第十話 銀髪少女なの


「おっはよーー」

 快晴で少しずつ暖かくなり始めた早朝、エリカの満面の笑みが少年の目に映る。

「朝から元気だな」

 悠斗は苦笑し料理の手を進める。昨日は……昨日も色々あったが全員元気そうで何よりだ。落下少女たちは未だに起きた形跡無く眠っている。2人を憂いながらもテーブルに食器を配膳し席へ着く。

「今日は学校休む。あの2人が目覚めた時一悶着あってもおかしく無いからな」

 一応2人の了承の確認を含め意思表示する。

 共に首肯しながら食事を口へ運ぶ。

「てことで今日は外出禁止な」

「はーい」


 話の決着を早々につけ朝食も同様に済ませる。

 スマホを通して学校側へ欠席を知らせ本日の暇つぶしに悩んでいた時、

「お? 起きたか」

 何かを感じ取り2人を寝かせた和室へ向かう。

 戸を開けると銀髪の娘が目覚めていた。静かに開けた戸の開音に気付いておらず未だに悠斗に目が向かない。

 そしてその目が何を見ているかと言うと、姉と思わしき人物だ。当然と言えば当然の事である。


「お目覚めか……調子はどうだ」

「っ…………ぁ……」


 悠斗の声に振り向きその後辺りを見回す少女。

 何かを発そうとするが躊躇して言葉は聞こえない。

 その困惑状態の少女に近づきすぎないよう接近する。

 昨日の『不可視の壁』が多少の恐怖を植えつけたのだ。


「取り敢えずこっち来てくれ」

「…………?」


 無知な赤子のように首を傾げて布団から這い出る。

 隣にいる姉と思われし少女に数度目を向けたが悠斗の後を追いかけた。そのまま2人は言葉を交わすことなく食卓へ向かう。

「そこ座って」

 間近の椅子を指して指示する。それに従い恐る恐る腰を下ろす少女。なんというか仕草が幼い、本当に無知な赤ん坊そのものだ。少し離れた位置からノアとエリカも見守っていた。


「さあ、まずは腹を満たそう!」


 キッチンから朝食を持ち出し少女の前に配膳する。

「えっと……」

 想定外の事態に当惑する少女、その前の席に腰を下ろし片手を出して加える。

「どうぞ」

 悠斗の微笑みに余計に困惑する少女を見兼ねてノアがフォローする。

「お腹が空いているでしょう? ずっと寝ていたのですから少しは食べた方がいいですよ」

 悠斗の隣に座ったノアを見て不安そうな顔をする。

 かなり警戒心が強いのかもしくは臆病なのか。

 そもそも見知らぬ人の食事など店でもない限り簡単に口にしたくはないが。


「食べて……いいの?」


「ああ」

 不安を取り払うように間髪入れずに返す。

 しかし少女が喋った瞬間悠斗は少しばかり驚いた。少女の声はかなり落ち着いておりおしとやかな雰囲気だった。

 悠斗の聞いた声は恐ろしい形相で睨まれたときに聞いた威圧の声音だけなため不意を突かれた感覚だった。


「あ、ありがとうございますなの」


「…………」

「…………」

「…………なの?」


 空気の読めないエリカが声に出して疑問符を浮かべる。

 人はそれぞれ差がある。この娘はそう言った口調なのだ、失礼なことはあまり良く無い。だからここはエリカの疑問も含めスルーする。


 しかし、肝が据わった娘だと悠斗は感心?する。見知らぬ人3人に取り囲まれた中で黙々と食事を進める。そして5分もかからず完食してしまった。ちなみに献立は白米、味噌汁、焼き鮭、申し訳程度の果物という和の色が強いものだ。

 流石の悠斗もここまでガッツリ食べる事に驚いた。

 警戒に値しないと踏んだのか、もしくは警戒心を圧倒的に凌ぐ空腹感があったのか。

 まあ、安全だと説得し食事を促したのは悠斗本人だが。


「ごちそうさまなの、とても美味しかったの」

 丁寧に手を合わせ悠斗に笑う。

 幼女のような微笑みに胸を突かれた悠斗はその顔に見惚れながら「そりゃどうも」と答え食器を片付ける。

「さて、疑問は多いがまず名前は」

 しかしすぐに気持ちを入れ替えて事情聴取の前段階へと移る。

 その問いに少女は首を捻ってにわかに唸った。


「う〜ん……わからないの」


「……え?」


 言葉を、耳を疑った。自分の名前がわからない。それはつまり記憶喪失を意味するのだろうか。


「お姉ちゃんはあーちゃんって呼んでくれるの」


 次に続いた言葉に僅かな安堵が生まれる。即ち、記憶喪失ではなく固より名前のない少女と言うことらしい。

 それはそれで不思議だがひとまず安心だ。

 しかし……何故あーちゃんなのか……。

「お姉ちゃんってのはもう1人の?」

「そうなの、お姉ちゃんは強いの」

 いやいや、強さの話ではなくてね……。

 その事は当人に聞くとして今は少女――あーちゃんのことを尋ねる。


「えっと、エリカ、名前がないって事はあるのか?」


 先の言葉をエリカに振る。異世界のことは理解できないことが多い。この中で最も知識を蓄えていそうなエリカがこんな時助けてくれる、はずだ。


「よくあるってわけじゃないけどあるよ〜。忍者の里では力が認められるまで名前が貰えないし、貧民地に行けば名前のない子はいるよ〜。冥界、魔界は知らないけど天界は番号が名前みたいな役割らしいよ〜」


 今思えばノアの事件の時に、組織の首領をしていた女性も名前がないと言っていた。

 土地構成が謎だがある程度理解した悠斗。だがあーちゃんはどこに属するのか……。


「君は天使と悪魔のハーフらしいけどどっちの……えっと……戸籍というか、そんなものを持ってるんだ」


 悠斗の問いに一瞬眉が歪む。悟らせまいと平常を装うが悠斗は見逃さなかった。

 しかし指摘するのも野暮に思いスルーする。


「……私たちは籍が存在しないの。逸れだから……」


 かなり複雑な家庭らしい。戸籍を持たず生きる事は可能だが学校などの施設を利用できない事は不便である。

 薬で小さくなった高校生探偵は本来、小学校には入学できないのだから。


「……そうか、えっと家とかはどこに……?」


 重くしてしまった空気を戻すため悠斗は次の質問へす。


「……家は無いの……」


 結局状況は悪化してしまった。世間とは限りなく遠い世で生きてきたかもしれない、なんて考えを悠斗が持つはずがない。故に2つの返答は想定外であった。


「……えっと……悪いこと聞いたな…………」


 その謝罪後、数秒空気が流れたがやがてノアが口を開く。

「話題が変わるのですが、何故お二人は空から?」

 重要項目に論点を変更しこの空間から脱出する。ノアも重々しい空気に耐えかねたようだ。

 しかし二人の落下は事実最重要問題だ。


「……まぁ……色々とあったの……」


 触れられたくないと拒絶の意思を表示する。変わらず空気が重い。どうにかこの良く無い室内に変化をもたらしたいと考える4名。

「家が無いんなら君はこれからどうすんの?」

 恐れてばかりでは進展がないと踏み込みを入れる悠斗。

 ノアとエリカが一瞬戸惑ったがすぐに顔を引き締める。

「それは……これから探すの……」

 落ち込むその目に雫が光るがそれを手で拭う。

 悠斗の問いかけに嫌な予感を覚え、次の言葉を発する前にエリカが念を押す。

「悠くん、まさか『ウチに住むか?』なんて言わないよね? それは変質者だからね」

 これ以上人が増えることを恐れて先手を打ったエリカに悠斗が視線を向ける。「いいだろ」とでも言いたげな表情で。

「……言わねぇよ……聞いただけだろ……」

 助けを求めるように目線をノアに移しながら答える。その目にノアは遅れて気づき意見を述べる。

「お兄ちゃんの人に優しいところは好きですが、誰彼構わず家に招き入れるのは良くないですね」


「…………」


 ノアの指摘にぐうの音も出ない悠斗……。

「えっと……今日の宿泊所とかにも困ってるの。だからもし泊めてもらえれば助かるの……」

 そこにあーちゃん本人が割って入ってきた。

 最も驚いたのは悠斗、当人が一番拒絶すると考えたからだ。意外と人を見る目があり、直感や本能で安全性が分かるのだろうか。

 女の子を連れ込みたいというわけでなく困っている人を捨てられないと言う思考故に行動している悠斗、人の助けになれることに果てしなくこだわる。

「迷惑はかけないの、だから今日は一泊させてほしいの。お姉ちゃんも一緒に」

 他3人は顔を見合わせ意見交換する。

「はぁ……今日だけだよ?」

 代表して多数決の結果を報告するエリカ。ノアはどちらでもいいと言った感じだが、あーちゃんと悠斗は嬉しそうだった。その事実にエリカが少しむっとする。

「ありがとう、エリカ」

 その頭を悠斗が撫でる。


 無防備な状態で撫でられたため流石に驚いたらしく「んひゃっ!」と声を上げる。普通にしていれば十分にモテると悠斗は再認識した。


「もう! それじゃあ『いい子いい子』ってしてるみたいじゃん」


 珍しくエリカが顔を赤らめて目を逸らす。

 変わった態度に満足し悠斗は話を終わらせようとする。

「じゃあ、今日一日自由にしていいぞ。部屋はさっき寝てた部屋で、俺たちのことは自由に呼んでもらっていい」

 あーちゃんに笑ってこの場を締める。


「はいなの、私はあーちゃんって呼んで欲しいの。気になることはお姉ちゃんが起きたらお姉ちゃんに聞いてなの。あぁ、久しぶりの室内なの」


 最後の一言に顔を見合わせ首を傾げた3名だがすぐに他のことに関して了承して今度こそ確実にこの場を閉める。

 話を終えた後あーちゃんは先の和室に戻る。

 突然見知らぬ中に解放されても逆に戸惑うだろう。姉と一緒の方が気が楽になるはずだ。

「分からないことだらけで、変わった子だったな」

 あーちゃんの去った部屋で独り言のように呟く悠斗。その言葉をノアが拾う。

「私達も種族が違えば知らないことばかりなので」

 例えが少し異なるが確かに悠斗も周囲の人間のことすらあまり知らない。

 いや、少しも何も、全く異なる実例か……。


「まあ、そんなもんか。てか、学校どうしよう……」


 あーちゃんが目覚めてしまったため残る必要性を感じなくなってしまった。今からでも登校しようかと考えたが今日は家事に当てることにした。

 するとそこへあーちゃんが戻ってきた。

「あ、あの……お手洗いを……」

 家内マップが分からないらしい。トイレの位置を教えてリビングに戻った時ふと気がつくことがあった。

「そう言えばお前ら、いつウチの内装知ったんだ」

 2人は家に来て以降一度も説明を受けていない。何故宅内の配置を知っているのか。


「「…………」」


 エリカは吹けない口笛を、ノアは吹ける口笛を吹いて誤魔化す。これより悠斗は悟る、絶対に何かを隠していると。

「勝手に室内探り回ったろ。何も盗んでないよな?」

 悪寒がしたので激しく2人に詰め寄る。

 次第に2人の顔に焦りが見えてくるのが分かった。

「ほら、盗ったもんだせ」

 そう言ってそれぞれに手を差し出すと、冷や汗をダラダラと流した2人は速攻で自室を往復して戻って来る。


「これ……アルバムです」


 エリカが珍しく敬語で差し出すそれは、悠斗の中学時代と小学時代の写真が詰まったアルバムだった。


「これ……お兄ちゃんのリップクリームです」


 ノアが変わらず敬語で差し出すそれは、昨日も悠斗が使用したリップクリームだった。


「…………」


 これは非常事態だ。緊急事態に顔が青ざめる。

 アルバム、中身が抜き取られていないかを確認。これで何とかなる。


 リップクリーム……どうしよう。


「これ、使ってないよな⁉︎ な⁉︎」

 リップクリームを突き付けて叫ぶ。

 アルバムを眺めることは理解できる、例え写真を盗っていても確認できる。

 リップクリームを眺めたり鑑賞したりはしない。例え使用されていても気付かない。

 ノアの方が危ういものを盗んでいた事に悠斗は驚きを隠せない。エリカの方が思考が過激だと思い込んでいた。


「大丈夫です、私はそんなことしないので気にせずそのリップクリーム使って下さい」


 光る目を見て悠斗は確信する、使ったなと。

 一度キャップを開けると、キュポンッと音が鳴る。何となく、心理的にだがいつもよりそのクリームの先がテカって見えた。


「ゆゆゆゆ悠くんが、かかかか間接キス⁉︎ ああぁぁぁぁーーーなんてことをぉぉぉぉーーー」


 恐ろしい形相でノアを激しく揺さぶる。頭が吹っ飛んでいきそうな勢いだった。ノアは解放されるために必死に抵抗しその後室内を駆け回る。

 悠斗は2人に落胆しリップクリームをゴミ箱へ捨てる。

「こうなったら直接」

 エリカが口を向けて悠斗に飛びつく。ノアに負けじと謎の対抗心を燃やしているのだ。

「おわっ、やめろ! こっちくんな!」

 エリカを弾き室内を逃げ回る。こんなに騒げばきっと寝ている女の子が起きてしまう。案の定――


「動くな!」


 と勇ましい声が掛かる。


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