バレンタイン・ガールズチャット

赤魂緋鯉

バレンタイン・ガールズチャット

 たき火同好会、という看板が表に掛かった、物置をそのまま転用した小部屋で、2人の少女がダラダラしていた。


 3畳ほどの部屋の真ん中に、面積の3割を占めて鎮座するカウチソファーと、作り付けの棚で7割方部屋が埋まり、残りの3割で教室机と椅子、人1人がやっとの通路、という転用前と変わらない物置状態になっている。


 たき火のアイテムは大量の薪から調理器具まで無駄にそろっているが、寒すぎるから、という2人の判断で、窓付けエアコンの効いた部室にこもっていた。


「君もこんな所に来てないで、下駄げた箱を確認しに行ったらどうだね」

「どうせ帰りに見るんだし、別にいーでしょ」

「青春を持て余すものじゃない。過ぎ去れば二度と戻らぬのだよ?」

由実ゆみ先輩と1つしか違わないじゃん」

「私の心はすでに枯れているのだ。美名美みなみ君」


 窓際で椅子の上にて体育座りし、文庫の『羅生門』を読んでいる先輩の由実は、カウチに寝そべる美名美へ、フッと息を吐いてそううそぶいた。


 髪の内側をうっすら焦げ茶に染め、いかにもバリバリ女子高生な美名美に対して、由実はスカートの下にジャージを穿き、短い黒髪をボサボサにしたまま、という無頓着具合だった。


 ベッコベコのアルミカップで、特濃にしたブラックのインスタントコーヒーをすすりつつ、由実は眼下の体育館裏でチョコをつまむカップルに眉をひそめる。


「大体、バレンタインバレンタインと浮かれるが、本来、若い男女が乳繰り合う日ではないのだ」

「そうなの」

「うむ。しかし、菓子会社はよくもまあ、この様に上手い商売を思いついたものだとは思わんかね」

策士さくしだね」

「そうだ。売り上げのためならば、本家本元すらもプライドそっちのけで便乗するのだ。かの孔明こうめい殿も柏手を打つであろう」

「それ」


 ぼけーっと引っくり返っている美名美だが、話はしっかり聞いているので、由実の世をいとう風な、小難しい語りに彼女は適度な相づちを打つ。


「常々気になっている事とすれば、手作りだというが、単に溶かしたチョコレートを型に入れた物にその名を付けても良いのか、という点だ」

「うんうん」

「あれは、そう易々やすやすと扱えるものではない。極めて厳格な温度管理と、ショコラティエあるいはメーカーの技術があってこそ、だ」

「職人技ってやつ?」

「いかにも。それにだ、原料のカカオは、特に労働者の大変な苦労をもって生産されるのだ、雑に扱い手作りとのたまうなど、無礼であると言っても過言ではないだろう」

「フェアトレードでも?」

「ならばなお、だ。農園主と輸入業者の苦労も乗る。どちらにせよ、遊びに使うべきでは無いものの1つなのだ」

「責任重大なんだね」

「まあ、本来食物は全てそうあるべきなのだが。金というものを前にすると、人は簡単に責任を放棄する弱い生き物なのだ……」


 私もまたそうであるのだろう、と由実は頭が痛そうにかぶりを振った。


「広い視野で見えない方が、ある意味幸せなのだろうな。気付いてしまえばいくらでも気が行ってしまうものだ。貝になりたい、と願う者が出るのも道理だ」

「由実先輩もなりたいの?」

「いや、御免被る。憂うことはないだろうが、芥川あくたがわ先生の筆致の妙を解せなくなる」


 天井を見るのにも飽きて、半身を起こした美名美に、生憎あいにく、私は考えるあしでいることに執着があるのだ、と由実は文庫本を置いて、膝の上に両手を重ねつつため息を吐いた。


「あ、話終わった?」

「うむ。なんだね」

「先輩のかばんから見えてる、その箱なに?」


 美名美は部室に入ってきたときから見えていた、由実の足元にある鞄から顔を出す、ダークブラウンの箱を指差して言う。


「――。こ、これはだね?」


 途端に顔を真っ赤にしながらどもり、少しカップをはじき飛ばして文庫本を汚しかけるなど、さっきまで悠々としていた由実の態度は、あっという間に霧散むさんした。


「言ってる事とやってる事違うじゃーん?」

「あー。あー……」


 額を指で押えてうなだれ、やってしまった、という顔をした由実は、おもむろにその箱をスッと取りだして、目線を美名美に合わせられないまま言った。


「元々、女性が男性にチョコレートを渡す、と決まっている訳でもなかったんだ。君に渡すぐらいは許容範囲だろう?」

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