伊藤萬咲いとうまんさく


 だらしない三つ編み男性に。


片山潮かたやまうしお


 きっちりした三つ編み少年に。


斉藤寧音さいとうねね


 三つ編み二つ少女。


「「「我ら三人揃って『漱石組』」」」


 紅の衣を身にまとう三人は、屋根の上で戦隊英雄のようにポーズを取ったかと思えば、路上へ降り立ち、一斉に二人の男性を指差した。


「歌劇でも始まるのか?」


 五人を囲む人盛りの先頭に居た武兵は隣に居る雪那に問いかけたのだが。


「あれ?」「武兵」


 紗綾は武兵の裾を引っ張り、前を指差した。武兵が彼女の指差す方を向くと、迷いなく男性二人に歩を進める雪那が見えた。


「ま。様子を観ようぜ」


 憂色を漂わせる紗綾にそう告げた武兵。言葉通りに傍観に徹する事にした。


「げ。雪女。また俺たちの邪魔をしに来たのかっておい!」


 自分たちを一瞥もせずに男性二人に歩を進める雪那の肩を掴もうとした萬咲。だがその手は空を切るだけだった。


「萬咲さん。どんまい」


 潮は行き場を失った手を宙に浮かせたままの萬咲の肩にそっと手を添えた。


「萬咲。かっこわる」


 寧音は冷嘲を滲ませる視線を萬咲に向けた。


「うぐ」


 このままでは兄貴の名が廃る。弟分妹分の二人の態度に危機感を覚えた萬咲は、男性二人の目の前まで辿り着いた雪那に負けまいと足を踏み出した。


「ち、近づくな」


 男性の一人が刀を雪那に向けたが。


「嘘、だろ」


 風呂敷を抱きかかえるもう一人の男性は、地面に横たわる真っ二つに割られた刃を見て唖然とした。刀を持っていた男性は自分が持つ刀と、地面に横たわる刃を踏む脚を交互に見た。


 恐怖に身体を震わせ、顔を歪ませながら。


「大人しく掴まれ」


 目を細めた雪那の顔から、その手に握られた逆刃の短刀に視線を移した男性二人。恐怖に蝕まれる身体で、再度雪那の顔に視線を戻す。

 その冷血な表情に昏倒する意識に委ねたい衝動に駆られた。

 が。恐怖がそれを善とはしなかった。


 生き地獄。


 脳裏にその単語が過る男性二人にできたのは、せいぜい物を落とす事のみ。

 刀と金の積まれた風呂敷が、地面に落ちる音がその場に居た者全員の耳に届くほど静寂が満ちる中、その場に居た全員が泥棒である男性二人に同情してしまった。


 数秒にも満たないが数時間が経ったかのように思える。何時しか息苦しさまで感じる頃。色を失くし、時間さえも止まってしまったのでは錯覚する中、雪那が二人の両手に縄を括りつけて行くぞと発した一言で、堰を切ったように時間が動き出し、彩りも戻ってきたかのように感じた。


「さすが雪女だな。場を凍りつかせる」

「けど頼もしいと言うよりも、怖いよな」

「何であんなのが大将になったんだ?どう考えても人選間違ってんだろ」

「信望もないんでしょう。焔様も熒様も何を考えているのやら」


 傍観していた民が囁きながら四方に散って行く中、武兵と紗綾は雪那の元へとおもむろに向かった。


「雪女。俺たちの手柄でもあると調書にちゃんと書いとけよ」


 二人が雪那の元に辿り着いた時、萬咲が雪那に声高にそう告げていた。


(へぇ。肝は座ってんのか)


 肝を冷やすような光景を目にしても尚、雪那に近づく萬咲らに、武兵は素直に感銘した。


「?何だおまえら」

「二人とも行くぞ」


 雪那は萬咲を無視して、男性二人を繋ぐ紐を片手で引っ張り、片手で風呂敷と折れた刀を収める鞘を持ってそう告げた。


「おい」

「義侠ぶるのも結構だが本業を忘れぬ事だな、新聞屋」


 雪那の一瞥に、明らかに動揺を示すも。


「うるさい」「僕たちだって皆を護るんです」「武官にだけ任せておけないのよ」


 精一杯の虚勢を張る萬咲、潮、寧音。ちゃんと書いとけよと告げて後、疾風の如くその場を後にした。


「お見事」


 三人が過ぎ去った後、武兵は雪那に小さな拍手を送った。雪那は不躾に武兵の胸に風呂敷を押し付けた。武兵は素直にそれを抱えた。


「俺が持って逃げるとか思わないわけ?」

「金に興味などないんだろう」


 嫌味を含んだ物言いに、武兵は満足げにああと告げた。


「俺が興味あるのはあんただけだからな」

「それが本音か」

「…もう夕暮れ時だ。仕事終わりだろ。そいつら預けて早く帰ろうぜ」


 武兵の言うように、太陽がもう地平線に沈もうとしていた。林檎と蜜柑を織り交ぜた色に町が包まれる中、長い影を落としながら、三人は泥棒二人を連れて奉行所へと向かった。






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