第9話 生後半年編③

 そんな5の日の今日、二人の女の子が連れて行かれるのを見たのは、ママが家畜担当のお仕事だったから。アンはいつもママと同じお仕事になるようにしているようだ。誰もアンには逆らえない。やっぱりアンはすごい。

 僕は、ママがこの仕事の日はママに背負われている。ずっと寝転がされてる畑の日と違って、ウロウロできるし、ずっとママにくっついてられるので、かなりテンション上がる日だ。まぁお昼のドナドナイベント見ちゃったら、テンションだだ下がりではあるけど。

 ママも、僕が産まれるきっかけとなったであろうそのことを思い出すのか、いつもより少し猫背気味。きっと気になるんだろうなぁ、アンの視線が離れない。ずっと背中に、いや後頭部に、アンの視線が刺さってる。

 こっそりアンの様子を窺うと、やっぱりこっちを見てるよ。難しい顔をしてずっと見てる。ん?僕を見てる?おや?目が合っちゃった。急に逸らしたらへんだよね。僕は機嫌いい振りして、アンに愛想を振り撒いた。アンははっとしたような表情をして、慌てていつもの優しい笑みを返す。

 僕がバウバウ言いながら手を降り回してるのに気づいたママが、アンに振り返った。

 「ダーはアンおばちゃんが好きね~。」

 ママが言ったのをきっかけにアンがこちらにやってきた。


 「ダーは本当にいい子だねぇ。」

 アンはそう言いながら、僕の頭を愛おしそうに撫でてくれる。でも、何だろう?ちょっぴり悲しげにその頭を見てる気がするよ。

 ?

 鏡があるわけじゃなし、自分の姿見たことないけど、え?そんな残念な感じ?ひょっとして頭見てるの?え?この年で、もう禿げてるとか?いや、まだ生え揃ってないよね?まだこれからふさふさになるよ?僕はちょっぴり不安になって撫でられてる自分の頭に手をやった。

 「どうしたのアン?」

 僕と同じように、アンの表情に普通じゃないものを感じ取ったのか、ママが言った。

 「いやなに、ね。この子の髪ね・・・」

 「髪?」

 「気にならないかい?」

 「え?きれい、だと思うけど。」

 ママは何を言ってるの?と心底不思議そうに首を傾げた。

 良かったよ、ママは僕の髪、きれいだと思ってくれてるみたいだ。

 「きれい、なんだけどね。」

 「何よ。」

 「ハァー、ミミは知らないかぁ。」

 撫でていた僕の頭から手を離したアンは、その手で自分の目をふさいだ。ママの問いかけるような視線を受けたまま、しばし、何か考えているように動かない。


 やがて、何かを決意したように、よし、と大きく頷いた。

 「うん、隠そう。ダーの髪の毛を見せちゃいけない。布でも巻いて、とりあえず今は隠そう。ダーだけを隠しちゃ悪目立ちする。よし。子供達全員に布やフードを被せよう。ついでに大人も被れば良い。丁度良い具合にこれから寒くなる。寒さを防ぐ、とかなんとか言えば、問題ないだろう。暖かくなるまでのちょっとした時間稼ぎにしかならないけど、この子は賢い子だ。うん、なんとかなる、いやなんとかする。」

 アンは拳を握りしめて、一人興奮したように口の中で独り言を捲し立てている。

 そんなアンをママも初めて見るのか、目を白黒させているよ。

 「どうしたのアン。この子の髪の毛、見えちゃだめなの?」

 「もしも気づいた奴がいれば、ダーは奪われるかもしれない。それがいやなら、なるたけ髪を見せないこった。」

 アンは真剣な顔でママに言ったんだ。


 僕の髪。何が問題なんだろう。

 僕の記憶にある、たぶん前世の地球では、僕は黒髪だったように思う。で、色々染めて遊んでた、というおぼろげながらの記憶もある。別の国では、金髪とか、茶色とか、白髪に近いものや赤っぽいのもいた。けど、まぁ、黒が抜けた色がベースで、黒から白の間のバリエーションとして、金や茶、赤なんかに見える色がある、という程度だった。

 でも、確かにここは異世界なのだろう、と思わずにはいられない証拠として、僕だって、人々の髪の色については気になっていたんだ。前世に近い色合いもいるけど、それだけじゃなくて、桃色やグリーン、紫、といったヘアチョーク使った?なんて言いたくなるような多種多様の色がある。しかも、ツートンだったりそれこそ何色よ、レインボーですか?なんて突っ込みたくなる人もいる。概して言えるのは、なんとなくパステルっぽい、淡い薄いカラーが多いかな?という感じだけど・・・


 「あんたの髪は何色?」

 「私は、限りなく白に近い黄色、かなぁ?」

 「そう。だけどね、そう見えるのは、汚れているからさ。本当にきれいに髪を洗った直後の色、分かるかい?」

 「?」

 「世の中には石けんていって、汚れをきれいにする道具があるのさ。お屋敷に行く前、使っただろ?」

 「あぁ、あのときの。そういえばあのときも、髪は洗わなかったんだね、良かったよ、ってアン、言ってたっけ。」

 「そうだったね。屋敷の奴ら、石けんをけちって体にしか使わせなかったから、あんたの髪、ばれなかったんだ。あのときは、腹が立つと共に、ほっとしたもんさ。」

 「?」

 「あのときは言わなかったけどね、あんたの髪は銀色ベースにうっすら黄色、なんだよ。」

 「?」

 ママは、ずっと?顔をしている。正直、僕もだ。ママはプラチナブロンドってこと?それが何か?僕もアンの話がどこに行くか分からず傾聴する。

 「他のみんな、ここにいる奴らは特に薄い色だろ?」

 確かに、みんなパステルだ。

 「でも、アンは濃いわ。他にも村に行ったら、濃い色の人もいるし。」

 ママが言った。確かにアンの髪はある意味異彩を放っているのだろう。赤が強めの茶色。前世知識を持つ僕からしたら、しごくまっとうな色で、違和感ゼロ。まったく疑問は持たなかった。

 「そう、私も濃い。できるだけ土にまみれさせて薄く見えるように気をつけているけどね。アン、あんたはベースが銀だから一見分かりにくいけど、分かる人にとっちゃ濃い銀、て言えるんだ。」

 「濃いと問題あるの?」

 「髪の色は魔力の質、髪の濃さは魔力の量と比例する。」

 なんですと!

 ここにきて、魔力、と来たか!!

 この世界、魔法があるのか!

 生後半年、見たことないですけど?

 生まれて半年、僕、最大限に興奮してます。


 「じゃあ、ダーは?」

 ママか僕を背中から降ろし、前で抱くとマジマジと僕の顔、のちょっと上=髪を見つめた。

 「あぁ。誰がどう見ても、魔力が多い。」

 え?そうなの?

 「しかもこの色は・・・」

 苦々しい表情でアンが続けた。

 色、ですか?前世からの引き続き黒で悪魔だ~とか?

 「きらきらして、色とりどりできれいなのに・・・」

 ?

 きらきら?色とりどり?はぁ?僕が、ですか。どういう状態?

 「私も、これほどきれいな髪は見たことないよ。ないからこそ、みんなが欲しがるだろう。」

 きれい?欲しがる?

 「暗いところで見ると、光沢を帯びた黒色。光が当たると、深い深い緑の中に赤や青や金色の光が反射する。玉虫色、とても言うのか。あぁ、昔、こんな宝石を見たことがあったね。」

 うなされたよう、とも見える口調で遠くを見ながらアンは言う。

 色が変わる?玉虫色?宝石ってアレキサンドライトかよ。自分では見えないから確認しようがないけど・・・


 「いいかい。あんたは母親だ。だからしっかり守らなきゃならない。よくお聞き。ダーの髪をむやみに見せちゃだめだ。とくにエライ奴や、濃い髪の人間には。欲しい奴は何をどうしても手に入れようとする馬鹿もいる。あんたが守るんだ。いいね。そりゃ私もミミとダーは守る気でいるさ。でもね、母親はあんただ。しっかりしなきゃならない。」

 アンは真剣な顔でママの両肩に両手を置いて、そう言った。

 ママは少し青い顔をしつつ、大きくしっかりと頷いたのだった。 

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