その後の話

第69話 お姫様抱っこ

「那由他ちゃん、ちょっと、ちょっとした実験があるんだけど、ちょっといいかな?」

「え? なんですか? 実験って」


 卒業を前にしてついに那由他ちゃんをお姫様抱っこできる自信ができたので、思い切ってそう声をかけた。直球で言わないのは、お姫様抱っこできるようになったよ、と言って期待させてできなかったら悲しませるからだ。

 地道に家でもダンベルで鍛えてたし、できる、と思う。と言うか、まだ那由他ちゃん中一だし、これ以上成長したらさすがに無理だと思うので、今のうちに実現させておきたい。


「まあとりあえず、ここ座ってみて」

「え? はぁ」


 戸惑いつつ素直に従ってくれる那由他ちゃんを、まず中腰で右膝をたてている膝部分に軽く腰掛けてもらう。


「私の首に手を回すようにして、ギュって抱きしめて」

「はい」


 おお。胸にものすごく顔が埋まる。これはいい。思わずすんすん鼻呼吸してしまう。あー、いい匂い。思わず抱きしめられたまま堪能してしまう。一生こうしていたい。たまーにこうなるけど、始まる前の抱擁で一瞬なるくらいだから、こうしてじっくり味わうことってあんまりないんだよね。でも、やっぱ大きな那由他ちゃんに顔が包まれるの、気持ちいいなぁ。


「あの、実験って、匂いに関係がある感じなんでしょうか?」

「ないです」

「実験と言う建前で、これから私はいろんなことをされるんでしょうか?」

「そう言うことでもないです。よし、じゃあ行くよ」

「あ、はい」


 疑われているので気持ちを切り替える。いやまあ、疑いと言うか、ちょっと期待されているみたいな言い方だったけど。今日はうち、今私たちしかいないので満更でもないけど、そう言うことではないので。


「しっかり抱き着いててよ、ふん!」


 太ももの後ろに左手をまわし、右手は那由他ちゃんの腰にまわし、ぐっと自分の体に引き付けて体をそらし気味に那由他ちゃんの体重を体幹にかけるよう意識し、地面をけるようにして立ち上がった。立ち上がった! 立ち上がれた!


「わ、わ! す、すごいです、千鶴さん!」

「き、鍛えたんだよ。那由他ちゃんを、こんな風にお姫様として愛せるようにね」


 大丈夫だ。ちゃんと那由他ちゃんがひっついてくれてるから体にかけられているし、どこかに特別負担がかかったりしてない。でも、普通に重いな!

 忙しい中でもこまめに全体的に筋トレをして、腕の力で36キロくらいは普通に持ち上げられるようになったから全身の力で持ち上げるなら行けると思ったんだけど、考えたらバーベルはこんな風にずっと抱いてないし、あんまり長時間は持たなさそうだ。

 ぐぐぐ。頑張って筋トレした結果、体重まで増えたのに。まあ見た目的には痩せたんだけど。でもこれ以上那由他ちゃんが成長したら、やっぱり厳しいな。今より筋トレするのも難しいし。


「わあ! う、嬉しいです。そんな風に思ってもらえて……えへへ。ほんとは、ちょっと、憧れてたんです。私、大きいからこんなの、無理だと思ってましたけど」

「那由他ちゃんがしてほしいなら、いつだってしてあげるよ。さ、下すね」


 首に回されているので、抱き上げて位置がずれたことで当然顔はすごく近いのだけど、その顔があんまり可愛く喜んでくれているのでつい調子のいいこと言いつつも、腕が震えてきそうだったので移動してベッドにおろすことにした。


「えぇ、もうですか?」

「だってこのままじゃ、那由他ちゃんとキスだって上手にできないからさ」

「ん……ふふ、そうですね」


 那由他ちゃんは顔を寄せて軽く私と唇をあわせてから、悪戯っぽく微笑んで了承してくれた。これはギリギリなのがばれてるな、と思いつつ那由他ちゃんがスルーしてくれてるので何でもないふりをして、そっとベッドに足から下した。

 はー。前かがみになっておろすの、普通に腕が震えてしまった。腰にも負担きてそう。でもこれで、念願のお姫様抱っこはクリアだ。


「んふ、ふふふ。ありがとうございます、千鶴さん。私の為に、頑張ってくれたんですね」

「うん……。那由他ちゃんがしてほしそうだったから、頑張ってみた」


 さすがに疲れたのは隠せないし、こんなの余裕だよとは言わない。那由他ちゃんが望むなら頑張るけど、余裕ではないし、そこはちゃんと褒めてもらわなきゃ割に合わない。

 ベッドに寝かせた那由他ちゃんの上にのりあがるようにして覆いかぶさりつつ、体の力を抜く。ああ、疲れた。

 那由他ちゃんはふふっと妖しい笑みを浮かべながらそっと下から手を伸ばして私のお腹を撫でる。


「前も千鶴さん細かったですけど、一昨年と比べて、特に最近はお腹も腹筋が固いですもんね」

「……うん」


 そう言えば一昨年、まだ清らかな関係だった時もお腹は見せてたね。お臍にキスされてた頃が懐かしい。今はお臍に舌入れてくるもんね。ほんとに恥ずかしいし、くすぐったいからやめてほしいんだけどな。那由他ちゃん、私の体のどこでも舐めようとしてくるし。舐めるの好きすぎるよ。

 ……その素養は最初からあった気がするし、私のせいじゃないよね? 私がいたいけな小学生時代に性癖植え付けたわけじゃないよね?


「千鶴さん、私、頑張ってくれた千鶴さんの筋肉に、お礼、言いたいです」

「……それはいいけど、筋肉だけじゃなくて、私自身も、もっと褒めてほしいかな」


 那由他ちゃんが私の服の裾から手を入れて素肌のお腹を撫でながらそう蠱惑的に微笑むので、私はそっと那由他ちゃんにキスをしてそうおねだりした。だって筋肉だけ労わられるのは納得いかないし。

 どうせすることは同じかもしれないけど、筋トレもある程度楽しいけど、めんどくさい日も頑張ったのは那由他ちゃんの為なんだし、私は那由他ちゃんに喜んでもらうために頑張ったんだから。その分はねぎらってほしい。

 純粋に喜んでもらうためだけど、いいじゃん。ちょっとくらい下心があって見返りを期待したって! 那由他ちゃんによしよししてもらいたいんだい!


「ぬふふ。うふ。千鶴さん、ほんとに可愛いですね。じゃあ、よしよし。頑張りましたね。千鶴さん、きてください。ぎゅってしてあげます」

「うん」


 ちょっと頭を撫でて那由他ちゃんが私の腰に手を回したので、そのまま腕の力を抜いて那由他ちゃんの胸に飛び込む。

 はー、落ち着く。やばいな。前からこうされるの好き、と思ってたけど、そのあとすぐある行為でだいたいうやむやになっていた。だけど、これ、いいな。

 ついでに頭をよしよしされて、もうほんと、どっちが年上なのって感じなのだけど。はぁ、ちょっとだけどお姫様抱っこで疲れたのと、これまでの努力が報われた感あって、すごい、癒される。


「あー、やばい、那由他ちゃんに溺れそう」

「ふふ、何ですかそれ。じゃあ、折角ですから、私で窒息死してくださいよ。よしよし。いい子いい子」


 いや、たとえ話でも怖いこと言うなぁ。前から思ってたけど、那由他ちゃんってほんと、言葉選びが不用意と言うか、無頓着と言うか。基本直球で言ってくれてときめいたりもするのだけど、うん。ぎゅっと勢いで抱きしめられるとほんとに苦しい時もあるから、あんまり冗談にならないんだよね。

 まあでも、そう言うところも、可愛い。そして大好き。年下で世間知らずで素直がすぎて可愛すぎて、その癖年上みたいな包容力もみせてくれるとか、いいとこどりすぎる。


「那由他ちゃん、じゃあ今日は、私を溺れさせてみてよ」

「ん、は、はい。頑張ります」


 私の言葉に那由他ちゃんはちょっとだけ力んだような返事をしてから、そっと頭から私の服に手を動かした。


 そして那由他ちゃんとちょっと汗をかいてしまったので、家族が帰宅する前に軽くシャワーを浴びた。汗だけなら汗ふきシートでもいいけど、唾とかも色々あるので、やっぱりシャワー浴びたいよね。


「那由他ちゃん、今度のお休みなんだけど、買い物に行こうと思ってるんだけどいいかな?」


 さっぱりして自室に戻ってきて、定位置に座って手を繋いだ状態でそう提案する私に、那由他ちゃんは少し目を細めながら頷く。


「いいですよ。何を買うんですか?」

「家具だよ」


 どうしても二人とも実家住みなので、あまり気兼ねなくイチャイチャすることはできない。と言っても、どこまでしてるかはともかくとして、主に家にいる母があからさまに気を使ってくれて私以外家にいない日とかは、わざわざいつまで帰らないと携帯に連絡くれたりして積極的に二人きりにしてくれてるのでそこまでは困っていないけど。

 そうは言っても、やっぱり気まずいし気は使うので、卒業と共に一人暮らしを予定している。


 すでに三月半ばには引っ越しできるよう、物件も確保している。今が二月なので、まだ一か月ほど先だし、家電もまだ全部はそろえられていないけど、着々と準備はすすんでいる。当然大学の方も問題ないし、今のところ順風満帆である。


「家電はまあ、私チョイスでもいいけど、家具とかは那由他ちゃんにも見てもらった方がいいかなって思って」

「はぁ。もちろん全然いいですけど。私が見た方がいい、と言うのは? 千鶴さんのお家なんですし、千鶴さんの好みでいいと思いますけど」

「まあ、机とかはそうかもだけど、ベッドとかさ。やっぱり二人で寝れるほうがいいしさ」


 今のベッドは那由他ちゃんの身長だとギリギリだし、二人ではさすがに普通に寝るのは難しい。重なって動いてる時はそこまで気にしてないけど、お昼寝する時とかは足がベッドからでてるし。


「あ、そ、そう……ですね。えへへ、そっか。千鶴さんが一人暮らしを始めたら、私、お泊りし放題なんですね」

「し放題ではないけど、まあ。……今までよりは気楽に、色々できるよね。お風呂にゆっくり一緒に入るとかもできるし」

「んふ……千鶴さんのえっち」

「えぇ。えーっと、その、な、那由他ちゃんみたいな美少女が恋人なんだから、普通だよ」


 実に嬉しそうにしながら罵倒されてしまい、思わず頭を搔きながら言い訳する。それに、那由他ちゃんもだいたいノリノリだし、むしろ普通に誘うの半々くらいだよね? さっきだって実質那由他ちゃんからだし。


「えへへ。冗談です。そんな千鶴さんも大好きですし、私も嬉しいですから。俄然楽しみになってきました。ベッド、いいのがあるといいですね」

「そ、それ以外も一応一緒に見てね?」

「ソファとかクッションとか、寝具ですか?」

「だけじゃなくて、絨毯とかカーテンとか、部屋の雰囲気だって、那由他ちゃんも落ち着くようにしたいし」


 そんな、そう言うのしか考えてないわけじゃないからね? ていうかそんな風に思われてる? 私普通に、そう言うの無くても純粋に那由他ちゃんのこと愛してるんだけど、伝わってるか不安になるな。

 ちゃんと最初めっちゃ我慢してたじゃん? まあ、結局中学で解禁したし、してすぐの時しばらくがっついてたのは否めないけど。


 思わずジト目の疑い顔になってしまった私に、那由他ちゃんは何ら後ろ暗いことはないようにニッコリ微笑んで見せる。


「わかりました。でも、私は千鶴さんさえいれば、どんな部屋でも落ち着きますけど、んー……やっぱり、千鶴さんがいたらどんな部屋でも落ち着かない、の間違いかも知れません。いつでも、ドキドキさせられますから」


 にっこり天使の微笑に、これにいつも誤魔化されるんだよなぁと思ってると、途中から不意にそんな小悪魔な笑みになって私の手を取って自分の胸にまであててしまった。どっちの那由他ちゃんも好きだけども。すぐ、すぐそう言うことする!


「那由他ちゃん……もう時間あんまりないから」

「何のことですか? 私はただ、一緒にいるとこんなにドキドキしてるって、知ってほしいだけですよ?」

「もう、意地悪」


 私は手を動かしながら那由他ちゃんにキスをした。確かに、触れただけでドキドキしてるのはわかったけど、そんなにドキドキ(期待)されて、無視できるわけないじゃん。汚れないようちょっとだけいちゃいちゃした。

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