第14話 シンプル
俺は自分の部屋に戻ると、着替えを始めた。っと言っても靴をブーツに替え革ジャンを新たに羽織っただけ。鎧までとはいかないがそれでも防御力は格段に上がる。不覚を取るつもりは無いが、乱戦の最中背後からナイフで刺されることもあるからな。
それにこういう格好をすると気分が上がる。
俺が部屋から出ると廊下に金髪碧眼の青年アゼルと10代前半の銀髪サイドテールの少女マシェッタが待っていた。二人は兄妹で、アゼルはここら一帯を縄張りに持つグループのリーダーだ。
「よう、聞いたぜ兄弟。行くんだろ」
流石耳が早い、情報網をちゃんと構築している証。ただの脳筋じゃリーダーは勤まらない。これでも元はヴィザナミの上級貴族の子息、頭の切れも悪くない。親が権力闘争で負けで落ちぶれなかったら、今頃怪盗フォックスの宿敵になっていたかもな。
「当たり前だろ」
「付き合うぜ」
アゼルは当然のように自然に言う。
「あたいも付いていくよ」
フンスッと鼻息荒く意気込んでくれるのはありがたいが参加させるつもりはない。
「ありがとうな。でもマシェッタには俺達に付いてくるよりスマイリーを見ていてくれないか」
俺はマシェッタの頭を撫でながら言う。
「子供扱いは辞めろよ」
マシェッタが俺の手を払う。
ちょっとショックだ。少し前はあんなに喜んでくれたのに、マシェッタもレディーとして扱わないといけないのか。女の子の成長は早い。
「足手纏いかよ。あたいだってあれから・・・」
「そうじゃない。信頼できるから任せるんだ。
スマイリーは今情緒不安定だ。さっきも自分でケリを付けるとか言って包丁を持って出ていこうとしていた」
「ほんとかよ」
マシェッタは目を丸くして驚く。まあマシェッタにとってスマイリーは優しいおねーさんだからな。
「ああ、何とか寝かしつけた。それにあいつがこのままスマイリーを放っておくとも思えない。重要な仕事だ。信頼出来る奴にしか任せられない」
「兄貴よりもか」
「ああ、アゼルの馬鹿になんかスマイリーを任せられるか」
「おいおい、それはないんじゃないか」
「お前が手を出さない保証がない」
此奴はいい奴だしダチだが、女癖の悪さだけは認められない。
「ぐっ俺だってそんな見境無しじゃ」
「分かったよ。あたいがスマイリーねーちゃんを守る」
「頼んだぞ」
完全に無視されたアゼルがちょっと拗ねた顔をしていたが知るか。
「それでティンピーラだが、野郎共に行方を調べさせた」
アパートから出たところでアゼルが真面目な顔をして言う。
流石手抜かりが無い。アゼルがいなかったら俺は探すところから始めなければならなかった。
「でっ?」
「どうも、ささやか亭にいるらしい」
「いい根性してるぜ」
益々燃え上がる怒りに俺は最高の手を思い付いた。
「アゼル、人を使いに出してくれないか」
「いいぜ。しかし悪い顔だな」
ほどなくしてささやか亭に付いた。
一階は酒場、二階は宿屋件御休憩所。まっそういう店でスマイリーが働いている店だ。スマイリーがここで客を取っているかは知らない。詮索もしない。
まあ言い寄る男は多そうだが、俺とアゼルが背後にいるから無理に行く奴はいないはず。なのに馬鹿が平穏を乱しやがって。
逃走防止にアゼルを外に残し俺独りで店に入ると隅で4人ほどで堂々とご機嫌で呑んでいるティンピーラがいた。
神経が図太いのか俺が舐められてるのか、俺が舐められてるんだろうな。いいぜ二度と舐めた態度取れないようにしてやる。
つかつかと寄っていく。
「ご機嫌だな。ティンピーラ」
「てめえはシチハ」
ティンピーラは立ち上がって逃げるどころか俺を睨み付けてきた。
「けっけっ俺は今回の功績で正式にヴィアの構成員になったんだぜ。
俺に手を出したらどうなるか馬鹿なお前でも分かるよな? ん」
汚え面を俺の前に突き出してきた。
なるほど虎の威を借る狐、いや虎の威を狩るドブ鼠だな。
ヴィラは最近裏社会で勢力を伸ばしてきているマフィアで俺も小耳には挟んでいるが、正直興味は無かった。それが此奴に手を出すと敵に回る訳か。
ティンピーラの汚い面を叩いてやった。
「てってめえ、俺に手を出したら」
足を引っかけ転ばしてやった。
「どうなるって?」
「てってめえ、ぐほっ」
胸倉を踏み付けてやった。
「そのヴィアってのは死んだ下っ端の仇を討ってくれるのか?
死んだ部下を生き返らせてくれるのか?」
「えっ」
俺は足をどけティンピーラの襟首を掴むとつかつかと床を引きづり出した。
「店主、迷惑をかける。こいつらの飲み代は後でキッチリ払うから」
「かまわねえよ」
スマイリーのことを知っているようで店主も俺の味方をしてくれるようだ。
俺はティンピーラを店の外まで引きずっていくと道に放り出した。
ここは広々とした道の往来、少々派手に暴れても迷惑は掛からない。
「くそっお前等何をしているだよ」
ティンピーラが俺の背後に向かって叫び、背後を見るとティンピーラと一緒に飲んでいた三人の男達が店から出てきていた。
今までティンピーラを助けるタイミングは合っただろうにここまで見てるだけとは、固い友情だな。
「そうだな。此奴はどうでもいいが、ヴィアが舐められるのはまずい」
「ああヴィアの名を聞いて手を出した以上覚悟は出来ているよな」
ティンピーラでなくあくまでヴィラのためか。さしずめヴィラがティンピーラの補助兼監視として付けたといったところか。ジゴロ崩れのティンピーラと違ういかにも喧嘩慣れした暴力の専門家らしい屈強な男が3人。丁度いいそのくらいで無いと俺の怒りは鎮まらない。
「少々予定と違うが、やっと俺の出番か」
アゼルは虎の如くニヤッと嬉しそうに笑う。
貴族の血筋で頭も切れるが最後は自分が出る、そういうとこが俺と気が合う。
「右端をくれてやる」
「おいおい、二人譲れよ。お前の本命は違うだろ」
憂さを晴らしたいがアゼルが言う事ももっともだな。
「分かった。言っとくが、あの程度の相手に負けても助けないぞ」
「はいはい、きびしいねえ~兄弟は」
俺は右二人をアゼルに任せ左端の男と対峙する。
「スラム程度で粋がってるそうじゃにか。ヴィラ実行部隊の俺が本当の・・・。
うごっ」
指をポキポキやっている内に膝に蹴りを叩き込んだ。
「馬鹿か喧嘩はもう始まっているんだぜ。余裕見せ付けすぎだろ」
尤も油断して無くても俺の動きに反応出来たか怪しいけどな。
「足が足が」
「五月蠅い」
足が逆方向に曲がって喚く男の米神に回し蹴りを叩き込む。
ふんっ静かになったな。何一つ抵抗出来なかったという屈辱を刻み込んでやったぜ。
俺はあっさりとお仲間を倒され逃げ損ねたティンピーラの前に立つ。
「さて、俺は言ったよな。2度とスマイリーに手を出すなと。
覚えているか?」
「っははい」
「そうか。覚えてないかと思ったが、こんな簡単な約束すら守れないなら、もう殺すしかないよな」
ここでどんな約束をして見逃しても、此奴は新しい復讐の方法が思い付けばやってくる。
「待て待ってくれ、言う言うから。
お前の嫁は五番街のヴィア支部の地下にいる。ガイフの親分に献上しちまったんだよ」
「知るか」
誰がシーラのことなんか聞いた。俺は思わずティンピーラの顔面を殴りつけた。
「はがががっ」
「痛みは噛みしめたか? それがお前がこの世で感じる最後の感覚だ」
俺は拳を振り上げ振り下ろした。
ストレートに鳩尾に決まりティンピーラは悲鳴も上げず気絶した。
まあせめてもの慈悲だ。意識の無いまま恐怖を感じることなくあの世に旅立て。
「辞めとけ兄弟」
「邪魔するな」
俺の肩を掴んだアゼルを睨む。
それにしてももう片付けたのか、もうちっと粘れよヴィラの戦闘員。
「幾らここがスラム街でも真っ昼間のこんな往来で堂々と殺人はまずい」
目撃者がいなければ放って置かれるのがスラム。だが目撃者がいて俺の敵対者が治安隊に袖の下でも送れば俺はここにはいられなくなる。
だが
「構うか」
「仲間のためなら激怒する兄弟は好きだぜ。でも兄弟がいなくなったらスマイリーが悲しむ。勿論俺もマシェッタもだ」
クソくだらねえしがらみだ。俺のしがらみはあの日全て燃えた。全てを無くした。
なのに気付けば新たなしがらみだ。
しがらみがなければここで此奴を始末して俺はとんずら。だがしがらみがなければ俺がここまで怒ることもなかった。
「ふう~。
手筈はどうなっている?」
深呼吸を一つしてアゼルに尋ねる。
「俺の部下に手抜かりは無いぜ。奴隷商とは話を付けたはずだ。もうちょっと待てば引き取りに来るはずだ。その金でバーベキューでもしようぜ。勿論スマイリーや嫁さんも呼んでさ」
「好きにしろ」
暫くしてティンピーラ達はどこから現れた男達に荷物の如く運ばれていった。
今度こそもう会うことは無いだろう。
「これで後は嫁さんを助け出すだけだな」
「えっ」
アゼルの言葉に俺は素で驚いた。
「分かってるって俺を巻き込みたくないんだろ。だが水くさいぜ」
此奴シーラのためにヴィラに本格的に喧嘩を売る気か。だがチンピラの喧嘩と違って組織との抗争は喧嘩に勝てば終わりなんて綺麗じゃない。
正面から勝てないと分かれば暗殺者、親しい人間を人質に取るなどドス黒い手を使う血で血を洗う抗争が相手組織を根絶するまで続く。
「マシェッタはどうするんだ?」
「彼奴ならもう一人でも逞しく生きていける」
「そういう意味じゃない。確実に狙われるぞ」
「兄妹の嫁は俺の身内も同然だぜ。
なら聞くがマシェッタが同じ事になったとき兄妹は見捨てるのか?」
「マシェッタは俺の妹だ」
「いや俺の妹」
「マシェッタに手を出したことを後悔させてやるだけだ」
「なら決まりだろ。俺も同じ気持ちだ。兄妹の嫁に手を出されて俺が黙っていられるか。
な~に此方に手を出せないように一日で潰しちまえばいいだけさ」
「馬鹿は気楽だな」
難しいことを簡単に言ってくれる。
「やってやろうぜ兄弟」
興奮するアゼルの顔を見て冷静になれば、なんで俺がシーラを助け出すのが確定路線になっている?
たかがちょっと心の傷を見せただけの女じゃないか。
助ける義理なんてない。
だがここで俺が何を言ってもアゼルは聞かないんだろうな。最悪一人突っ走る。
ちっ過去に1度助けてやっただけでいつまで恩を感じているんだよ。
「アゼル」
「おう」
「人数を集めろ」
「任せろ。兄弟は?」
「策を弄する」
「分かったぜ。でっかい花火を上げてやろうぜ」
「ああ、そうだな。
今夜がヴィラの命日だ」
そう実にシンプルなことだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます