していた。仲間の部屋でみんなで雑魚寝も平気だった。なのに…。其の関係を壊したのは"あいつ"だ。いや、ひょっとすると、俺が其んな風にさせて居たのか?俺の所為なのか?
俺には彼女が居る。いや、居た。
短い髪を紫に染める様なタイプではなく、大人しい雰囲気のいつも丈の長いワンピースを着ている様な彼女。ショートパンツに網のタイツを穿き、ドクターマーチンのテンホールをいつも履いている様なタイプではない。其れが俺の彼女。だった…。
連んでいる連中は「お前らお似合いだよ」などと言って居たが、俺には其の気はなかった…。俺には彼女が居たからだ。だが、俺が其んな風にさせて居たのか?俺の所為なのか?
いきなりのキス…。
連んでいる"仲間"の不意打ちだった…。其れをちょうど目にしたのだと言った俺の彼女。間が悪かった。タイミングが悪かった。其れが原因で口論となり…駅のホームで、彼女は俺から去って行った…。
***
大学構内の数少ない煙草の喫える場所でしゃがみ込み、俺は独り煙草を咥えていた。着信音が喧しく鳴りスマートフォンへとメッセージが届く。ポケットから取り出したスマートフォンの画面に目を遣り、其のままメッセージを開くこともなくポケットにしまい込む。
「読んでくれないんだ?」と声を掛けられる。
声の主は、俺のすぐ後ろで其のメッセージを送って来た様だ。
「何度も送っているのに、何で返信くれないのよ?」
「………」俺は顔を上げることもなく沈黙を守る。
「ねぇ?どうしたっていうのよ?」
テンホールの編み上げブーツが俺に近づき、目の前にしゃがみ込む。短い髪を紫に染めた女が、俺の顔を下から覗き込む。
「ねぇ?口も利いてくれないんだ?」
仕方なく俺は"其の女"に顔を向けた。
「俺、もう無理…。お前のせいで…お前が"あんなこと"をするから、別れることになった…彼女と。もう今までみたいには居られない。もう俺に関わらないでくれ」
"女"は黙ったまま、俺を見つめている。
手にした煙草の灰が長くなっていく…。遂に其の長さに耐えられずポトリと灰は地面へと落ちた。其のタイミングで"女"が口を開いた。
「人を好きになるのに理由なんかないよ。理由なんて何時だって後付け…。きっかけだって有って無い様なもの。ただ私は貴方を好きになった。だから、其の通りに行動しただけ…」
地面の灰を眺めながら俺は呟いた。
「お前みたいに、既成概念に囚われず思った様に行動出来る奴なんて、そうそう居ないんだよ…。少なくとも其んな風に俺は出来ない…。既成概念、常識…。其んな物、ぶち壊せないんだよ…。所詮、パンクが好きだなんて言ってるけれど俺はガチガチに…囚われっ放しなんだ…既成の概念に。所詮ファッションでしか無いんだよ…俺のパンクなんて」
「既成概念って!其んな立派なイデオロギーなんて持ってないよ…私。好きな物、好きな事に正直に居たいだけ…。ごめんね…彼女と別れただなんて知らなかった…。つきあってくれ…とか、其ういうの、望んでないし…全然。ただ好きなだけ…」
「其うだろうね…」俺は"此の女"に聞こえない程の小声で其れだけ呟いた。
パンクの大御所が嘗て言った言葉がある。
「パンクはスタイルじゃない、アティチュードだ」
アティチュード…。
高校一年の頃、街で見掛けたパンクスの見た目に度肝を抜かれた。其の後、其の人が同じ学校の先輩だと云うことに気付いた時には、更に驚かされた。先輩は学校では生徒会に所属している様な所謂"優等生"だったからだ。校内では制服をきちんと乱れのひとつもなく着ていた先輩の街での姿…。圧倒された。俺は先輩の"恰好"を真似する様になり、パンクの曲を片っ端から漁った。ただの憧れでアティチュードのひとつも持たない俺は、ただ恰好だけのパンクスだ。先輩は高校三年の夏、突然に学校を退学。詳しく知ることは出来なかったけれど、先輩のパンクはスタイルでなくアティチュードだったのだと俺は実感した。先輩はアティチュードを行動にしたのだ。
其れが俺の中で今も残って離れない。"此の女"も一緒なのだろう。
GBHと云うバンドの『シック・ボーイ』と云う曲に此んな歌詞がある。
I'm happy the way I am. (俺は俺の生き方に満足してる…)
だがスタイルだけの俺は、満足…なンて全く出来てやしない…。
水の溜められた灰皿代わりのバケツへと短くなった喫い差しを放り込み俺は、"女"の元を後にした。
-了-
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