優しさには裏がある
鮎川さんに誘われるがままに、俺はカラオケにやってきた。俺はあんまり来ることがないから久しぶりに来て、少しだけこの閉鎖的な部屋にドキドキしてしまう。
「先輩は普段カラオケとかよく来ます?」
「いや、全然。だからちょっとドキドキしてるから」
「ふふっ。なら今日は私がそのドキドキを吹き飛ばしてあげますね。じゃあ、お先に一曲歌います」
そういって鮎川さんはマイクをとり、有名な歌手の名曲を歌い出した。ああ、つい聞き入ってしまうほど鮎川さんは本当に歌がうまい。
「すごい上手だね、鮎川さん。プロの歌を聴いているみたいだったよ」
「先輩にそこまで言っていただけるなんて光栄です。じゃあ次は先輩の番ですよ、何か一緒に歌いましょう」
「一緒にかぁ……。ならこれで」
それから俺は、鮎川さんとたくさん歌った。色々と抱え込んでいたものがあったからか、だんだんと自分でもびっくりするぐらいハイテンションになって喉が少し痛くなるぐらいまで。
でも、そのおかげで少し頭の中がスッキリした気がする。これならユキともしっかりと向き合っていけるかもしれない。
「今日はありがとう、鮎川さん。おかげで気分がスッキリしたよ」
「こちらこそ今日は楽しかったですよ。先輩が思いっきり歌う姿を見れましたし。ふふっ、先輩も意外と激しめな歌を歌うんですね」
「きょ、今日だけだよ。鮎川さんだってロック歌ってたじゃん」
「私は普段から聴いていますから。最近、私もすごいストレスのたまる出来事があったので、発散したんです」
「そうだったの?」
鮎川さんも悩みを抱えているのか。それなのに、俺のためにこうしてカラオケに誘ってくれて、楽しいひと時をくれたわけか。なら、俺もそれにお返ししないといけないな。
「なら、俺も相談に乗るよ。今日は鮎川さんのおかげで楽しめたし、俺に協力できることがあれば聞くよ」
「ありがとうございます、先輩。じゃあ、早速相談に乗ってもらいますね。……この写真、見覚えがありませんか?」
「……え」
俺は思わず言葉を失う。鮎川さんがスマホを取り出して、俺に見せてきた写真は、俺が決勝で負けた後に、ユキと公園でキスをしていた光景だったから。
「私の大好きな、梅崎先輩が性悪女とキスしていたんです。酷いじゃないですか、随分とこの女と激しいキスをしていて、見ていて実に不愉快でした」
「……あ、鮎川さん?」
写真を見せながら、鮎川さんは俺をソファーに押し倒す。さっきまでの穏やかな様子は一切消え、獲物を狙うかのような視線を俺に送りながら、話を続ける。
「私、これが初めてじゃないんですよ。屋上に続く階段の陰で、キスしてましたよね? 授業をサボって廊下を散歩してたら、たまたま見てしまったんです」
なんとか立ち上がろうとする俺を、鮎川さんは俺の身体にはのしかかることで無理やり押さえつけ、耳元で話し続ける。
ずっと知られていたってことか、俺がユキとキスをしていることを。なら、あの下駄箱に入れられていた写真も鮎川さんが……?
「だ、だからって盗撮するなんてどうかしてる! そ、それにわざわざその写真を下駄箱とかに入れるなんて、おかしいだろ!」
「はて? 下駄箱なんかに入れた覚えはありませんが……まぁ、盗撮はしていますね。でも先輩も悪いんです。私の思いに気づかないで、こんな女とコソコソキスし続けるから」
「そ、それは人の勝手だろ……」
「ダメですよ。そんな勝手、私は許しません」
鮎川さんは俺の話に耳を傾けることなく、自分のものだと主張するように俺の頭をさする。
「本当はちゃんと二人を引き離した後にこうするつもりでしたが……協力相手が本当に使えないので、こうして強硬手段を取ったんです。ああそうだ、抵抗する先輩も可愛いですが、もし私から逃げようとしたら、この写真学校にばら撒きますから」
「なっ……」
「ですので、先輩の選択肢は私の彼氏になる。それしかありません」
ニタニタと笑う鮎川さんは、もうすでに勝ちを確信しているようだ。でも、実際写真をばらまかれてしまえば、俺はもう学校に通えなくなってしまうだろう。それに、最悪プロの道も……。
だから、鮎川さんのいう通り俺はその選択肢に従うしかない。
「さぁ、どうしますか先輩? 私の彼氏になるなら……キスしてくださいね」
承諾すら悪趣味なことをさせてくる。でも、分かりきった答えだからこそ、そのような強気でいられるのだろう。……俺は、ユキが好きだ。だから、ユキ以外の人とキスなんてしたくない。
けれど、ここで俺が従わなければユキにも迷惑がかかる。……なら、ここでもう、それに従うしか———
「なに、してるの?」
ふと、聞き慣れた声が聞こえた。振り向くと、そこには……俺が見たことのない、怒ったユキの姿がそこにいた。
――――――――――――
よろしければ星(レビュー)やフォローをよろしくお願いします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます