待ってるよ


 私、「浜地幸穂」は自分が嫌い。


 小さい頃から人前に出ると何もできなくて、いつも何かに怯えていた。

 おしゃべりが苦手で、友達も全然できなかった。

 夢もなくて、みんながキラキラ自分の夢を語っている姿が、とっても眩しかった。


 そんな性格だから、私は小学生の頃までよくいじめの標的にされて。だけど、それは大した問題じゃなかった。だって……ヒロくんが、いつも守ってくれたから。


 小さい頃からずっと一緒にいるヒロくんはいつも私のことを気にかけてくれて、一人でいる私と遊んでくれた。その姿は私にとって太陽みたいな存在で……私が小学生の頃からヒロくんを好きになったのは、当然のことだったと思う。


 だけど、中学生になるとヒロくんはだんだん遠い場所に行ってしまった。サッカー選手になるという夢を精一杯追いかけて、明るくて優しい性格だからキラキラした友達もいて……。


 でも私は? 私は友達なんていない。夢もない。趣味もなければ特技もない。そんな、とことん空っぽな自分がすごく嫌だった。


 だから私はこの恋が叶うだなんて思ってなかった。このまま、諦めるべきだと思ってた。なのに……中学二年生の頃、ヒロくんは私に告白した。


 嬉しかった。叶うはずがないって思ってたから。


 だけど同時に、その嬉しさ以上に……私は辛かった。


 私は何もないから。ヒロくんを幸せにしてあげられる要素なんて何もない。かっこいいヒロくんは、こんなダメな私と付き合って欲しくない。きっと、もっとヒロくんを幸せにしてくれる人が……いるはずだと思うから。


 だから私は告白を断った。好きな人から向けられる好意が、こんなにも辛かっただなんて……思わなかったから。


 本当に、ひどいと思う。ヒロくんが苦しむだけなのに、自分本位な考えで告白を断って。そのあとの中学時代はその罪悪感をずっと引きずって、ヒロくんとは気まづい関係になって……高校はヒロくんと別のところにしようか真剣に考えた。


 だけど、初めてヒロくんから離れることを考えたとき……私は、思った。


 ヒロくんがそばにいなかったら……私には何も残らないってことを。


 だから結局私はヒロくんと同じ高校に行った。そこでヒロくんとは、元の幼馴染の関係に戻れたのは良かった。だけど……ヒロくんはどんどんかっこよくなって、素敵なお友達もいて……昔ほど、喋ることはなくなって。どんどんヒロくんが、遠い場所に行っちゃった。


 一方私はずっと同じ場所にいた。ずっとずっと、ヒロくんの背中だけ見てて、もうとても手は届きそうになかった。そんな成長のない自分に嫌気がさして……私は、学校に行けなくなった。


 家にいる間、何度も何度も考えた。ヒロくんへの思いを断ち切るためにはどうしたらいいかを。でも……そんなの無理。だってヒロくん、私のことを心配してくれて、毎日私の元に来てくれたから。


 部活で疲れてるはずなのに、そんなの一切見せずにドア越しの私を常に気にかけてくれて。嬉しかった。ヒロくんが、毎日私のことを気にかけてくれて。


 だから私は部屋から出られなかった。ここにいれば、ヒロくんと毎日一緒に居られるから。


 でもある日、聞いてしまった。ヒロくんが、私に元に来るのをやめようって決めたのを。


 それはヒロくんの優しさから決めたことだったようだけど……私はそれが嫌だった。だって私の部屋にヒロくんが来るのをやめたら……本当に、私からヒロくんが居なくなってしまいそうだったから。


 でも私は自分から何もできそうになかった。だって私は一人じゃ何もできない。だからこのまま、ヒロくんと離れることになってしまいそうだったけど……。


  「……俺に何かできることがあったら言ってよ。できることなら……なんでもするから」


 ヒロくんがそう言った時……私の黒い感情が溢れ出して。なんでもしていいの? なら……ヒロくんが、私と離れないようなお願いをすれば、一緒に居られると思った。


 だから、私は毎日キスをすることをお願いした。……身体の関係は断られるかもしれないけど、キスなら……大丈夫かなって。それに……してくれたら学校に行くと言えば、ヒロくんはきっと断れないと思ったから。


 案の定ヒロくんは優しいから、そのお願いを聞いてくれた。そして私たちの、変わった関係は始まった。最初は嬉し恥ずかしくて……あんまりうまくできなかったけど、だんだん日にちが過ぎていくうちに……キスが気持ちよくなって、ヒロくんも、気持ち良さそうで。


 きっとヒロくんは私に普通の日常を送ってもらいたかったんだと思う。林原さんとか、柳くんと仲良くなって、お友達ができたらいいなって思ってくれてたんだよね。


 でもそんなの知らない。私はヒロくんとだけ一緒にいたい。


 その思いが止まらなかった私は、だんだん自分の中の黒い感情が膨らんでいることに気づいた。


 ヒロくんは、きっといっぱい幸せにしてくれる人はいる。林原さんと付き合ったら、本当にお似合いで素敵なカップルになると思う。だからあの時喫茶店で言ったことは本音。


 だけどね、私はいないんだ。ヒロくんしか、私を幸せにしてくれる人はいないの。


 だから私は思った。ヒロくんが私と同じところ……私でしか、幸せになれないところまで堕ちてくれたら……私は、ヒロくんを心から抱きしめられるって。


 ヒロくん、辛いと思うよ。誰が撮ったかもわからない、私たちのキスしてる写真を送られて、夢に近づく試合にも負けちゃって……いろんな人の思いを裏切って、責められて。


 ミサンガなんて、意味がなかったでしょ? あんなものじゃ、幸せになれないでしょ? 


 だってヒロくんを幸せにするのは……私だけだもの。


 今日、その時が来ると思ってたけど。ヒロくんはまだ堕ちきってないみたいで……断られちゃった。


 でもね。


 いつかヒロくんが、私の意思なんて関係なしに……理性なんてはち切れて、押し倒すぐらい私のことをいっぱい求めて。そして……私のことしか考えられないぐらい、私がヒロくんに抱いている感情と、同じように依存してくれるその時まで。


 大好きだよ、ヒロくん。私、ずっと待ってるからね。


 私のところまで、堕ちてくれる日を。


  ――――――――――――


 一章的なものが終わりました。これからの彼らに乞うご期待ください。


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