優しい後輩


 「お久しぶりです、先輩」


 今日は昼休みに環境美化委員の集まりがあるということで、会議をする教室に行くと久しぶりに鮎川さんと会った。あの試合以降、なかなか会う機会もなかったし、自分から会いにいく気力もなかったから。


 まだ俺たちしかいないから二人っきり。喋らないわけにもいかない。


 「久しぶり。……試合、見にきてもらったのに不甲斐ないところ見せてごめんね」


 「いえいえ、先輩は間違いなく頑張ってましたよ。ほんとはすぐに励ましにいきたかったんですけど、最近することが多くて……」


 鮎川さんの顔をよく見ると、なんだか目のところにクマっぽいものができてた。寝てないのかな? 


 「大丈夫? あんまり無理しない方がいいよ」


 「……いえ、これぐらい大したことではないので。でも先輩にご心配をかけるわけにもいきませんね。ほどほどにします」


 鮎川さんはクールな表情を保ちながら、クスリと笑ってそう言った。美人はどんな表情をしても似合うなぁ……なんて、自然と思わせられる。


 「でも、私は先輩の方が心配です」


 「……え?」


 「先輩、何か悩んでいませんか? なんだか、不安そうな感じがするんです」


 「そ、そんなことは……」


 俺は必死に誤魔化す。ユキとの関係、選手としてのこれから。それに写真のこと。事実不安なことはたくさんあるけど……ちっぽけなプライドが弱さを見せまいと俺を動かしてるんだろう。


 「……」


 鮎川さんは俺の顔をじっと見つめる。そして突然……。


 「えっ」


 鮎川さんは俺の手を掴んで、こう言った。


 「委員会、サボっちゃいましょう。私、先輩と二人っきりでお話ししたいです」


 そういうと鮎川さんは俺に有無も言わせずに手を引っ張って、どこかに連れていく。思いもしてなかった展開に俺はされるがまま連れて行かれて。気づけば空き教室にいた。


 「……ごめんなさい、先輩。こうでもしないと、先輩は喋ってくれなさそうだったので」


 鮎川さんは申し訳なさそうな顔をしながら、俺の手を離す。


 「意外でしたか? 私がこんなことするなんて」


 「……うん。鮎川さん、真面目だからこんなことするなんて思ってなかったよ」


 「やっぱり、先輩にもそう見えてたんですね」


 クスリと笑って鮎川さんは席に座り、綺麗な髪を上げる。それから俺にも席に座るよう目配せして、俺も席に座った。


 「私、結構不真面目ですよ。たまに体調不良のふりをして、授業中廊下を歩いたりしてますから」


 「え、そうなの?」


 「はい。授業中の、誰もいない廊下を歩くのって結構気持ちいいんです。……あ、でも花壇の世話はサボったりはしてませんよ。人様にご迷惑をかけるのは、あんまり好きじゃないので」


 「……なんだ。なんだかんだ真面目なんだね」


 「ええ、中途半端に真面目ですね」


 今まで関わりこそあったけど、そこまで繋がりがなかった鮎川さんの意外な一面を見れて、思わず軽く笑う。鮎川さんもそれに笑みを返してくれた。


 「でもそれは先輩も同じだと思うんです。いや、先輩は中途半端じゃなくて本当に真面目な人だから……色々抱え込んでそうな気がして。ごめんなさい、放って置けなくて連れてきてしまって……」


 「……あー。やっぱり今の俺って……ダメなオーラ出てるのかな」


 最近の自分がどんどん冴えない存在になっているのはわかってる。ユキが告白されたことに嫉妬して、キスができるのが自分だけなんて優越感に浸ってしまうぐらい、ユキへの思いがどんどん強くなってるのに……。


 【好きだから……付き合えない】


 その言葉が俺を行動させてくれない。だから先にも進めずに、メンタルも暗いまま。言い訳なのはわかってるけど……告白を断られたときみたいに、またユキに拒まれるのが……怖いんだ。


 「……ダメなんかじゃないですよ、先輩は。先輩は頑張りすぎてるんです」


 「……え?」


 鮎川さんは視線を床に向けてた俺の顔をクイっと人差し指であげて、俺の目を見てそう言った。


 「いろいろ頑張りすぎちゃって、疲れてるだけだと思いますよ。きっと、先輩は元に戻れます」


 「……そ、そうかな?」


 「はい。だから、少し気楽に物事を捉えてもいいかもしれません」


 「……」


 確かに、なんでもかんでも真正面から受け止めようとしたら……疲れるよな。鮎川さんのいうとおり、気楽に考えてしまえば……いっそ楽だ。部活のことだって、写真のことだって、ユキとのことだって。


 「……ありがとう、鮎川さん。少しだけ、気持ちが楽になったよ」


 「いえいえ。私は大したことをしてないですから。……あ、そうだ。今度気晴らしにカラオケに行きましょう。私、結構歌上手いんですよ。それに、ペアなら無料になるチケットも持ってるので」


 「へぇ……。でも二人っきりじゃあれだし、他の人も誘おうよ」


 「いや、二人っきりがいいですよ」


 「え?」


 「先輩。今、仲のいい人たちとは……多少なりとも気を使っちゃうんじゃないですか? それじゃあリフレッシュはできないですよ」


 「……い、いや、でも……」


 「それに……私も先輩にご相談したいことがあるんです。だから……二人で、また会いたいなって思って……」


 「……」


 今日、こうして鮎川さんに励ましてもらったからこそ。俺は、この提案を拒むことが難しい立場にいた。それに……カラオケに行くだけなんだから、大したことなんて起きるわけがない。


 「……わ、わかった。それじゃあ今度行こう」


 だから俺は鮎川さんの誘いを受け入れた。


 「! ありがとうございます!」


 鮎川さんは本当に嬉しそうに笑っていた。こんな可愛い笑顔をする人なんだって初めて知った。……美人の満面の笑顔って、好意がなくてもドキッとしてしまうな。


 「それじゃあ、また連絡しますね。そろそろ教室に戻らないと……怪しまれたら、お互い困りますし」


 「そ、そうだね。じゃあずらして戻ろっか。俺から戻るよ」


 「わかりました。じゃあ私、少ししたら行きますね」


 そして俺は先に空き教室から出て、遅刻になるけど一応委員会をやってる教室に戻る。


 「……やった。ふふっ……ふふふっ」


 鮎川さんの企みなんて、知る由もなく。


  ――――――――――――

 更新がだいぶ遅れてすみません。

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