ショートストーリーは突然に A面

魚梁瀬 むすび

偏頭痛

清々しいほどの晴天だと言うのに、彼女の右目に輪を描いたモザイクかかる。


黒板の文字は歪んで見え、ノートをとるのもままならない。


蛍光灯の光りと、窓から差し込むお天道様の陽かりが彼女の視界をギラギラと刺激する。


持っているペンのお尻で右のこめかみを押した。


それに気づいた隣の席の男子が、先生の目を盗み、上半身を左側に傾けると彼女に言った。


「今日って雨予報だっけ」


モザイクの輪っかが広がっていくと、頬の裏でジワりと唾液が染み出し、胃から込み上げるものを感じる。


腹をさすりながら、彼女はテキトウに答えた。


「そうなんじゃない」


10分後、モザイクの輪は視界の端っこまで広がった。と同時に彼女が覚悟していた事態が起こった。


右の視界を司る左脳が握りつぶされる感覚に襲われる。


3限目の終わりを告げるチャイムがなる。


彼女は腹を抱え、額を机につけ突っ伏した。


それを見ていた隣の男子は、彼女に背を向けてしゃがむ。


「ここで吐くなよ。俺、貰いゲロするタイプだから」


「ほら」と、続けて言い、自分の背に乗るよう彼女を促した。


彼女は男子の背に顔を向け、


「ソレお前がやると不埒な所業だからイケメンしか許されないヤツだから」


一息でそう言い切ると、彼女は嘔吐えずきそうになり口を押さえる。


「はいはいはい、ほら早くしろ」


彼女は左目をギュッと瞑った。眼球が抉られるくらいの疼きが走る。


この耐えがたい苦痛から逃れるには、目の前の背中に頼る他ない。


歩く振動でさえも痛みが巡り、胃を刺激して吐き気を催す。


彼女は仕方なく男子の背中に身を預けた。


彼女を背負った男子は、「よいしょ」と足を踏ん張り立ち上がる。


齢16歳、異性と密着するというこのシュチュエーション。“恥じらう乙女心”という言葉が今まさに使えるこの状況だが、耐え難い頭痛で歪む顔と、吐き下さない様に真一文字にした口元は、想像する乙女とは程遠い。


男子の広い背中の上で、彼女はそう思った。


男子が彼女をおぶって保健室に連れて行く姿を目にした同級生は口々に言った。


「傘持ってきて無いんだけど」

「マジか、向こうの空ちょっと怪しげだよ」

「頭痛予報、百発百中じゃね?」


彼女が男子に背負われる事、即ち、頭痛発作が起こったというサイン。


最初こそ冷やかしがあったものの、月一ペースでこの発作が起こるものだから、冷やかすのも飽きたみたいだ。


そして、頭痛予報なるものができてしまった。

彼女に激しい頭痛が来る時は、決まって雨が降る(降っている)ことにクラスメイトが気付いてしまった。そんなことがキッカケで出来た予報である。


さながら卑弥呼だ。

天気予報よりも信頼されているこの感じが気色悪い。


ハズレてしまえ。


彼女の思いとは裏腹に、雨が降り出したのは、保健室に着いてから13分後のことであった。

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