頼子の恋~戦乙女ヴァルキリーと電柱女の伝説~

ヴァレー

第1章 天上高等学校

天上高等学校は日本にある、驚愕の、いや共学の、「普通の」高校である。たぶん。


これはこの天上高校で起こった、ある高校生の恋愛ストーリーである。

2010年、高校3年生になる浦島頼子(うらしま よりこ)は、同じ高校の同級生の男子生徒に恋をしてしまう。



しかしこのストーリーを語る前に、この学校に存在する暗黙の身分階級制度「スクールカースト」について詳細に説明せねばなるまい。

天上高等学校に存在するスクールカーストは、およそアメリカの高校に存在するそれと非常に類似している。詳しい話はウィキペディアでも見ていただきたい。


この身分を決めるのにきわめて重要なのは、所属する部活動である。

運動部は上位であり、文化部は下位、さらに部活動に所属していない帰宅部などはさらに下位であり、いわば奴隷階級に近い。


さて、この制度の最上位に位置する身分は、男子は「ジョックス」女子は「チア」と呼ばれる。

このジョックス、チアに相当する者は、男女それぞれ一人ずついる。それは、男子の場合は「ラグビー部の部長」女子の場合は「チアリーダー部(チア部)の部長」である。


ジョックスであるラグビー部の部長は男子たちの王であり、チアであるチア部の部長は女子たちの女王である。

そしてこの学校の伝統的な了解として、ジョックスとチアは恋人同士として付き合わなければならない。


だがこれについては後で詳しく述べるとしよう。


ジョックスの次に位置するのは、カースト制度でいえば「貴族」のような部分である。

貴族は、まずは同じラグビー部とチア部の部員たち、その下には運動部の生徒達が続く。

彼らはジョックスの「取り巻き」として付き従い、ジョックスの世話をしたりジョックスの命令によって忠実に動く。いわばジョックスが上司、その他の部員たちが部下である。


ジョックス含め貴族たちの特徴といえば、たくましく美しい肉体、旺盛な競争心と差別意識であり、彼らは徹底的に下位の者たちを見下し、こき使う。

この上下関係は非常に厳しく、下位の者たちには、入学当初から徹底して自分らが当然に虐げられるべき者であるとの自覚を植えつけられ、そのように考え、行動させられるのである。


その虐げられる対象である文化部の生徒達は、運動部の下位に属する。カースト制度でいえば「平民」に相当する。

貴族と平民にははっきりした暗黙の上下関係の壁がある。たとえば基本的に、貴族と平民は恋愛関係になることができない。

ただし貴族の男から平民の女に交際を申し込む場合だけは許される。これだけがただ一つの例外であり、貴族の女が平民の男に交際を申し込んだりはできない。

当然、男女関係なく平民から貴族に交際を申し込むなどもってのほかである。これは絶対に許されない。


これらのすべてよりも下位に属するのが帰宅部、つまりは部活動に所属していない生徒達である。

彼らはカーストの中では「奴隷」に相当する。奴隷はほかの階級と接点を持つことが許されないため、奴隷たちは彼らだけで卑屈なコミュニティを形作る。


奴隷は奴隷にしか恋をしてはならないし、この点についてはジョックスでさえ一切の例外が許されていない。

たとえば奴隷の女の中に非常に美しい者がいたとしても、ジョックスや貴族がこの女に手を出すことは許されない。


これらの身分制度が生徒達を拘束するのはプライベートにおいてである。

スクールカーストは暗黙の制度であるから、たとえば体育の授業などで、たまたま貴族の者と奴隷の者が一緒に活動することがあるかもしれない。

これは学校の規則でしかたなくやるのであり、プライベートで階級を越えて親しく振舞う、ということは許されていないのである。


しかし恋愛たるもの、どうしても身分違いで生じることがあるものである。

こういう恋愛はしばしば周囲を騒がせて話題になりうるし、この高校にも過去にそういったことがあったようである。


そういった事情もあって作られたものかどうかは知らないが、この高校には一つの伝説があった。

この高校の校門前には、戦乙女ヴァルキリーの銅像がある。


「けがれのない乙女がこの像の前で祈りをささげると、かなわぬ恋を成就してくれる」


という伝説があった。

その真偽のほどはよくわかっていない。それでもこの高校の生徒達、特にジョックスにあこがれる女生徒たちは、しばしばこのヴァルキリー像が、いつか自分の身分違いのかなわぬ恋を実現してくれるのではないか、という夢想をするのだった。

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