転生勇者のナデシコさんは、もうすぐ結婚する! 〜前世が男で勇者でも、気がつけば、今生は幸せ間近のアラサー女子! もちろん相手は男なんだけど、あれ? 婚約、結納、ウェディングドレス待ったなし!?〜

司之々

第一幕 I Love You 愛してる?

1.おかしい!

 他になにも存在しない無限の闇の中で、二つの光芒こうぼう飛翔ひしょうする。


 星屑ほしくずの輝くような軌跡きせきを描き、重なりながら、離れながら、ぶつかり合ってまたたきを散らした。


 生命も時間もない、静かな空間だった。


 王国も、姫も、人々も世界も、世界を閉じ込めていた魔王と共に消えた。最後に残されたのは、魔王を滅ぼし、それを望んで世界を終焉しゅうえんさせた、二人の青年だけだった。


「もう……やめよう、ヒカロア……! おまえまで……殺せないよ……っ!」


気遣きづかい無用と、言ったはずですよ。アシャス」


 黄金の粒子りゅうし紗幕しゃまくのようにまとい、身長を超える水晶の大剣<創世の聖剣ウィルギニタス>を構えながら、アシャスは泣いていた。


 短い、くせ毛の金髪に、粉雪こなゆきのような涙がからんで消えた。それをいつくしむように見て、ヒカロアは微笑ほほえんだ。


 長い黒髪と紫炎しえんに身体を包んで、天地をつらぬくような黒曜こくよう長槍ちょうそう破界の魔槍ザカーティウス>をまっすぐアシャスに向ける。


 魔王と、世界を永遠の閉環へいかんに閉じ込めていた<流転の宝輪ケルルパイル>を滅ぼした槍だ。


 限界を超えて存在し続けていた世界は解き放たれ、すでに消え去った。後は……。


「あなたの<創世の聖剣ウィルギニタス>が私をほろぼさなければ、星生ほしうみ……新しい世界の創造が、始まらないのですよ?」


「俺には……できないよ……」


 アシャスが、力なく両腕を下げた。


「俺は……守りたかっただけなんだ。おまえや、みんなと……ただ、一緒にいたかっただけなんだ」


「それでもあなたは、新しい世界を望んでくれました」


 ヒカロアが、もう一度、微笑ほほえんだ。


「人間が魔物に襲われ続ける、閉じたを……永遠に変わらない世界を、魔王をほろぼすことを、私に願ってくれました。だから私は、すべてをほろぼしました。私はあなたの、大切なものすべてのかたきです」


「違う……! 守れなかったのは俺だ! なにが勇者だ、救世主だ……俺が世界をほろぼした! 俺の決断が、みんなを殺したんだ……!」


「だからみんなが、あなたをうらんでいるとでも思うのですか?」


「……っ!」


「わかっていますよ。あなたは誰よりも優しくて、強い……そんなあなただから、みんながあなたを愛して、支えて、この瞬間まで辿たどかせてくれたんです。私が、誰にもあなたを……みんなのおもいを、否定させません」


 ヒカロアが、<破界の魔槍ザカーティウス>を頭上にかかげた。紫炎しえんが無数のつばさとなって輝いた。


「みんな、新しい世界であなたを待っていますよ……アシャス」


 時間さえ存在しない無限の闇に、それでもわずかな、静謐せいひつが降りた。


 アシャスが、目を閉じた。涙は流れなかった。


 黄金の粒子りゅうしが、水晶の欠片かけらが、さざなみのように広がった。


 ヒカロアと同じように、アシャスも、<創世の聖剣ウィルギニタス>を頭上にかかげた。


「おまえ……俺と、おなどしだったよな? どうしてそんなに、説教くさいんだか。返す言葉もないよ」


「あなたこそ……いつも素直に、泣いて笑って、子供みたいですよ」


 向かい合って、笑い合った。


 <創世の聖剣ウィルギニタス>と<破界の魔槍ザカーティウス>が共鳴きょうめいして、お互いを呼び合った。


「世界の終わりにただ一人、それでも勇気をふるう者……それでこそ、勇者です」


 ヒカロアがことを残す。アシャスは眼差まなざしで、それにこたえた。


 黄金とむらさきが、水晶と黒曜こくようが交差した。


 古い世界を維持していた<流転の宝輪ケルルパイル>が、<破界の魔槍ザカーティウス>で滅び、それを<創世の聖剣ウィルギニタス>が制して新しい世界につなげる。宇宙の輪廻りんねが正しく実行されて、世界がまた、始まりを告げた。



********************



 もう闇はなかった。


 茫漠ぼうばくとしたあわい光の中で、無数の素粒子そりゅうしが生まれる、かすかな音が聞こえていた。


 光に、とおるように消え行きながら、アシャスは世界のすべてを認識していた。かたわらに、ヒカロアも横たわっていた。


 そして長い旅の間、二人をみちびいた女神もいた。輝くような美しい姿で、ひざまずき、胸に手をあてていた。


「アシャス……ヒカロア……あなた方に、心からの感謝をささげます。この創世そうせいの光は、私をも救ってくれました……あなた方のおもいは決して失われず、この世界と共に、私が守り続けることを誓いましょう」


 アシャスは、笑ってみせた。


 女神の姿は、守れなかった、もう思い出せない誰かに似ている気がして、少し心がうずいた。


 だから最後に、笑って欲しかった。簡単に伝わって、女神が、はにかむように微笑ほほえんだ。


「そんな、他愛もないことを……。アシャス……他になにか、望むことはありませんか……?」


 女神の言葉に、アシャスは少しだけ考えた。


 なにもなかった。


 泣くだけ泣いて、笑うだけ笑った。走って、転んで、戦って、生きた。思い出と一緒に、このまま消えて行くのだろう。


 怖くはなかった。


「新しい世界が……平和で、ありますように……」


 それだけを願った。


勇者アシャスを、およめさんにしたいですね」


 隣で、ヒカロアの声がした。アシャスは、危うく聞き流すところだった。


「え……?」


 この空間には、もう時間くらい、存在しているかも知れない。とにかくアシャスの主観的しゅかんてきに、かなり長いがはさまった。


 女神がアシャスを見て、ヒカロアを見て、もう一度アシャスを見た。こほん、と咳払せきばらいをした。


「大体わかりました」


「え? ちょ、ちょっと……っ?」


ひかり、あれかし」


 女神の荘厳そうごんな声がひびいて、空間を満たしていたあわい光が、爆発的に広がった。


 宇宙が、星が生まれた。



********************



 二十七歳の誕生日の朝、奈々美ななみ撫子なでしこは、恋人、冴木さえき慎一郎しんいちろうのワンルームマンションで目を覚ました。


 ぼやけた頭で、ベッドに上半身を起こし、あくびをする。


「変な夢、見たな……」


 ニッポンという国に女の子で生まれて、いろいろあったけど、もうすぐ恋人と……そこまで考えてから、アシャスはこおりついた。


 思わず、目線が自分の胸元むなもとに落ちる。寝巻ねまきとインナーの下で、けっこう自慢じまんできる大きさのふくらみが自己主張していた。

 

 手で、頭をなでる。やわらかいウェーブの髪が、ちょうどその胸くらいまでの長さだ。めたばかりのヘーゼルナッツブラウンが綺麗きれいでお気に入りだった。


「落ち着け……。俺は、アシャス……勇者で、魔王を倒す旅に出て、それから……」


 記憶は全部ある。それこそ、全部あった。


 幼稚園の時、友達の若い父親に初恋はつこいをした。しつこく言い寄って、友達と自分の父親に泣かれた。当の本人には、引きつった顔でけられた。


 中学生の時、ハンサムな不良の先輩とファーストキスをした。ラッキードストライクの副流煙ふくりゅうえんに肺を直撃されて、死にかけた。自分から告白してつき合い始めたばかりだったが、速攻で別れた。


 大学生の時、同じ学部の彼氏と初体験をした。思っていたほど痛くなくて安心したが、同棲どうせいしている内に彼氏が、明らかにポプリじゃないハーブもどきを持ち帰るようになって、自分の痕跡こんせきを可能な限り消して逃げた。念のため、彼の学生証とハーブもどきをスマホにって、誤送信した。


 認めるしかない。


 初恋、初キス、初体験のファースト黒歴史三連星くろれきしさんれんせいをすべて知っているのは、奈々美ななみ撫子なでしこ、本人だけだ。そのはずだ。


「いや、待て! おかしい! どうしてこうなった?」


 アシャスは叫んだ。


 声が、それなりに高い。叫んだのは撫子なでしこだ。どんな状態なのか、自分でもわからなかった。


 恐る恐る、同じベッドで眠っている慎一郎しんいちろうを見た。


 二つ歳下で、高校、大学と後輩だった。ハーブ彼氏とのことも知っていたはずなのに、撫子なでしこが大学を卒業する時、ずっと好きだったと告白された。


 それはそれでどうかとも思ったが、まあ、ものはためしとつき合ってみたら、意外なほど上手うまくいった。


 昨日は、都内の有名ホテルで結婚式場の予約を入れて来た。式は一年後、両家の顔合わせもお互いに事前連絡を済ませて、結納その他もろもろ、がっちり日程表を組んでいる。人生の一大プロジェクトは、もう加速度を上げて動き始めていた。


 少し身じろぎをして、慎一郎しんいちろうも目を覚ます。


 ねこの黒髪をかき上げて、優しい眼差まなざしが、撫子なでしこに向けられた。


「おはようございます、アシャス……前世からずっと、この時を待っていましたよ」


 その表情、その口調。


 撫子なでしこは、気管支喘息きかんしぜんそくのにわとりのような声を上げて、ベッドからころげ落ちていた。

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