第68話 嘘と、もうしばらく
「……」
「……」
目が覚めた。暑い。苦しい。重い。でもなにか、柔らかくて気持ちいい……? と混乱するのは一瞬だった。すぐに思い出す。私に半分以上乗り掛かって肩口に頭をのせている、愛おしい少女。那由他ちゃん。彼女と昨夜、全てをさらけ出して愛し合ったのだ。
汗ばんだ肌のまま重なり合い、上半身が完全にのっかっているので普通に重いし、クーラーがきいているはずだけど暑い。それでも、愛おしくてたまらなくて、離れようなんて思わない。
上からのっかられているので、大きな胸がつぶれているのが下を向くと見える。ていうか肩じゃなくてちゃんと胸が見えるのすごくない? これを昨日、好き勝手に触っていたことを思い出すと、何だか朝からムラムラしてきてしまう。
とりあえず左肩にのってる那由他ちゃんの後頭部を右手でなでなでして気持ちを落ち着かせる。
時計をちらっとみると、時間は6時過ぎ。早すぎる。でも、昨日が何時だったか覚えてないけど、日付が変わるよりはずっと前だったはずだし、そんなものかな。
「んん……?」
「あ、ごめん、起こしちゃった?」
「千鶴さ、あ、す、すみません。上にのってたんですね。すみません。重かったですよね」
起きた那由他ちゃんはすぐにベッドに手をついて体を起こした。当然、全て丸見えになる。思わず視線が顔から動いてしまう私に、那由他ちゃんは恥ずかしそうに視線をそらしながら素早く私の隣に移動してそのままうつぶせになり、掛布団をひっぱった。
昨日はもう布団もなく、電気もつけたまま普通に見せあっていたし、それどころじゃないところまで全部見たのに。恥じらう那由他ちゃん、可愛い。
「そ、その……えへへ。昨日はその、た、楽しかったですね」
「ん、そうだね。那由他ちゃん可愛かったよ」
「は、恥ずかしいです。それに、それを言ったら千鶴さんだって、可愛いです」
「……照れるね」
那由他ちゃんを一通り可愛がってから、那由他ちゃんもまた私を気持ちよくさせたいと頑張ってくれた。なのでその、普通に、色々私もされている訳で、恥ずかしい。那由他ちゃんが色んな声出して反応してくれるの楽しくて可愛かったけど、私も色んな声だしてしまったし、普通に気持ちよくなってしまった。
いや、悪いことではなくていいことなんだし、那由他ちゃんも満足げにしてるけど。中学生にいいようにされてしまったのは、普通に恥ずかしい。私が先にしたとはいえ、那由他ちゃんあの状況で学習能力高すぎない?
まあ一応、優しくできたとは思うし、那由他ちゃんも普通によくなってくれたし、悪い雰囲気とか一切なかったから目的は百点満点に達成したけど。
「うーん。よし。ちょっと早いけど、もう起きちゃお。汗もながしたいしね」
「そうですね。冷静になると、ちょっと気持ち悪いかもです」
「一緒にシャワー浴びよっか」
「え? いいんですか? 昨日は駄目って」
ベッドから降りながら誘うと、那由他ちゃんはちょっと照れつつも悪戯っぽく笑いつつ掛布団から出てきた。女の子座りしてるその姿に、我慢したくなくてそっと手を引く。
「だって、もう我慢しなくてもいいでしょ? 昨日はさ、最初だからほら、歯止めが利かなかったけど」
「んふ、えへ、えへへ。そう、ですね。でも昨日の千鶴さん、凄く優しくて、全然そんな、歯止めがってみたいな感じじゃなかったですよ」
手を引かれて立ち上がった那由他ちゃんはちょっぴり恥ずかしそうに、体を隠すように私の腕に抱き着いてくる。確かに視覚的に大事なところは見えなくなるけど、胸、あたってるんだよね。
「まあそれはね、那由他ちゃんに嫌な思いはしてほしくないからね」
「はい。とっても、幸せな気持ちになりました。ふへへ」
「うん。じゃあ、シャワーの前にもう一回、幸せになろっか」
ぎゅっと正面からに変えて那由他ちゃんを抱きしめながらそう言うと、那由他ちゃんは相好を崩して、人差し指でつんつんと私の頬をつついた。
「んふふ、えへへ。千鶴さん、私のこと、大好きですね」
「もちろん、愛してるよ」
そのままベッドに逆戻りして、それからシャワーをあびて、それぞれでゆっくりしたのでちょっと疲れてしまったから使わなかったベッドに転がって少し寝た。そうして起きればちょうどいい時間だったので、身支度を整えた。
「うーん、何だか、変な感じですね」
「ん? どうかした?」
朝ごはんを食べて荷物の整理をしていると、那由他ちゃんは私をぼんやり見ながらそう言った。最後にボストンバックのチャックをしめながら尋ねると、那由他ちゃんはにへら、とちょっとだらしないくらいのとろけた笑みを見せてくれた。
心開きまくって隙しかない油断だらけの顔。可愛い。なでなでよしよししたい。
「えへへ。私、昨日までも千鶴さんのこと大好きですごく大切な人だったんですよ。でも、昨日のあれで、なんていうか、もう一段上がったみたいと言いますか、不思議なんです。だって、前からずっと、こんなに人のこと好きになるんだなって思ってたのに。まだ好きになるって、なんだか。えへへへぇ」
「うんうん。わかる。わかるよ。私も、そうだよ。何と言うか、世界かちょっと変わったようにすら感じるよね」
今までもずっと、那由他ちゃんは特別だった。だけどその特別の皮を一枚はいで、もっとしっかり見えるようになったみたいと言うか、肌で感じると言うか。あ、こういうとなんかいやらしくなってしまう。うーん、表現が難しい。
隣に座りながら言う私に、那由他ちゃんは両手をあわせて頷いてくれる。
「あ、世界、わかります。こう、何かがなくなって軽くなったみたいな気がします」
「もう、私たちの間には遠慮とか壁とか何もないもんね。これからは、嘘はもういらないんだよ。私たちはもう、何も隠すことない関係なんだ。堂々と婚約者でいようね」
「はい! ……あの、私は全然いい、と言いますか、嬉しいし、幸せですし、もっとこれからもしてほしいんですけど、こういうことをしたことって、私の親にも言ってもいいことなんですか?」
「………………」
ふと思いついたかのように、小首をかしげて純粋に不思議そうに聞かれた。
うーん? まあ、あの、一応、合法だよ? 合法。うん。婚約者になれたってことは、みんな私たちの関係を認めたし、そう言う欲求があることもわかってくれてるし、その上でお泊りにもおくりだしてくれてる。アブノーマルなことなんて何もしてないつもりだし、普通に認められた婚約者の範囲で愛し合ったつもりだ。
でも、まあ、それをね、あえて言うかって言うと、それはちょっと違うような気がするよね?
「あのね、那由他ちゃん。私は何も悪いことしてないよ。婚約者なんだもん。合法。合法だし、これからもこんな感じの関係でいるよ。でも、まあ、あえて言う必要はないよね」
「えっと……これまで待った意味って本当にあるんでしょうか?」
「あるよ! なんてこと言うの那由他ちゃん、私が犯罪者か否かの瀬戸際なんだよ」
那由他ちゃんは言わなきゃわかんないと思ってたし、それを言えば犯罪行為でも黙ってれば大丈夫で、どうせ親に秘密にするなら同じようなものだと感じているのかもしれない。いやでも、全然違うからね!?
合法か、違法かって、私の心が全然違うからね!? 誰にもバレずに訴えられないのだとして、自分が犯罪者だって自分でわかってるんだから、それ辛いからね!?
私が必死な顔で肩をつかんで言うと、那由他ちゃんは口元をひきつらせて目をそらしながら相槌をうった。
「あー、はい。えっと、とりあえず、千鶴さんが開き直ってくれて嬉しいです! これからも愛してくださいね」
そしてにっこり満面の笑顔でそう言って私の手を取って胸元で握った。
あ、めっちゃかわいい。めっちゃかわいいけど、開き直ったとか言われた。ううう。被害者側の那由他ちゃんにはわからないんだよ、この違いが。
だって、仮に那由他ちゃん18歳だとしてもだよ、年上の私が卒業待たずに手を出したっての合法でも知られたくないじゃん? 多少じとっとした目を向けられるでしょ? 黙っておくでしょ普通? 中学生だとしても、同じだから。それと同じで黙っておくだけで、中学生だから黙っておくとかじゃないから。だからこれは、婚約する前と後では全然違う理由なのだ。
……いやまあ、色々言っても、現実的には那由他ちゃんのご両親に内緒なのは変わらないけどさ。正直、婚約しようって頑張ってた時は、これでもう嘘とはおさらばだ! 正々堂々とした公明正大な付き合いになるんだ! みたいに思ってたけど、そんなわけなかったよね。
もうそこは、開き直ったと思われても仕方ない!
「もちろん、いつだって、何回だって愛するよ」
私は那由他ちゃんの手を握りかえしながらキスをした。もう一切ためらわず、唇にキスができる。その喜びと、だけどこれも、一応秘密にした方がいいのかな? と言う嘘をつくことの後ろめたさ。
だけどそれも全てひっくるめて、私は那由他ちゃんを愛してるし、この関係を変えるつもりも我慢するつもりもない。那由他ちゃんの一生は、もう私のものだ。
「……えへへ。嬉しいです。千鶴さん、もう一回、えっちなキスもしてくれますか?」
「うん。私もしたいと思ってた」
もう戻れない。この気持ちよさを知って、体も心も今まで以上に満たされたこの快楽を知って、また我慢なんてできない。私も、那由他ちゃんも。だから嘘とも、もうしばらく付き合っていかなければならない。
那由他ちゃんへの思いだけは、二人の関係だけはもう何一つ嘘がないから。だから、嘘つきにだってなってやろうじゃないか。それが私の罪ならそれも仕方ない。だって、那由他ちゃんと世界一素敵で甘美で幸せな、恋に落ちてしまったんだから。
「那由他ちゃん、ずっとずっと、愛してるからね」
「えへへ、はい。私も愛してます。ずーっと、私だけを愛してくださいね」
微笑む那由他ちゃんに、私は何度もキスをした。
○
おしまい
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