ショック×3

かかみ かろ

ショック×3

 冬の刺すような空気に包まれながら早足で学校を目指す。今日は、私にとって大事な日。

 教科書をあまり使わない授業ばかりの日だから、肩掛けカバンの中で擦れる箱の音が目立つ。

 それから右手に持つ紙袋の中身。こっちは、カモフラージュ用だ。


「雪、おはよっ!」


 突然横から声を掛けられた。顔だけそっちへ向けると、そこにいたのは私の親友。


「おはよ、茜」

「気合入ってるね! 歩くの早すぎ」


 そういって笑う茜は気楽そうだ。

 当然か。茜が本命のチョコを渡す相手は、茜の彼氏なんだから。

 

「あ、ごめん」


 とりあえず、歩くスピードは落とそう。

 

「今日、高木に渡すんでしょ?」


 私の持っている紙袋を見て茜が言う。


「うん。緊張しすぎてヤバい……」

「あははっ、大丈夫だって! 雪、可愛いんだし。てか多くない?」

「いや、これはクラスで配る用のやつ。高木君に渡すのは、こっち」


 肩掛けカバンをトントンと叩いて示すと、茜は納得顔で話題を変えてくれた。


 ――キーンコーンカーンコーン……


「んーっ……ふぅ。やっと終わった」


 結局午前の授業は、高木君をちらちら見ていたら終わっていたという感じだった。内容が一切頭に入っていない。

 

「雪! 弁当たべよっ」


 茜……。相変わらず片付けは早い。私なんてまだ全部机の上に出したままなのに。


「ちょっと待って。……おっけ」

「はいはーい。あ、中村、今日も椅子借りるよー」


 私の返事を聞いて、茜が隣の席から椅子を引っ張ってくる。いつものことなのに、毎回ちゃんと断る当たり茜は律儀だ。そういうところが好きなんだけど。


「それで、いつ渡すつもりなの? 告白もするんでしょ?」


 椅子に座るや否や、茜が聞いてきた。弁当を開ける手は止めないあたり茜らしい。


「放課後渡そうかなって……」

「ふぅん。その様子だと、まだ誘えてないよね?」

「う、うん……」


 そんな簡単に誘えたら苦労はしないって。私は茜ほどコミュりょ――


「おーい、高木ー、ちょっと来てっ!」

「っ⁉ なっ、ちょっ、あかっ、茜、何して」


 聞こえていないことを期待して高木君の方を見たけど、ばっちり聞こえていたらしい。一瞬こっちを振り返って口を開いたのが見えた。

 

「うん? ちょっと待って、今それどころじゃ、あ、この辺食べといてくんね?」


 って、来た⁉ 高木君来ちゃった! 待って、まだ心の準備が……‼


「わりわり。で、なんか用?」


 ちょ、茜、心の準備する時間稼いで! お願い!


「ちょっと雪がねーって、何かあったの? なんか騒いでたみたいだけど」


 流石私の親友! よく私の視線に気づいてくれた‼

 と、とりあえず深呼吸する? スーハー……。


「あー、間違えて弟の弁当持ってきてたみたいで、豆腐が入ってたんだよ」

「大豆アレルギーだっけ。そういえば前、何たらショック起こして救急車に運ばれてったね」

「アナフィラキシーショックな。てかそんな恥ずかしい話ぶり返すなって」


 スーハー……。や、やっと落ち着いてきた。顔赤くなってないよね⁉


「で、御影さん、何の用?」

「そ、その……」

「ほら、雪、頑張って!」

「その、放課後、話があるから、第一公園に来て!」


 い、言えた……。


「あ、ああ、その、わかった」


 言っちゃった……。

 高木君はちょっとだけ頬を赤らめ、ちょっとだけ困ったような顔をして、席へ戻っていく。

 ……ねえ私、やめるなら、今だよ。でないと……。


「よしっ、これで後は雪次第だよ!」

「えっ、あ、うんっ!」


 切り替えよう、大丈夫。


「ていうか、茜ばっかり高木君と話してずるい」

「あはは、雪が助けて~って目でこっち見るからじゃん?」

「うっ、それは、ありがとう……」

「はい、よく言えましたー」

「私は園児か。って、なんで撫でてくるの⁉」

「はい、照れない照れない」


 うぅ、茜、思いっきり楽しんでるな……。こそばゆい……。

 高木君は……楽しそう。揶揄われてるのかな? ちょっと耳が赤い。


「はいはい、高木君が気になるのはわかるけど、早く食べないと昼休み終わっちゃうよ」

「あ」


 見れば、私の弁当は奇麗に盛り付けられた状態のまま、全然おかずが減っていない。


「食べないなら私がもらってあげる!」

「食べるからっ」

「あはは、喉詰まらせないでね」


 まったく、これだけ食い意地が張ってて、なんで茜は太らないんだろ。羨ましい。

 結局、にやにや顔の茜に見守られながら弁当を食べ終えたのは、昼休みの終わる直前だった。


 終礼を終え皆が帰り支度をしている中、私は椅子に座ってぼんやりしていた。

 この後のことを思うと、緊張で何も考えられない。

 クラスで配る分はもう全部配り終えたから、手元に残っているチョコは高木君に渡すものだけ。皆に配った分より少し大きくて、明らかに豪華な包みの……。


「あれ、雪、まだいたの?」

「……あ、茜。緊張で吐きそう」

「そんなこと言ったって、もう誘ってあるんだから」

「あ、あれは茜が……わ、わかってる。わかってるんだけど……」


 うぅ、高木君がちらちらこっち見てる。早く行かないとなのに……。


「しょうがないなぁ。ほら、雪、途中まで一緒に行ってあげるから」


 茜が神様に見える……。


「茜、ありがとう……! ごめんね……」

「いいからいいから。でも私まだやることあるから、ちょっと待ってて!」

「うん、わかった」


 あ、でも高木君……って茜が何か話しかけてる?

 こっち見て、何話してるんだろう。茜ばっかり……。


 高木君は、荷物を茜に渡して教室を出ていく。どこへ行くのかな?


「雪、お待たせ!」


 高木君の向かって行った方向ばかり見ていたら、いつの間にか茜が戻ってきていた。


「時間稼ぎしようと思って、高木に雑用押し付けてきた!」


 そっか、私がこんな感じだから、茜は私のために……。


「茜、ほんとありがとう……」

「それじゃ行こっか」


 茜に手を引かれ、どうにか第一公園の見える曲がり角まで来た。

 チョコは、肩掛けカバンの中に隠してある。


「ここからは一人だよ」

「うん……」

「大丈夫っ。雪、頑張って!」

「うん……!」


 茜に背中を押され、歩き出す。

 だんだん聞こえる音がなくなっていく。

 残ったのは、時々通る車のエンジン音と私の心臓の音だけ。


 う、また気持ち悪くなってきた。とりあえず深呼吸しよう。スーハー、スーハー……。

 大丈夫、大丈夫だから。

 高木君は、私の――。


「(あ、高木、雪ならこの先で待ってるよ)」


 茜の声だ。態と大きな声を出して、私に伝わるようにしてくれたんだろう。他の誰かにも聞かれてるかもしれないから恥ずかしいけど、ありがたい。


 高木君の足音が近づいてくる。

 チョコの箱を取り出して、最後にもう一回……。スーハー……。よしっ。


「お、おう、御影さん。話って……」

「あの、高木君、これっ、私の気持ちです! 受け取ってください!」


 目をつむり、私の高木君のために作った本命チョコを差し出す。お願い、受け取って……。


「……その、ごめん。俺、他に好きな人がいるんだ」

「…………そう」

「ごめん……」


 ……ああ、ダメだった。

 受け取ってくれなかった。

 私の気持ち……。


 辛い……。でも、まだ泣いちゃダメ。

 仕方ないんだから。

 高木君に他に好きな子がいるんなら、仕方のないことだから……。


「ううん。いいの。私こそ、ごめんね。代わりにこっちなら受け取ってくれる?」


 受け取ってもらえなかったチョコをカバンにしまい、代わりにみんなに配ったものと同じ茶色い箱のチョコを取り出す。


「それ、今日配ってたやつ?」

「……うん」

「……わかった。ありがとう。……ごめんな」


 謝らないで、高木君。謝らなくて、いいんだよ。


「ねえ、味の感想聞かせてくれない?」

「今?」

「うん」


 高木君は、なんの疑いもなく、袋を破き、封を解いていく。

 そして、その中にある、ミルクチョコを、食べた。


「……うん、ちょっと不思議な味で、美味しいよ」


 そう言う高木君の顔から、血の気がなくなっていく。

 

「そう、良かった」


 ちゃんと症状が出てくれて。

 身じろぎもしてるから、蕁麻疹が出てるのかな……。


「……ごめん、そろそろ行っていい?」


 高木君も流石に気づいたみたい。

 早く薬の注射をしたいんだろうね。でも。


「だめ」

「……アレルギー出てるから、薬の注射しなきゃなんだけど」

「うん、知ってるよ」


 だって、そのアレルギー、私が起こさせたんだもの。


「……どういうこ、うっ」


 高木君が胸の辺りを押さえた。息が苦しいんだ。


「さっきのチョコね、豆乳チョコだったんだ」

「なん、で……」


 ああ、高木君が目を見開いて、私をまっすぐ見つめてくれてる。嬉しい。


「だって、高木君が私を受け入れてくれないんだもの」


 だから仕方ないんだよ。


「ちゃんと症状が出てくれるかわからなかったけど、大丈夫だったね。きっと神様も私たちのこと応援してくれてるってことだよね」


 やっぱり私たちは運命で結ばれてるんだ。ほんと嬉しいな。


「はぁ、はぁ、はぁ……。御影、さん、こんな事して、何にな――」

「安心して、高木君」


 高木君、苦しそう……。でも、今だけだよ。


「高木君は、私の心の中で生き続けるの。そしたら、ずっと一緒にいられるね!」

「っ!」


 なのに、高木君、何してるの? カバンの中を漁ったりして。


「なんでっ、ない……! 終礼前は、確かにっ……!」


 忘れちゃったのかな? 残念。

 そうしてる間にも、高木君の焦点はどんどん合わなくなってる。


「もう、薬なんて探しちゃダメだよ? 私と一緒になれないじゃん」


 薬を探す手を掴んで、抱き着いてみる。

 高木君、いい匂い……。


「くっ、御影さ、ん、離してっ……」


 抵抗しちゃって、意外と照屋さんなのかな? そんな高木君も好き。

 仕方ないから、一回離れてあげようかな。


「うっ……。なん、」


 あ、膝ついちゃった。犬みたいで可愛い。

 なんか薬見つからないみたいだし、ラッキーだね。やっぱりこれは運命だよ。


「高木君が悪いんだよ?」


 聞こえているかはわからないけど、新しい赤い箱を開けながら高木君の前で膝立ちになって言う。


「私を振った高木君なんて、いらないの」

 

 そこから一つだけチョコを取り出し、口にくわえて高木君の頬に両手を添える。

 それから口移しで、高木君の口にチョコを押し込んだ。


「ん、ちゅ……。ふふっ、これ、私のファーストキス」


 高木君はもう腕に力が入らなくなったみたい。頬に添えた手を離すと、ゆっくり倒れこんでいく。

 キスの感想聞きたかったんだけど、無理そうだね。残念。

 仕方ないから、さっさと落ちている豆乳チョコの箱と入れ替えてしまって、と。


「これで誰も私のせいって気が付かないね?」


 高木君の手が少しだけ動いた。


「あ、まだ聞こえてるんだね」


 高木君の目から涙がこぼれて、地面を濡らす。

 

「高木君がちゃんと私のものになってくれてたら、こんなことにはならなかったんだよ? 高木君が私を裏切るから、他に好きな人がいるなんて言うから。高木君は私のものなのに。私以外の隣で笑う高木君なんて見たくないのに。だから仕方ないの。高木君のせい、私は悪くない。高木君は私の心の中で笑っていたらいいんだよ。高木君は私の心の中で私の大好きな私の高木君として生き続けるの。ずっとずっとずっと。だから安心して。私を振った高木君なんていらないからあなたには死んでもらうけど、私の高木君は死なないの」


 そう、高木君は私の中でずっと生き続ける。これからはいつでも会える。なんて幸せなことなんだろう。


「あれ? もう聞こえてないのかな? まあいいや。それじゃあ私はもう行くね?」


 茜の位置からここは見えないと思うけど、あんまり待たせたら不審がられちゃうし。

 小さい公園だから中まで入ればすぐに高木君に気付けるだろう。でも、ここには滅多に人は来ない。

 最後に高木君へ向けて手を振ったけど、倒れている高木君は何の反応もくれなかった。


 公園を出る前に受け取ってもらうはずだった本命チョコを取り出して、悲しい顔を作ってから一人になった角を曲がる。

 茜は、やっぱり待っていてくれた。


「あ、雪! どうだ……そっか」

「うん。ダメだった……」


 茜にチョコを見せながら言う。つい笑ってしまわないようにしないと。茜に、私が何をしたか知られないように……。


「……雪、おいで」

「……」


 茜が両手を広げてそんなことを言うから、悲しくはないけど、その胸に飛びこんでおく。


「よしよし、雪は頑張った」


 また茜は私を子ども扱いして……。

 今日は高木君と一つになれたいい日なんだから、悲しくなんてないんだよ? なのに、そんなことされたら、涙出てきちゃうじゃん……。悲しくなんて、ないのに……。


「私はどこにも行かないからね。彼氏とも別れる。ずっと雪の隣にいるよ」

「……茜、ありがと」


 思わず、茜を抱きしめる腕に力が入る。

 ポケットに何か太めの棒を入れてるみたいで、ちょっと痛かったけど、でも、茜の心遣いが嬉しかったから。


「だから雪も、どこにも行っちゃだめだからね」

「……うん」

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