私という人間

 最近気が付いたことだが、 私、神崎 紗奈はかなり周りを気にする人間らしい。

基本的に行動を起こす基準が、"これをしたら相手にこう思われるだろう"という事だというのに気がついたのはつい最近である。

確かに、昔から人目を気にして生活している自覚はあった。

学生時代、クラスで多数決を取る時は必ず多い所に手を挙げていたし、友達とご飯を食べに行く時、全く気分ではないものを友達が食べたいと言っても、誰か他の人が嫌だと言わない限りは他のものがいいとは言えなかった。

だが、実際そういう人は多くいると思う。

だから私が気にし過ぎなのではなく、これが普通だと思っていた。


…つい最近までは。



 社会人になると、必然的に年上の人と会話する機会が増える。私が社会人になって初めて務めた勤務先は全員が女性だった。その殆どが20代後半。他の部署よりは比較的若い人が多い職場だったが、一番歳が近い人でも自分より6つ上。みんな優しくて良い人達ではあったけど、やはり気を遣う。しかも、全員が女の人となると余計にどう思われているのか気にしてしまっていた。

良い人達だけどストレートにものをいう人が揃っており、他所の部署の人の事は良くも悪くも色々言っていた。そういう話を聞いているから、自分も裏では色んな事を言われているんだろうなと思って一歩距離を置いてしまっていた。

会話の中で話を振られても、一人に言ったことは全員に広まるので下手な事は言えなかったし、こう言ったら後で陰でこう言われてそう等と考えてしまって、返答を詰まらせることが良くあった。

そんな事を繰り返していると、ある時ふと思った。


ーーあれ?よく考えたらどう思われるかばっかり気にして、全然自分の意見言えてなくない?


気が付けば、質問された事に対してこの質問でどんな答えを求められているのだろう?と考えてしまっていたのだ。

相手はどう返してほしくてこの質問をしたのだろう。そう考えて、まず私の中で幾つかの選択肢が生まれる。まるで、ゲームのように返事の選択肢が頭に浮かぶのだ。そして、どの選択肢が一番最適なのかと考え、答える。相手の反応を見て、何となくこの答えが正解だったのか間違っていたのかを察する。

そんなことを無意識にしてしまっていた。

いつの間にか、人の顔色を窺って生活するようになっていたのだ。

いつからそうだったのかはわからない。

昔からそうだったのかもしれないし、この職場に来てからそうなったのかもしれない。

いづれにせよ今のままじゃだめだと思いつつも、その後もまだ人と話す時に気が付けばそんなことを考えてしまっていた。一体いつになったら自分の意見を素直に伝えられるのだろうか。と悩みに悩んでいた私だったが、それから少ししてちょっとした転機が訪れる。


 こんな私にも彼氏が出来たのだ。

今まで彼氏がいた事はあったのだが、それも中学生の頃で殆どまともな付き合いはした事がなく、ただ居ただけという感じだった。

5、6年ぶりくらいに出来た彼氏は、隣の部署で働く1つ年下の人。まさに好青年といった感じで、真面目で優しくて気が利くとても良い人だった。

だが、碌に恋愛経験のなかった私は初めは戸惑いの連発だった。

何事も全て自分でやることが当たり前だった私にとっては、何かあっても人を頼るという発想がなく、後々になって「そういえばこの間こんなことがあって~」と言って「何でその時俺に言ってくれなかったの!?」と言われて物凄く驚いたのを覚えている。

「俺は彼氏なんだから、もっと頼って!」と言われたときは、これが彼氏というものなのか。と凄く驚いたが、嬉しくもあった。

偏見なのはわかっているが、ハッキリ言って自分の父親がろくな人じゃなく、正直今まで「男なんて…」と思っていたので、この彼氏と出会った時はこんなに素敵な人がこの世にいたんだ。と思った。

こんなに自分のことを理解しようとしてくれる人は初めてだったし、私の自分に自信が持てない性格も初めて会った時からもったいない!と言ってくれて、何とかして変えてあげたいな~と言ってくれていた。そんな彼だったからこそ私も変わろうと思えたし、実際に彼と付き合ってから良い方に変わったことが幾つもある。

仕事に対する考え方も変わったし、私生活でも何かとポジティブに考えることが増えた。そして、人の顔色を窺って意見を変えてしまうことも完全にではないがなくなってきたように思う。それは今の彼氏がなんでも受け入れてくれる寛大な人であったから安心して自分の意見を言えるようになったし、もし二人で考え方が違ってもお互いがお互いの意見を話して、確かにそういう考え方もあるなと分かり合える関係だからこそだと思う。

そんな彼氏と出会えた私は本当に恵まれている。自分を良い方に変えてくれた彼氏には感謝しかない。



 実際、自分を変えたいと思っても、本当に変えられる人はとてもわずかだと思う。

自分だけでは、変わりたいと思ってもなかなかうまくはいかない。でも、人間ほんの少しのきっかけだけで何年も変えられなかった自分を変えられる。

変わりたい気持ちは十分にあるのだから、それを行動に移すのはきっかけがあれば容易いのだと思う。ただ、そのきっかけに出会うのが難しい。だから、みんな自分をなかなか変えられないでいる。でも、そのきっかけに出会えた人間は強いのだ。と、私はそう思う。




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