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娘が、生まれる。
夫との間に授かった娘が、この世に産声をあげようとしている。そのこと自体はとても嬉しいはずなのに、どうしてか“もう戻れないのだ”という思いに駆られてしまう。そんなこと、思うべきではないのに。
* * * * * * *
とても信じてもらえないだろうけど、私は天使に恋したことがあった。高校の頃に少しの間だけ付き合っていた、亜麻色の髪と緋色の瞳がとても美しい、素敵な女性。
学校帰りに好奇心で立ち寄った教会の前で、空を見ながら立っていた彼女に、どういうわけか一目惚れした。それまで私が
泣きながら私を見る目が愛おしくて、抵抗しようとする華奢な腕が狂おしくて、そのくせ少し期待したような媚びた声が、耳を焼いた。そしてごく自然に思っていたのだ――私は
自分でもそんなこと思う理由はわからなかったけど、それでも……私は
そうして私たちはしばらく、会えば身体を重ねて、疲れて飽きたら次の約束をする――そんな付き合っているとは言いにくい関係を結んでいた。そんな自分が嫌にならないわけではなかったけど、そんなの関係ないくらいに、私は彼女がほしかった。会えない間はずっと彼女のことばかり考えていたし、会えている間は彼女のこと以外どうでもよかった、それくらい、私は彼女に焦がれていたのだ。
けど、彼女はある日待ち合わせた場所に来なかった。必死で連絡を取ろうとしたけど、彼女とは二度と会えなくて。
それから自暴自棄になって過ごした年月のなかで今の夫と出会い、子どもができて、結婚した。そして、今日に至る。
この世に産声をあげる我が子がはたして幸せに生きられるのか、わからなかった。私は今でも、彼女のことしか愛せない、夫ですらただ心の空白を埋めてくれただけの人に過ぎない私に、この子を愛せるのか、わからない……。
* * * * * * *
……あぁ、そういうことだったんだ。
そうだったんだ、そういう……。
生まれた我が子を胸に抱いたときに、私は思わず口に出してしまっていた。きっと周りで聞いていた夫や両親にはわからないだろう、この意味が。
けど、私とこの子には、きっとわかる。
そうでしょう?
「おかえり」
胸のなかでそのあまりに小さな身体を震わせる彼女は、きっと。
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