第6話 悪夢
太陽が輝き、緑豊かな山野。俺は、よく親友だったストレと夕暮れに包まれるまで走り回って遊んでいた。
王族だったストレを遅くまで連れ回すなとよくストレのじいに怒鳴られたけど、次の日にはころっと忘れて遊びに行くと、ストレが目を丸くして驚いていた。
「もう誘って貰えないと思った」
「ばっかだな~親友は見捨てないのさ」
「かなわないな」
何度も交わした会話。
勇者ごっこなんかも良くしたっけ。
幸せに包まれていた記憶が、俺の心に安らぎを与えてくれる。
このまま、時が止まって欲しい。
こんなの一時の慰めに浮かんできた夢なんだろ、だったらこのまま止まって欲しい、この先なんか見たくない。
なのに現実と同じように、夢の流れも進んでしまう。
ある日突然、平和だった故郷は火に包まれた。
電撃的な奇襲だった。
何たって戦争が始まったことも知らず、俺はその日学校に行っていたんだから。
国境を突破してきたヴィザナミ帝国東方方面軍第13騎士団は、老若男女の区別無く殺戮を繰り返し、授業を呑気にしていた学校にも襲いかかってきた。
あっというまに教室に乱入してきた兵士達。
優しかった先生は、ズタボロに犯されて殺された。
泣きながら逃げまどう同級生達は、笑いながら縊り殺された。
俺は気が付いたら学校の裏山に逃げ延びていて、燃え上がる学校を見ていた。
いや、学校だけじゃない、山も、田畑も、家も、全てが燃え上がり、視界には炎しか見えなかった。
結局俺は生き残った者達と共に捕らえられ収容所に入れられた。
収容所の環境も劣悪だったが、何より毎夜俺は生き残ってしまったことに苛まされた。 収容所で瞼を閉じれば浮かんでくる友達の顔は、みんな恨めしそうに睨んでくる。
なぜ、助けてくれなかった?
友達なのに、何で助けてくれなかったの?
勇者の力があるなら、なぜ助けてくれなかった?
誰もが、納得のいかない顔で問いかけ、俺を責めてくる。
辞めてくれ、こんな力があるなんて知らなかったんだ。後ずさる俺の背を誰かの手が押し止めた。
振り返れば、ストレだった。王族は全て斬首されたと噂で聞いていた。なら、このストレも俺に怨嗟を述べに来たのか。
「ねえ、僕達を助けてくれなかった君がヴィザナミ人を助けないよね」
一言言うたびに、ストレの首に入った一本の線から、血がどくどく零れていく。
仇を取ってよ。
復讐してよ。
俺の周りを殺されたアルヴァディーレの仲間達が取り囲み、口々に呪詛を唱える。
殺してよ。殺してよ。殺してよ。
ヴィザナミ人を殺してよ。
出来るだけ酷たらしく。
出来るだけ苦しめて。
全員の眼球が、俺に潜り込んできて告げる。
復讐しろ。
「うわっ」
跳ね起きた全身は、汗でびっしょりだった。
「はあはあ、久しぶりに見た」
呼吸が荒れる中、ふと見ればベットではシーラが静かな寝息をしている。
十二皇子の一人、憎いヒューレアムの名を冠する王族。
寝袋から静かに起きあった。
ゆっくりと足音を忍ばせシーラのベットに近付く。
鼻息が触れる程近付いても、シーラに起き出す気配はない。
シーラに跨ると、その首に手を掛けた。
シーラの首に手を掛けた掌から、シーラの呼吸、鼓動が、命の流れが伝わっている。
あと少し力を入れれば、その脈動を断ち切れる。
こいつは、ただの肉袋に成り代わる。
みんなの仇を取れば、悪夢に魘されることもなくなるかもしれない。
指が柔らかい首に食い込んでいく。
殺して犯してやる。みんなと同じ目に遭わせてやる。
更に指が食い込み、助けてと必死に抵抗していたみんなの顔がシーラに重なる。
「くそっ」
首を放し床に飛び降りた。
「ちきしょう」
拳が割れる程床を殴りつけた。
「なんで、こんな残酷なことが出来る。こんな事が出来るのは人間じゃない。俺は苦しくても人間でありたい」
情けないことに涙を止められないままに俺は寝袋に再び潜り込んだ。
悪夢に苦しむには長すぎて、忘れるには短い時間が過ぎた頃、シチハの寝息が響き出す。
寝息に誘われたのか、今まで目を決して開けなかったシーラが起きあがった。シーラは己の罪を直視するかのようにシチハを見る。
「可哀想な人。誰よりも優しいのに、運命がそれを許さない。
ううん、違うわね。私があなたを許さないのね」
シーラは毛布を持ってベットから降りて、シチハの横に寄り添う。毛布を自分とシチハに掛けて、その胸にシチハの頭を包み込む。
「この程度では罪滅ぼしにならないけど。せめてあなたが健やかに眠れるように」
シーラは優しい想いを込めてシチハを抱き締め眠りにつく。
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