バレンタインは嫌いだ 短編

@wantansoup

バレンタインは嫌いだ

 今年もこの季節ーーつまりは2月に入ってしまった。一年で2月だけなくならないかと考えるが、月という概念がなくならない限り無理だろうという当たり前の結論に至る。

 何しろ2月15日にはバレンタインという多くの男子高校生を苦しませるイベントがあるからだ。誰が考えたんだかこのイベントでは普段お世話になっていたり、気になる男子に女子がチョコレートを渡すという行為が行われる。どうしてそんなことをイベント事にする必要があるのかと毎年思う。

 そんな気持ちを伝えるのにイベントじゃないといけないのはいかがなものか。もちろんのことだが俺は今まででこのイベントに参加したことがない。

 なのでこんなことを本人たちに言っても負け犬の遠吠えとしか言われないのだろう。参加したくないわけではないのだ、チョコをくれる奴がいないだけで。義理でも良いからくれる奴がいたらそいつに心から感謝し、チョコをもらえなかった奴らに「俺、チョコもらったんだよね」と言えるのに。

 そんな妄想と鬱な気持ちを抱えながら今日も学校へ行く。


 学校についても俺に話しかける女子なんていない。

 もちろんのことだが俺は親しい仲の女友達などいない。どうにも俺からは女子が遠のくオーラでも出ているらしい。

 そんな女子が近づけない俺だからチョコをくれる奴がいないのは当然だった。

 教室についても特にすることもないので寝たふりで周りの会話を聞いてみることにする。

 聞き耳立てているとやはり周りはバレンタインの話題ばかりで、女子たちは誰にチョコをあげようかとか、それに乗じて告白しようだとか、そんな暖かい雰囲気がほとんどだ。

 対照的に男子たちの会話は去年チョコ何個もらったかとか、今年は何個もらいたいだとか、俺は本命をもらうなどと競争心のようなものを感じる。

 なおのこと自分が悲しくなってくる。

 人の会話なんて盗み聞きするものじゃないな。

 そんな話をしていると一人の人物が教室に入ってきた。その人物は入ってくるなり俺に近づき抱きついてきた。

「おはよーゆーくん!」

 そう言って俺に抱きついているのはこの学校の人気者、中嶋玲なかじまれいだ。こいつは俺の幼なじみで昔からこうだ。いつからか玲は人気者で俺は影ものになり俺は距離を置くようになっていた。しかしこいつは昔と変わらず俺に戯れてくる。そういうことを何も考えていないのだろう。いつものことだが女子からの視線が痛い。

「ああ、おはよう。とりあえず離れろ」

「はいはい」

 そういうと玲は大人しく離れた。女子の痛い視線が離れないのはどうにかならないものか。

「じゃあ授業始まるから戻るねー」

 そう言って玲は自分の教室に戻って行った。挨拶は大事だがそのために俺のとこまで来て被害を与えて帰るなら来ないでくれと思うが今更だ。

 2月になったからと言って特別に何か変わるわけではない、むしろテストの終わった俺たち一年生にとっては一番自由な時期とも言える。そんないつも通りの1日が始まるはずだった。


 朝礼の時間になり先生が入ってくる。ただ今日は先生の後ろに誰かがいる。

「今日からこのクラスに転校してきた星野綾ほしのりょうくんだ。みんな仲良くしてやってくれ」

 そうやって先生は転校生の名前と決まり文句を言ったが、俺には何か違和感を感じた。

 転校生の見た目は短髪黒髪の爽やかな青年って感じの見た目をしている。しかし何かが俺の中でひっかっかている。

「彼はついこの間まで長い入院をしていたんだ。体が細くて声変わりもしてなくて女の子みたいっていじめたりするなよ」

 そんな俺の疑問に答えるように先生が付け足した。それを聞いて俺はそれ以上疑問に思うのをやめた。

「星野の席は...田村は不登校だから、あそこでいいか。星野の席はあそこだ」

 おいおいそれでいいのかよ、と言いたくなるが事実、田村が学校に来ているのは見たことがないためその席が他の生徒の席になろうが問題ないのだろう。

 そうしてそこは田村の席になった。そしてその席は俺の席の隣である。

 これが何を意味するかというと...

「桜坂。星野にいろいろ教えてやってくれよな」

 やはりこうなった。この教師最初からそうするつもりだったな。その証拠に笑ってやがる。

 担任への怨みを募らせていると転校生が自分の席へと来た。

「えっと、桜坂くんでいいのかな?よろしくね」

「ああ、桜坂優さくらざかゆうだ。よろしくな、星野」

りょうでいいよ。僕もゆうくんって読んでいい?」

「もちろんだ。改めてよろしくな、綾」

 こうして俺、桜坂優の例年とは違う2月が始まった。


 授業は特別何かがあるわけでもなく、単位テストもすでに終わった後のため流し聞きでも問題ない。

 そして気づいたら放課後になっていた。俺は今日一日綾のことを見ていたが、病院でも勉強していたらしく勉強に遅れている様子もない。特段変わった様子もないため普通に接しても問題なさそうだ。

「優くん、この後暇?学校案内して欲しいんだけど...」

綾に言われてそう言えば担任がそんなこと言ってたなと思い出す。

「わかった。今は放課後だし、ついでに部活も見にいくか」

「うん!ぼく部活動ってどんなのかずっと気になってたんだ」

「中学の頃は部活やらなかったのか?」

「うん、体が弱くて授業が終わったらすぐ帰ってたから」

「そうなのか、とりあえず近いとこから行こう」

「ついてくからよろしくね」

 そう言って俺の右に来て一歩下がった。

 それを見て俺の中に何か懐かしいものがよぎる。しかしそれはぼんやりとしていてはっきりと形がつかめない。子供の頃こんなことがあったような...。

「...?。どうしたの?」

 綾からそう言われ現実に戻る。

 そんな曖昧なあったかもわからないことを思い出そうとするよりも綾を案内する方が大事だ。

 そもそも俺の幼い頃の記憶に女の子なんていない。俺は生まれてこの方モテたことはないんだ。

 そう思考を完結させた。

 「すまん、ちょっと考え事してただけだ。教室から一番近いのは美術部だな」

 そう言い俺たちは部活見学へ向かった。


 「これで一通り回ったな」

「いろいろな部活があるんだねー」

 時刻は完全下校時刻30分前だ。野球部を見終わり、最後は体育館の部活だけになった。

 体育館の部活はバレー部とバスケ部のみ。なぜそこを最後にしたかと言うと...

「あ、ゆーくんじゃん!やっほー!」

 体育館に入るなりそんな声が聞こえてきた。

「こっちにかまわないで部活に集中してろ、玲」

「今終わって片付けしてるとこだよ」

 それってお前片付けサボってねーか、と思ったが言わないでおこう。もしかしたら当番制なのかもしれない。

「ところでそちらの人は?」

「ぼくは今日から転校してきた1年1組星野綾です。今は優くんに学校の案内をしてもらっているの。」

「へー、転校生なんて来てたんだ。よろしくね!俺はゆーくんの幼なじみの星野玲。玲でいいよ」

「よろしくね、玲」

 途中から聞き手側にまわっていた俺は普段この場面で起こることが今はないことに気づいた。初対面の人に挨拶をする時、玲は必ずゆーくんの「親友」と言い俺に抱きつこうとするが、今は「幼なじみ」と言って抱きつこうとしてこない。

 こいつも成長したんだな、と誰目線かよくわからない感慨に浸るだけで特に気に留めない。

「おい、玲!片付けサボるな!」

 やっぱりお前サボってたんじゃねーか。


 あいつが片付けの後先輩方に怒られ終わるのを待ってから帰路へと向かう。

「たくさん怒られたなぁ」

「サボってたんだから当たり前だろ」

「別にいーじゃん。元はと言えばゆーくんがきたからだよ」

「お前、人のせいにすんな!」

 こんな他愛のない会話をしていると今とか昔とか関係なくこいつは俺の幼馴染なんだなと思う。

 ふふっ。

 笑い声が聞こえてきて横をみると、そこには眩しい笑顔の綾がいた。まるで女の子のような...。

 そんなことを考えていた俺の中で幼少期の記憶が蘇ってきた。

 俺と玲、それともう一人女の子がいる。俺の覚えているものとは違う記憶が鮮明に再生される。

「まあや...」

 俺の口から息をするように言葉を吐き出された。

 言い終わると意識が戻った。それと同時に俺何言ってんだという恥ずかしさが出てきた。

 恥ずかしさをかき消すために話しかけようと思い前を向く。

 しかしそこにあったのは「何それ」と笑っている2人ではなく、思い詰めている顔をしている2人だった。

 一気に緊迫した空気になる。そんなにまあやがだめだったのか。

「...僕、先に帰るね」

「あ、ああ。じゃあな」

 何が何だかわからないまま綾は帰ってしまった。嫌われたりしていなければいいのだが。

の?」

 玲がそう聞いてきた。

 まあやと言ったことについてだろうか。だが俺にはまあやとは何かすらわからない。

 玲が知っているのなら俺たちの間にあった何かだろう。さっきよぎったものは正しい記憶なのだろうか。

 考え始めたら止まらない。もっと簡潔にしよう。

「いいや、なにも。まあやってなんなんだ?」

「そっか...。ならこのままうちに来ない?ゆーくんの覚えてないもの、もとい「まあや」を教えるよ」

 俺は答えを求め玲の家に行くことになった。


「ゆーくんがうちにくるのなんていつぶりかな」

「中一が最後だから、3年ぶりくらいだな」

「もうそんなかぁ。時の流れって早いね」

 そう、時の流れは早い。

 俺はその中に大事なものを忘れてきてしまったのか、それとも捨ててしまったのか。そしてそれはいったいなんなのか。

 それを知るために俺は玲の家にきている。

「ちょっと待ってね」

 俺を部屋に招くと玲は部屋を出ていった。

 ......少し待つと玲は本のようなものを持ってやってきた。どうやらアルバムのようだ。

 これに俺の欠けている記憶がある。そう思うとなぜだか緊張してきた。

 緊張が顔に出てたのか玲が心配そうにこちらを見てくる。

「時間をかけてもしょうがない、見よう」

 俺がそういうと玲はうなずきアルバムを開いてみせた。

 そこには俺と玲と写っている写真がたくさんあった。

 これが俺の欠けている記憶の正体。

「玲、この子は?」

 俺は核心へと至るために聞く。

「この子は西島綾にしじまあやちゃん。さっきゆーくんが呟いたまあやちゃんだよ。」

 今日俺の頭に流れたものの正体は子供の頃の記憶だったようだ。だが、なぜ記憶からまあやだけ抜けているんだという疑問は解決していない。

「まあやちゃんは僕たちととても仲がよくて毎日3人で遊んでいたほどなんだ。だけど、突然引っ越しちゃってね。後からママに親の離婚で引っ越したって聞いたんだ。それが余程ショックで耐えられなかったのか、ゆーくんはまあやちゃんを忘れてしまったっていうのがことの顛末だよ」

 俺の疑問を察したのか、玲は答えてくれた。

 しかし、あと一つわからないことがある。

「多分だけど、綾くんはまあやちゃんじゃないのかな」

 俺の思考は読まれやすいのか。

 まさか...。そう思ったがあり得なくはないことだと思ってしまう。再婚したら苗字は 変わるし「あや」も「りょう」も同じ漢字だ。

 今考えてみればりょうに対して初めに感じた違和感は女だからだったのだろう。

 これが正解とは限らないが全てが納得いった。

 そして俺はなくしていた記憶を取り戻した。あの頃の楽しい思い出、引っ越してしまった時の悲しい思い出、まあやに対しての想いも全て。

 次どうやって綾に話しかけよう。そんなことを考えるほどに余裕ができていた。

 自然と笑みが溢れる俺を見て玲もなんだか嬉しげな表情になっていた。


 どうすればよかったんだろう。過去と向き合えばよかったのかな、新しく始めるじゃダメだったのかな。優くんにトラウマを植え付けておきながらまた仲良くなりたいなんてやっぱり図々しいよね。...それでも、もしかしたらって思っちゃったんだ。何も知らない転校生の私に優しく接してくれて、やっぱり優くんは変わらずあの優くんなんだって。

 だから今の私も受け入れてもらえるんじゃないかって思ってしまった。

 でも現実はそんなことはなかった。ものを捨てても消えるわけではない、名前も同じだ。捨てたらその場所に残る。この町を出るときに捨てたのだから当然この町に残っている。「西島綾」という名前が。過去を清算しない限り私は先に進めない。しかし過去と向き合うと今の私が消えてしまう。

 ジレンマで思考が膠着したまま時が過ぎていった。


 綾が転校してから2週間が経った。綾は転校してきた当日以来学校に来ていない。連絡手段もないため綾が今どうなっているのかはわからない。担任に聞いても「体調がすぐれないらしい」としか返ってこない。

 もう学校に来ないんじゃないか。そう思いながら登校した教室はなんだか騒がしくなっている。

 女子がグループごとに分かれ

「誰あの子?」

「あんな子いたっけ?」

と口々に騒いでいる。

 話の内容がわからない俺は自分の席を目指す。そこで女子の話していた内容を理解する。

 に女の子がいた。俺が気づいたのと同タイミングで女の子も俺に気づく。

「おはよう、優くん」

 少し多めの情報量の中俺は一つだけはっきりとわかったことがある。

「おはよう、あや。好きだ」


バレンタインは嫌いだ。だけど、綾と再会できたことで少しは好きになれる気がした。

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