3.

 食料庫へ行き、ランチョン・ミートの缶詰とウィスキーの瓶を取り、食堂に入った。

 四人掛けのテーブルが三つ置いてあるだけの狭い食堂だ。

 いちおう十二人が一度に座って食事をれる計算だが、実際に、この狭い空間に十二人も入ったら、ギュウギュウで身動きが取れないだろう。

 この船の定員は十一人で、全員が一度に食事をることは無いから、それで問題ない訳だが……じゃあ、なぜ余計なテーブルや椅子が置いてあるのだろうか?

 天井に設置されたスピーカーから、超光速航行スーパー・クルーズに入ったと言うバーバラの声が聞こえてきた。

 通常空間を脱して亜空間トンネルに入ったからといって、特段、衝撃に襲われる訳でも頭痛や耳鳴りに襲われる訳でもない。

 船内キャビンは至って静かなものだ。

 俺は隣接する調理場から金属製のカップと皿とフォークを取り、食堂に戻って適当な椅子に座った。

 ランチョン・ミートの中身を皿に出し、カップに半分ほどウィスキーを注いだ。

 塩辛いミートをかじり、飲み込み、口の中の塩気をウィスキーで喉へ流す。

 塩辛いミートをかじり、飲み込み、口の中の塩気をウィスキーで喉へ流す。それを何度も繰り返す。淡々と。

 カップが空になった。

 を注ごうとウィスキーの瓶を手にして、しかし実際には栓を開けずに再びテーブルに置いた。

(これ以上、酒を飲むな、酒を飲むな、酒を飲むな)

 心の中で三回となえて何とか自制し、ミートの残りを口に放り込み、立ち上がって調理場へ行き、食器を洗い、ウィスキーの瓶を棚に固定した(ふねが激しく揺れても割れないように)

 食堂を出て、シャワー室で体を洗い、自室(艇長室)に戻った。


 * * *


 単に計画通り航行するだけなら、現代の宇宙船は人間の助けを全く必要としない。

 一から十まで統合制御型人工頭脳に任せれば良い。

 ただし、それは出港から到着まで何事も無く航行できた場合の話だ。

 人工頭脳には直感的な閃きが無く、臨機応変が不得意で、それゆえ不測の事態に弱い。

 要するに、どんなに人工頭脳の性能が上がり自動化が進んでも、宇宙を行く船には生きた船乗りが必要ということだ。

 と言う時のため、銀河を行き交う民間船に対しては、航行に必要な乗組員の最低数というものが国際法で定められていた。

 軍の艦艇ともなれば最小限の人員という訳には行かず、ある程度の冗長性をもって運用される。

 TBX-1の定員は十一名。

 その中で一人部屋を持てるのは艇長と副長のみ。

 もちろん俺の最終階級は艇長でも副長でもない。

 ……が、故郷マシソニアの人間が全てゾンビ化してしまった現在いまふねの人工頭脳は、この俺を艇長代理として認識していた。

 それどころかマシソニア宇宙軍基地に戻った時には、軍本部の人工頭脳たちが、この俺を宇宙軍大元帥の代理として迎えてくれる。

 まったく、笑える(笑えない)話だ。

 どんなに優秀な計算能力を持っていようが、人工頭脳に『融通』の二文字は無い。

『組織内の階級に欠員が出た場合は、生き残っている軍人のうち最も階級の近い者を代理として認識せよ、その命令に従え』という、設計時に刷り込まれたルールを忠実に守り続ける。

 では仮に、兵士たった一人を残し軍隊が全滅した場合は、どうなる?

 人工頭脳のように『バカ正直』に考えれば、その生き残った兵士が(本来の階級・任務に関わらず)軍の全ての役職を兼務すべき、という結論が導き出される。

 つまり、それがこの俺って訳だ。

 人工頭脳の認識ルールに甘えて、今は艇長室を自分の部屋として使わせてもらっている。

 艇長専用の個室と言っても、しょせんは魚雷艇の船室キャビンだ。中は狭い。

 固定された簡素なベッド、簡素な机、壁に埋め込まれた棚。

 無駄な物は一つも無い。

 ベッドに横たわり、仰向あおむけになる。

 ウィスキーを飲んでしまった事への後悔が、じわじわと湧き上がる。

 いつもの事だ。アルコールを欲し、飲み、後悔する。これで一サイクル。

 その次に願う事も同じ。アルコールよ一刻も早く体から抜けてくれと願い、それまでのあいだ何も起きないでくれと願う。

 酔っ払いが魚雷艇を操縦し、敵艦の砲撃をくぐり、魚雷を放つ……考えただけでゾッとする。

 俺は腕時計型情報端末リスト・ターミナルを操作し、室内の照明を消し、睡眠誘導パターンをベッドの上の空間に投影した。

 宇宙心理学者がデザインしたというそのパターンは、ぼんやりと見続けることで精神を弛緩させ眠気を誘うと言われている。

 俺も時々寝る前に使っているが、多少なりとも効果があるのか? と疑わしく思うこともある。

 マシソニア宇宙軍が採用・導入しているのだから、有効性は実証済みなのだろう。

 プラセボ効果(いわしの頭も信心から)ってやつなのかも知れないが。

 あるいは、これを作った医療デバイス会社が、軍の御偉方おえらがた賄賂わいろでも送ったのか。

 惑星ロメロンまで〇・五光年。

 今、このTBX-1は亜空間トンネル内を百二十光速で飛んでいる。

 一・五日でロメロンに到着する計算だ。

 暗闇に浮かぶ模様を見ながら、俺は(平穏な超光速の旅スーパー・クルーズでありますように)と祈った。


 * * *


 宇宙船は、大きく二種類に分けられる。

『恒星間宇宙船(外航船)』と『星系内宇宙船(内航船)』だ。

 違いは超光速航行スーパー・クルーズ用エンジンを搭載しているか、否か。

 光速を越え、遠く何万光年も離れた恒星系を目指す恒星間宇宙船には、低速〜亜光速で使う通常エンジンの他に、超光速航行用のエンジンが搭載されている。使用目的の違う二種類のエンジンを積む必要があるため、どうしても船体の小型化・軽量化には限界がある。

 このタイプは、軍艦で言えば、戦艦・巡洋艦・駆逐艦などだ。

 一方、他の星系を目指して超光速で飛ぶ能力を、えて持たない船もある。

 戦闘艦艇の代表は、魚雷艇だろう。

 敵の照準をかわし翻弄しながら射程距離まで近づく魚雷艇は、軽量で小回りの効く船体でなければ役に立たない。

 質量の増大・船体の肥大化をまねく超光速用エンジンを積むわけには行かない。

 魚雷艇は長距離・超光速航行能力を有せず、したがって敵星系への攻撃には参加せず、もっぱら自惑星近傍の防衛のみに使われる。

 我がマシソニア軍の誇る宇宙兵器研究所が極秘裏に開発した〈プライス型デュアル・モード・エンジン〉は、一基で超光速航行能力と亜光速航行能力の二つを兼ね備える、画期的な推進装置だった。

 しかも、亜空間トンネルを脱して通常空間に戻った後、ふたたび超光速航行可能になるまでの休息時間インターバルが短い。

 このエンジンを搭載した魚雷艇を量産して艦隊に組み込み、敵星系へ強襲をかけるという計画を、マシソニア軍は密かに進めていた。

 いま俺が乗っているTBX-1こそが、その実験艇一号だ。

 銀河広しと言えど、こんな仕様の魚雷艇はTBX-1以外に存在しないだろう。

 現状、〈デュアル・モード・エンジン〉には、解決すべき問題もいくつか存在した。

 まず第一に超光速エンジンに比して、この兼用エンジンは出力が小さい。

 駆逐艦以上の大型艦に搭載しても船足が伸びず、艦隊の航行計画に悪影響を及ぼす。

 ゆえに、装甲が薄く主砲を持たない軽質量の魚雷艇にのみ使用される。

 第二に、二つの役割を一基のエンジンに持たせたからといって、質量・体積が半分になるわけではない。陽電子加速器ポジトロン・アクセラレータを含めたシステム全体には、どうしても冗長さが残る。

 ゆえにTBX-1は、通常の魚雷艇より船体が大柄で、やや機動性が劣る。

 プライス型デュアル・モード・エンジンの開発にたずさわった技師たちは、口をそろえて「オーバードライブ・モードでは一般的な超光速エンジンに劣るが、ノーマル・モード使用時の出力は、他のエンジンに比してむしろ上がっている」と言う。

 上がった出力が大柄な船体を補っている、総合的に見て、機動力は他の魚雷艇に対し遜色ないはずだ、と。

 しかし、実際に操縦した俺の感覚は違う。

 数値上は同じでも、このふねの操縦性は明らかに他の魚雷艇に劣る。

 少なくとも、動きにくせがあり、使いこなすのは容易ではないと感じる。

 反面、大柄な船体に合わせ専用に設計された長射程マーク13魚雷を多数搭載可能で、この種のふねとしては船室キャビンにも余裕がある。

 さらに有りがたいことに、揚陸任務を含めた多目的艇マルチ・ロールへの転用の可能性を探るため、小さいながらも惑星上陸用の大出力レーザー巻揚げ機ウィンチを装備した格納庫を持ち、ヴァン・タイプの浮遊車輌ホバー・ヴィークルを二台積んでいる。

 おかげで俺は、地上へ物資を探しに行ける。

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