5億年ボタン

黒井毛玉

第1話

俺の名前はドン・J・ターナー。ロサンゼルスのある企業で普通のサラリーマンをしていた。俺には可愛い妻と愛すべき娘がいる。愛おしい家族のために働いて、休みの日は家族と一緒に過ごす。これ以上の幸せは無いと思っていた。そして、この幸せがずっと続くものだと思っていた。




「皆に話がある」

ある日、上司がみんなを集めた。滅多に会社の人間を集めることは無いし、話とは一体なんなんだろうか?


外に出ていた社員たちも帰ってきてから上司から話が始まった。上司はなんだか、険しい表情をしている。

「実は、この会社は倒産することになった」

俺は頭が真っ白になった。会社が倒産するなんて考えたこともなかった。倒産まで2か月は猶予があった。




再就職をするために、ある会社の面接を受けた。

「前の会社は倒産したんだって?」

「そうです」

「んで、わが社に面接をしに来た…と」

「はい」

俺はある程度年齢がいっていた。それだけ経験豊富ですぐに採用されると思っていた。

「ん~。今のところ、社員は足りているんだ。だから今回はなかったことにしてくれ」

「わかりました…」

今回は運がなかった。すぐに採用されると思っていたのに…


「お帰り、ダン。面接どうだった?」

「ダメだったよ。社員は足りているんだってさ」

「残念ね…次があるわよ」

「ありがとう」


次の会社は慎重に選んだ。社員を募集しているのはもちろん、年齢も気にしていない会社を選んだはずだった…

「せっかく面接にきてくれたんだけど、今回は不採用で…」

なぜか面接を落とされた。もう俺には理由は分からなかった…今まで一つの会社でずっと仕事をしてきて、倒産にはなってしまったが倒産するまで辞めずに続けてきたことは誇りに思っていたが…まさか、二度も不採用になると少し応える。しかし、家族のために俺は再就職をして家族を守らないといけない。そう思いながら俺は、就職活動をつづけた。


何社も会社の面接を受けてきたが、何故かどこも採用してくれなかった。俺より若い人材を探していることがほとんどだった。俺はそんなに若くないのかもしれない。無常にも時間だけが刻々と過ぎていった。




そしてとうとう、会社が倒産する2か月後になった。俺はとうとう無職になってしまった。

「すまない…カーラ。君には苦しい生活を送ってもらうことになってしまうが…すぐに再就職先を見つける」

「わかったわ。ドン、無理しないでね」

「ありがとう。愛してるよ」

「私もよ」

しばらくの間は貯金があったから家賃や生活費を支払うことが出来た。しかし、貯金が底をつくとそれと同時に妻は娘を連れていなくなってしまった…俺は絶望を味わった。最愛の妻と娘が消えてしまった。どこに行ったのかも検討が付かず、家に一人取り残されてしまった。


「ターナーさん、もう家賃払えないなら来週中にここを出てもらわないといけません」

俺はとうとう、家賃も払えないくらい貯金が底をついた。その間、短期や単発のアルバイトをしていたが、それだけでは今までの家賃には到底足りなかった。そして家を出て行った。


俺は行き場を失い、公園に寝泊まりするようになった。最初のころは苦痛で仕方なかった。家族で遊びに来ている人たちには指をさされ、カップルからはひそひそと話され、俺はなんでこんなみじめな思いをしないといけないのか理解できなかった。


しかし、公園での生活も悪くなかった。冬は寒くて凍えそうだったが、近くの教会からスープとパンをもらうことが出来て、シャワーも浴びさせてもらえた。神父様とシスターには感謝してもしきれないくらいだった。俺はそれを機に教会へ行ってお祈りを捧げていた。妻と娘だけはどうか幸せな生活を送くれるよう、見守っていてほしい。と。




ホームレスになって数年が過ぎたころ、他にも協会でお祈りをしている人間はいたが、ある男だけ気になっていた。男はいつも協会に来てスープとパンをもらってシャワーを借りてお祈りをしてどこかへ行ってしまう。そして、たまたま公園で昼寝をしていると、いつも協会で会う男が公園のベンチに座っていた。俺は話しかけようかしばらく悩んでいたが、気になったので話しかけてみることにした。


「よぉ、いつも協会にいるやつだよな」

「あぁ。お前もよく協会にいるな」

男はジャックと名乗った。ジャックも俺と同様、会社が倒産して再就職できずにホームレスになって別の公園から俺がいつも行く協会まで来てスープとパンをもらってシャワーを借りているらしい。


境遇が同じなだけに俺たちは意気投合した。家族の話、昔の仕事の話、世間の話などいろんな話をジャックと話していた。

「妻のカーラはほんとに美人でな。俺なんかが手を出していい女性じゃなかったんが、猛アタックしてやっと付き合うことが出来たんだ。それからは彼女を大切にして結婚できたんだ。それからは娘も生まれて幸せだった。娘も

妻にて美人なんだ」

「そんな幸せだったのに会社が倒産してしまったんだな」

「そうなんだよ。それで金も底をついたら妻は娘を連れて消えてしまったんだよ…まぁ、会社が倒産して金がないし、妻と娘を養えないから仕方ないって思っているよ。せめて、俺がいなくても幸せに過ごしてほしいって教会に祈っているんだ」

「そうだったのか…」


「ジャックはどうなんだ?どうして教会でお祈りしているんだ?」

「俺はただ、何も考えずに祈っているだけだ」

「何も考えずに?」

「俺には家族と呼べる存在はない。恋人もいないから誰かのために祈ることはしない。だから何も考えずに祈っているんだ」

「そうなのか…家族はいいぞ。暖かくて優しくて幸せな気分になれる」

「そのうちな」


それから俺はジャックと共に過ごす時間がだいぶ増えた。ジャックは別の公園で野宿をしていたみたいだが俺と仲良くなって俺のいる公園で一緒に野宿をすることが増えた。そして一緒に教会に行き食べ物をもらい、シャワーをして過ごした。




「なぁ、ドン」

「なんだ?」

「5億年ボタンて知っているか?」

「なんだそれは?」

「何もない空間へ飛ばされて5億年を過ごすボタンなんだ」

「そんなボタンがあるのか?」

「ただ、5億年を過ごすだけのボタンじゃない。こっちの世界では一瞬の出来事だが、向こうでの出来事は全て消されてしまう。そして10万ドルが手に入るんだ」

「なんだか面白そうなボタンだな」

「もし、5億年ボタンが存在したら、ボタンを押すか?」

「5億年も何もない空間で過ごすのはとても怖いと感じるが、それで10万ドルが手に入るんならしてみたいものだ」


「実はな、ここに5億年ボタンがあるんだ」

そういったジャックの手には手のひらサイズのボタンがあった。

「嘘だろ…?」

「嘘だと思うなら押してみるといい。こっちでは一瞬の出来事なんだ。騙されたと思って押してみるか?そうしたら、10万ドルが手に入る」


俺は意を決して5億年ボタンを押した。すると、体が急に軽くなりどこかへ飛ばされていった。



~5億年スタート~



「ここはどこだ…?何もない…」

ジャックの言った通り、何もない空間が広がっていた。恐怖すら感じてしまうが、これで10万ドルが手に入るなら…と俺は考えることにした。

「そうだ、出口がどこかにあるのか探してみよう」

俺はひたすらに歩いてみた。ただひたすらに真っすぐと。もしかしたら、出口が見つかるかもしれない。何日も何日もかけて歩いた。しかし、どこにも出口は見つからず、本当に何にもない空間なんだと改めて痛感せざる負えなかった。

「本当に何にもない空間だ…それに空腹もなければ、眠気もない。こんな空間があるんだな…」

それからはただひたすら暇をつぶそうといろんなことをしてみた。ランニング、筋トレなど…主に体を動かすことをしていたが、長年していると飽きてきた。


筋トレやランニングに飽きてくると今度は家族のことを思い出した。娘はいくつになっただろうか。妻は元気にしているだろうか…

妻と初めて出会った日。初めてデートに行った日。妻の家に初めて行った日。家に初めて来てくれた日。プロポーズをした日。結婚式をした日。妊娠が分かった日。娘が生まれた日のこと。初めて抱いた日。初めてハイハイをした日。初めて歩いた日。初めての誕生日。スクールに初めて行った日。初めてプレゼントをもらった日。それらを繰り返し思い出していた。もし、会社が倒産せず妻と娘と幸せに暮らしていたらどんな感じだったんだろうか。娘が高校生になったらどんな感じが。大学生。社会人。夫になる男性を連れてきたとき。結婚式。孫の誕生…


俺はただひたすらに妄想にふけっていた。何年も何十年も俺は繰り返し、家族との思い出を思い出したり、もしも家族と一緒だったらどんな感じだったのかをひたすら考えていた。


そのうち、俺は考えることを放棄していた。いくら考えても家族は俺のところには帰ってこないし、今現在俺のそばには誰もいない。

考えることを放棄して横になっていた。何もしたくない。何も感じたくない。何も考えたくない。


それから何百年そうしていたかわからず過ごしていた。そのうち、人間はなぜ生きているのか考えるようになった。そうだ、考える時間はたんとあるから考えればいいじゃないか。

俺は哲学的なことを考え始めた。なぜ人類は生まれたのか。生きている存在価値は何なんだろうか。生と死はなぜ存在するのだろうか…と。


それから1億年が経過していた。俺は真理を得ていた。そして、何も考えなくても苦痛ではなくなっていた。


5億年がたち俺は現世へ帰る時が来た。長いような短いような感覚だ。しかし、有意義な使い方が出来たのではないかと考えた。



~5億年修了~



ボタンを押したらすぐに俺の手には10万ドルが置いてあった。

「ほ、本当に10万ドルが簡単に手に入った…!」

「そうだろう?これがあれば、家を借りることが出来るんじゃないか」

「あぁ!お前にもやるよ」

「なぜだ?それはお前の10万ドルだ。俺はあとで5億年ボタンを押すからお前がもらえ」

「こんなボタンを教えてくれてありがとう、ジャック。俺はさっそく古い家でも探すよ。それからまた、再就職頑張ってみる」

「そうか。元気でな」

「あぁ!ジャックもな」


俺はそれから家を借り、安い賃金ではあるものの、ホームレスだった俺を雇ってくれる会社を見つけることが出来た。今の会社の社長には感謝してもしきれないくらいだ。俺は必至に働きだした。妻と娘にはもう会うことはできないが、やっと人並の生活を送ることが出来るようになり、貯金もできるようになった。これで老後も俺一人なら心配ないくらいためることが出来そうだ。

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5億年ボタン 黒井毛玉 @kedama9112

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