邪神が蔓延る魔法の世界で少年は英雄となる

吹雪く吹雪

プロローグ

第1話 始まりの日

 それは突然だった。緑の豊かな平穏な村に突如として謎の生物が現れたのは。


 何処から来たのかわからないその生物は黒く禍々しいオーラを纏っていてこの世界に存在する生物であるとは思えなかった。


 現れた数は10匹くらいでそんなに多くはなく、その謎の生物の見た目は10匹全てが同じ訳ではなく四足歩行の獣のような姿であったり、天使のような羽と角を生やした昔話に出てきそうな姿であったり様々であった。


 最初、村の人達は誰一人として逃げることなく不思議そうにその生物を眺めていた。


 襲われるなんて誰も思っていなかった。


 そんな村人たちの前に真っ黒の四足歩行の獣が数匹勢いよくこちらに向かって走り出す。


「なんだ。なんだ」


 と村人たちはざわめき出す。

 でも逃げなかった。


 そのせいで一番獣に近かった男の人が噛みちぎられ殺された。


 四足歩行の獣は倒れた男の人に群がって、肉を喰らう。


 近くで鍬を持っていた男の人が獣を追い払うために走り出すが、獣の後方から火の球のようなものが飛んで立ち向かった男の人に火が燃え移る。


 男の人は鍬を放し、


 熱い。熱い。


 と騒ぎながら歩き回ると力尽きてその場に膝をつき倒れる。


 何が起こったのか分からず、村人は静かにその場に立ち尽くす。


 男の人が死んだのを合図にして、獣は村に向かって走り出し、その後ろから無数の火の球が村に向かって飛んでくる。


 そこでやっと状況が少しだけ理解できた。


 このままではまずいと。


 そして、村人たちはパニックを起こした。


 何をすればいいのか、立ち向かえばいいのか逃げればいいのか。そもそも逃げられるのか。


 皆、頭の中がぐちゃぐちゃだった。


 そんな中、突然隣にいた少年が


「逃げろ」


 と大声で叫んだ。


 そこでやっと村人は自分達のやるべきことを把握する。一気に村人たちは村の奥に逃げて行く。


 獣は逃げる村人たちを追いかけ殺し、火の球に当たって死んでいく。


 逃げ惑う中、そんな地獄のような光景を目にして誰かが


「邪神だ。邪神がやってきた」


 と口にした。


 この時だ。異界の生物の名を邪神と呼び出したのは。


 邪神によって木々は倒され、人は殺されていき、家は炎によって燃やされ、数分で村の面影は全くなくなっていた。


 もう村には殆ど生きている人はいなくなっていた。何人かは村の外に逃げ、それ以外は邪神に殺された。


 残っているのは目の前にいる少年と私だけ。


 村の人が逃げるまで少年は戦い続け弱っていた。

 それなのに、


「ここは俺に任せろ。俺なら全部倒せる。だから君は逃げろ」


 と後ろに立つ私に向かって大きく声を上げて剣を構える。


 剣を握るその手からはポタポタと血が流れ落ちていて、少年はすぐにでも死んでしまいそうなくらい脆かった。


 最初に逃げろと言ってからずっと少年だけは邪神と戦っていた。


 そんな少年を置いて私は逃げられなかった。


「でもっ!このまま戦ったらみんなみたいに絶対に死んじゃうよ」


 その姿を見て必死に戦いをやめるように説得する。


 しかし、少年は自分の体のことなど考えず、少女を守ろうと自分の体で少女を邪神から見えないように隠す。


 村の人間は二人を残して全員、なす術もなく殺された。邪神に勝てる可能性など殆ど無かった。


「今、戦わないで逃げても誰かが傷つくだけだ。ここで止める。誰も悲しませないように」


 その言葉に何も言えずに黙り込んでしまう。そんな中、邪神は少年を無視して私に襲いかかる。


「逃げろ」


 そう叫んだ少年は私の目の前まで走って襲いくる邪神の腕を剣で弾く。攻撃を防がれた邪神は狙いをもう一度、少年に戻すと尖った爪で少年を引き裂こうと容赦なく突っ込んでくる。しかし、それをうまく避け迫り来る邪神の手首を切り裂く。


 何度攻撃しても防がれる邪神は少年を警戒して、無理に突撃してこない。


「早く逃げろって言ってるだろ」


 今まで聞いたことないくらい低い声でそう呟かれたその言葉に私はちょっとした恐怖を感じた。謎の生物はまたしても襲いかかってくるが、剣で爪を弾き、体勢を崩した生物をそのまま足で蹴飛ばして吹き飛ばす。そして、私の方を見て、


「俺は大丈夫だから。心配するな」


 と呟く。


 目の前にいる少年は間違いなく強い。村の全員が何もできなかった邪神を相手にしているのだから。


 だが、それを圧倒するほどの数の邪神がそこにはいる。いくら強いと言ってもいつか体力は切れる。


「数で俺を圧倒しようってことだろ。でも、俺はそんなんに負けない。だから俺のことを信じてくれ」


 そんなことを言ったが少年は片腕に大きな傷ができ、それ以外にも色々なところに切り傷ができていて時々、ふらついていた。


「血がすごい出てるよ。そんな体じゃすぐに戦えなくなっちゃうよ」

「大丈夫だ。怪我はそこまで酷くない。さっき一発思いっきり腕に食らっただけだ。あとはそうでもないよ」


 息が切れそうになるのを誤魔化しバレバレな嘘をついてまでして少年は戦い続けた。謎の生物の攻撃を何度も避け、隙をついて攻撃をいれる。それを繰り返した。


 簡単そうに聞こえるその動作だが、もう数時間もそれを続けている。いつ倒れたっておかしくない状態なのにだ。


「もうやめてよ」


 少年には聞こえないくらいの声でそう呟く。


「今だって全然大丈夫だろ。だから俺のことは気にすんな」


 そんな話をしながら少年は剣を振る。一体また一体と邪神を斬っていく。


 話しながら戦う余裕なんてないのにもかかわらず少年は私を逃がすために必死に説得をした。


「それにな、俺は負けない。大切なものを守るために戦う。戦って勝って運命を捻じ曲げる。どんな状況でもな。だから心配しなくても大丈夫だ」


 少年はバックステップで一歩さがり一瞬だけど振り返り、


「俺は勝つ。だから、君は逃げてくれ。仮に俺が負けたとしても、まだ君がいればまだ負けたわけじゃない。君が生きていればこいつらを倒すことができる可能性はある。だから、君は生きてくれ。そしてこいつらを倒せる日が来るように」


「嫌だよ。絶対に死なないでよ」


 泣き叫ぶ私に少年は最後の言葉をかける。


「まぁ、俺は死なないから安心しろ。俺たちが両方生きていないとまた会うことなんてできない。だから、生きて、それでまたいつか出会えたら。そしたら」


 最後の方は聞き取れなかった。少年は笑顔でそう言って、また走り出していく。


 その少年の姿は決して物語に出てくるような英雄のようではなかった。でも、本当に一人で全て倒せるようなに思わせる強さと意志の強さを持っていた。


 そして、少年の意思を無駄にしないようにと、私はその場から逃げ出した。


 そして私は生き残った。


 数年後、村に戻ったが勿論そこに少年の姿はなかった。少年がどうなったのかわからない。


 でも、必ず生きていると信じている。

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