暗黒街編

第13話 スラム街の日常

 あいつは変な奴だった。

 必死に逃げて、彷徨い、行き倒れになった俺を拾ったのは孤児院だった。ヴィーヴェレ教だかなんだか、しらないが、ヴィザナミ人の司祭が運営する孤児院に拾われたのは、何の皮肉だと呪った。

 だが、ここを抜け出しても幼い手では生きていけない、俺は屈辱を噛みしめて耐えるしかなかった。

 だが、屈服した訳じゃない。それを示すため、俺は周りにいる奴全員に心を閉ざして反抗した。殻に閉じこもり、毎日、俺はこの手が大きくなるのだけを願った。

 なのに、そんな俺に、毎日話しかける馬鹿がいた。しかも金髪を輝かせているソレー人だぜ。完璧な無視を決めた。うざいが徹底的に無視した、殴りかかったりしたら、相手をしたことになり、負けだと思っていた。

 それでも話しかけてくる。

 あきずに話しかけてくる。

 最後には、殴りかかってきやがった。

「自分ばっか不幸な顔するな。私だって戦争で親を亡くしたんだ」

 そんなこと叫んでいたっけ。

「うるさい。ヴィザナミ人が不幸を語るな」

「私はヴィザナミ人じゃない、ソネーレだ」

 司祭が来るまでの間、俺と変な奴は大激戦を繰り広げた。変な奴は自分の存在を俺に刻み込もうとし、俺も俺という存在を刻み返してやった。

 ほんと変な奴だった。でも、それ以来俺はそいつだけはソネーレとして見れるようになっていた。


 スラム。貧乏人荒くれ者など社会の底辺が住む無法地帯。

 そんなところに宝石の如き美女が住んでいて何か起きないわけがない。

 スラム街の午後のティータイム、シチハは仕事に出かけ部屋からは女二人の姦しい笑い声が響いている。

「ふん~そういうときには引くのも大事よ」

「参考になりますスマイリーさん」

 テーブルの上には紅茶が注がれたカップが並び、茶菓子が並べられている。

 そんな楽しそうな雰囲気にこそ悪意は惹かれてくる。

「楽しそうだな、おい」

 女二人の会話に割って入ってくる男の声。

 会話がぴたりと止まり二人が向くその先には少々顔が整った気障ったらしい男がいた。

「あっあなたは。何しに来たのよ。あなたとはもう終わったはずよ」

 先程までの朗らかな笑顔から一変、スマイリーは悲愴な顔で言う。

「おいおい、つれねえこと言うじゃねえか」

「この方はどなたです、スマイリーさん」

 シーラはスマイリーの顔を見てニヤニヤ薄ら笑いを浮かべる男を睨み付けながら聞く。

「くっく、この女の男だよ」

「もう別れたのよ。つきまとわないでティンピーラ」

「うるせえっ。新しい男銜え込んだからって調子に乗って俺を追い出しやがって。それで別れられるともうなよ」

「帰ってよ」

 スマイリーは絞り出すような声で嘆願する。

「今日はな。おまえに頼みがあってきたんだよ。俺も今度めでたく今をときめくマフィア『ヴィア』に入れる事になったんだよ。それでよ、手始めの上納金としてお前を組織に差し出す事にしたんだ」

 ティンピーラはさも当然のように言い、この男の中では当然のことなのだろう。

「何勝手な事言っているのよ。何で私がそんな組織に上納されないといけないのよ」

「ああ、てめえは俺の女なんだから俺の役に立って本望だろうが」

「ふざけないで」

 いきなりスマイリーの頬が叩かれ吹っ飛んだ。

「うるせえんだよ。新しい男が出来たからって調子にのってんな。教育してやる」

「おやめなさい」

 スマイリーに近寄ろうとするティンピーラの前にシーラが立ち塞がった。

「お前が噂の美人だな。だが今は関係ないだろどけよ」

「あります」

「ちっどけって言ってんだよ」

 殴りかかろうとしたティンピーラの手を取りそのまま投げる。

「うげっ」

「立ち去りなさい」

 床に転がるティンピーラを冷たく見下ろしながらシーラは言う。

「女にやらっれるなんて、情けねーなティンピーラ」

 声の方を向けば柄の悪いと子達が男達がぞろぞろと部屋に入ってきた。

「あの若造がいるかも知れないと思って連れてきたんだよ」

 ティンピーラは立ち上がりながら誇らしげに言う。

「くっ」

 シーラもお姫様にしては強い、がそれは後衛で魔術師として。格闘もそれなりに出来るがこの人数を相手にスマイリーを守りながら戦えるほどではない。

「スマイリーなんかもういい。お前が付いてこい、そうすればこの女には手を出さないでやる」

 自分1人なら逃げることは可能、だがそれはスマイリーを見捨てることになる。それに自分がここで素直に従ってもこの腐った男達は後日スマイリーを攫うだろう。

 合理的に考えれば、ここは自分1人逃げるのが正解。

 将来上に立つ者として、一時の感情でスマイリーを選ぶことは許されない。

「分かりました」

 今のシーラは町娘、恋する乙女。ならば甘えてみたくもなる。

「行っちゃ駄目よシーラちゃん」

「私は大丈夫です」

「駄目ーー」

「邪魔だっ」

 スマイリーは突き飛ばされシーラは連れ去られていくのであった。

 

 いつものように工事現場から部屋に帰ると部屋は荒らされ、泣き崩れるスマイリーがいた。

「どうした」

 直ぐさまスマイリーに駆け寄り抱き抱えると、その顔には痣が出来ていた。

「これはっ。まさか、またあのクズが来やがったんだな」

 前回あれほど痛めつけてやったのに、懲りない奴だ。やはり殺すしか無かったか。

「私はいいの」

「よくないっ」

 怒鳴ってしまった。

「それよりシーラちゃん、私を守る為に攫われたの。私の私のために・・・」

 あの女何をやっているんだ。皇帝に成るんじゃ無かったのか?

 だが今はスマイリーだ、そっちの方が俺にとっては大事だ。

「落ち着いて、スマイリーは悪くない」

 スマイリーを優しく抱きしめ頭を撫でてやる。




 数分後。

「落ち着いたか」

「うん。年下のくせに生意気」

「そうか」

「きゃっ」

 俺はスマイリーを両手で抱き抱えるとスマイリーの部屋に連れて行くとベットの上に寝かせてやる。

「腫れが酷いな。待っていろ、何か冷やす物と薬を持ってくる」

「薬なんて、そんな貴重品いいよ」

「気にするな、俺のお手製だ」

 俺は自分の部屋に戻ると瓶から水を汲み、漆喰が破れた壁の間に入れておいた薬を取り出す。これは俺が必死に集めた知識と機会があれば採取しておいた草から調合した軟膏だ。効果と安全性は自分とアゼルの馬鹿で実証済み。

「後清潔なタオルがあればいいんだが」

 俺の部屋にあるわけ無いかと思えば、ちょうど洗濯して取り込まれた物が置いてあった。

 あの女に借りを作るみたいで嫌だが、いやいや俺は怪盗フォックス盗むのが流儀何の問題も無い。

 俺は躊躇いつつもタオルを掴むとスマイリーの部屋に入ると、ギョッとした。

 ベットから起き上がり包丁を掴んでいるスマイリーがいたのだ。

「なっなにをしている!!」

「ご免ね、ケリは自分で付ける。シチハちゃんのお嫁さんもちゃんと連れて帰るから」

「いいって、それより寝てないと」

「よくない。シチハちゃんは弟。荒んでいた私が何とか人のまねごとが出来るようになったのもシチハちゃんのおかげ。それを私の過去の馬鹿で台無しにするなんて」

 まずい今のスマイリーは俺でも背筋が氷る。こうした顔をした奴らは何をするか分からない。

「いいんだ。ねえさん」

「ねえさんって呼んでくれるの」

「俺にとってはねえさんだよ」

 ちょっと顔が綻んだ隙に間合いをスッと詰め、やりたくはなかったが俺は当て身で気絶させた。

 俺はスマイリーを再びベットに寝かせ、軟膏を塗り濡れたタオルを頬に当てておく。

「許さねえ、俺の身内に手を出したこと後悔させてやる」

 鏡があれば俺もまた先程のスマイリーと同じ顔をしているのに気付いただろう。


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