思い
第18話 夏が近づく
那由他ちゃんとお泊り会をすることでもっと仲良くなれた気がする梅雨も終わり、とうとう夏がやってくる。
那由他ちゃんの期末テストについては、今は基礎を固めたいから捨てると言う選択をしているらしい。いいのかなーと思わなくもないけど、まあ一足飛ばしにテスト対策で無暗に暗記しても仕方ないのかな? と思わなくもないので本人の意思を尊重することにした。
那由他ちゃんを送る際に那由他ちゃんのお父さんとも面識ができたので、安心して一緒に遊ぶこともできるようになった。
あれから週に二回、那由他ちゃんのお父さんがお休みの前日はどうしても帰りが遅いし、作り置きもなくなり完全に出来合いのお弁当になってしまうと言うことで我が家でご飯を食べることになった。お父さんは恐縮していたけど、うちのお母さんと話してそう言うことになったらしい。
正直、那由他ちゃんがお弁当一人で食べてると聞いた時から、そうしてあげたい。とは思った。はっきり言えば高校生なのだから晩御飯を一緒に親と食べないくらいでそれはさすがにお節介が過ぎるだろう。自分が高校生のころを振り返れば週に半分も一緒に食べなかったし平気だった。
でもそれでも、平気だったのはその気になればいつでも一緒に食べれたからで、辛いなって時はいつでも親がいてくれたからだとわかっている。末っ子として甘えた生活をしてきたのも、今となっては多少は自覚している。
だから那由他ちゃんのことが心配だった。だけど那由他ちゃんの都合もあるし、お金の問題もあるし、信用問題もあるし、簡単にはいかないし、そんなこと気安く言えない。
そう思ったのだけど、母も私と同じように那由他ちゃんを気にかけてくれたのだ。さすがに電話越しにそこまで話は進まなかったけど、あの日に那由他ちゃんを母も送ると言い出したので一緒に行って、那由他ちゃんとリビングでゲームしている間に話をつけてくれたのだ。
塾の方も時間を調整してくれて、今まで以上に会いやすくなったし、気も使わなくなってよかった。
そんなこんなで、今や那由他ちゃんは我が家の準ファミリーと言っても過言ではない。
「あーついねぇ」
「そうですね。さすがに、日差しが強くてつらいですね」
なのでこの後も我が家で一緒に夕食を食べるのだけど、どうしても私の都合上、大学の勉強をするなら大学図書館の方がはかどるし、部屋も広くてやりやすい。だから平日は今も図書館での勉強会をしている。
「今日は閉めるね」
が、窓からの日差しが強すぎる。空調がきいていてもじわじわと熱いので、日光好きな私だけど我慢できずにブラインドをしめた。ブラインドだと完全に閉めてしまうので、開けたかったけど仕方ない。半端に開けてると眩しく感じて嫌いだしね。
「あ、やっぱり日差しの有無で違いますね」
「だよねー。ところで質問なんだけど、もしかして那由他ちゃん、真夏もベスト着てる感じなの?」
ほっと息をついて、珍しく襟元を緩めて軽くあおいだ那由他ちゃんに前から気になっていたことを尋ねてみる。
そう言う子も確かにいたけど、待ち合わせ時には那由他ちゃんは額に滲んだ汗まで拭いていてむしろ暑がりっぽいし、オシャレで頑張ってるわけでもないのに着るのか。と暑がりで一枚でも脱ぎたい私はちょっと引いてしまう。
「え、は、はい……その、す、透けるのが、嫌なので」
「やっぱりそう言う感じなんだ。インナーシャツとか着ても駄目なの?」
「あ、う……ゆ、揺れ、とか、ありますし、その、ちょっとでも抑えたいと言いますか……は、恥ずかしいので聞かないでください」
那由他ちゃんは恥ずかしそうにきゅっと苦しそうなくらいネクタイをしめて背を丸めてそう言った。まるで私がセクハラをしているようだ。でも夏もベスト着てるの? だけで透けるからまで自主的に答えてくれたのは那由他ちゃんなのに。
と言うか、私だって透けるのは嫌なのでインナーシャツを着たり色を考えたりはするけど、ベストはちょっとない。クーラーきいているところにいったら逆に寒いからと着ている子がいるのは知っているし、それなら納得しないでもないけど。でもずっと暑いのに着てるのはやばくない? 巨乳は揺れまで周りの目を考慮しなければならないのか。大変だなぁ。
「那由他ちゃんがそう言うならいいけど、脱水症にだけはならないように、水分補給は気を付けるんだよ」
「は、はい……」
私が真面目な顔のままそう言ったので、那由他ちゃんも神妙な顔で頷いてくれた。うんうん。まあ那由他ちゃんクラスだと自己防衛で目立たないようにするのは大事だよね。
「よし。そろそろ熱気もひいたし、真面目に勉強しよっか」
とようやく本日の勉強会を真面目に始めようとしたところで、ぶぶぶと私のスマホが音をたてた。机の上のバイブってどうしてこんなに響くような気がするのか。不思議だ。
「ごめんね」
「いえ、大丈夫です」
一言謝罪しつつ、那由他ちゃんは気にした様子もなくそのままペンを走らせ出したのでそのままスマホをつかんだ。
友人からで、今日の二限目のレジュメとかコピーさせろ。ときた。そういやいなかったな。ギリで飛び込んでいつもと違う席だったからあんま意識してなかった。
この友人は高校からの付き合いなのだけど、相変わらず図々しいやつだ。昔から妙に要領がよくて、私のノートをコピーしては私を上回る点をとったりする小賢しさがある。なので簡単にOkしては癪だ。とりあえず断わって、なにかしら対価を提示させよう。と思ったのだけど、最近那由他ちゃんとの付き合いを優先させていて付き合いが悪いことを思い出し、仕方ないのでここは甘やかしてやることにした。
と言ってもわざわざ行ってやる必要はない。まだ大学にいるなら取りに来いと返事をしておく。
「千鶴さんは……」
「ん? なに? わからないとこあった?」
「い、いえ。そうじゃなくて、その、よく、連絡くるみたいですよね。お友達、多いんですね」
「そんなに那由他ちゃんの前でやり取りしてたっけ? わりとスルーしてると思うけど」
「つ、通知音が来るってことは、そうですよね?」
那由他ちゃんはなにやらノートの隅っこにぐるぐると落書きをしながらそう尋ねてくるけど、いやそうでもなくない? 通知音は業者からのもくるし。いやまあ、業者は通知OFFにしてるから、実際那由他ちゃんの前でなってるのはほぼ友達だけども。
でも私以外に友達のいない那由他ちゃんに、そうそう、結構いっぱいいるよー。と言うのはちょっと自慢が過ぎるだろう。
「そうかな。まあ、友達はそこそこいるよ。てか今から一人来るし、紹介するよ。おおざっぱだけど悪いやつじゃないから、那由他ちゃんも仲良くできるんじゃないかな」
「え? 千鶴さんより、ですか? あ」
「……うん、まあ、おんなじくらい、かなぁ?」
よし。那由他ちゃんの友達を増やそう、と思って軽くそう提案したのに、まさかの真顔で聞かれた上に、はっとして気まずそうな顔された。
いやまあ、自覚はしてますけどね? でも、那由他ちゃんにもちゃんと認識されていたか。隠し切れないんだなぁ。こう、にじみ出るO型の血がね。
「あ、あ、あ、あの、ちが、ちがくて、あの、お、大らかだから、千鶴さん大らかで、こう、優しいからですね」
「うん、大丈夫。それ以上フォローされると逆に凹むから、ね?」
「す、すみません……」
いいんだ。誰も悪くないよ。……いやこれ私が悪いからなのか? いや、いやいや。そんなことないでしょ。うん。大らかで心が広いってことだからね。
しゅんとする那由他ちゃんに、そっと頭を撫でて誤魔化すことにする。
「そんな気にしないでいいよ。冗談だって。私、自分がおおざっぱな自覚普通にあるしね」
そしてそんな自分を嫌いではないのだ。むしろこの位が生きやすいと思ってるからね。まあ那由他ちゃんには尊敬するお姉さん的立ち位置でいたいので、そう思われていたことに思うところがないとは言わないけど。まあ、しゃーないよね。あふれ出るおおらかさが出ちゃうこともあるよね。
「あ、いたいた。千鶴」
なんて会話をしていると、件の友人、金森聡子(かなもりさとこ)が無遠慮にドアをあけて声をかけてきた。他に人がいないからいいものの、自習室のドアの開け方にしては乱暴だろう。まあまあうるさい。
「おはよう、聡子。ドアはもっと丁寧に開閉した方がいいよ」
「おっはよ。何急に丁寧ぶってんの? ん? てか横の子、連れだよね?」
「そうだよ。色々あって友達になって勉強教えたりしてる感じ。那由他ちゃん、言ってた私の友達の金森聡子だよ。自己紹介してもらっていい?」
「あ、は、はいっ」
那由他ちゃんの隣の席前までやってきた聡子に、那由他ちゃんは緊張したように勢いよく立ち上がった。
「ご、ご、ご紹介に、あ、預かりました、さ、里田、な、ななゆ、那由他、です。よよ、よろしく、お願いしますっ」
「あ、うん。よろしく。ご丁寧にどうもぉ。金森聡子です……え、っと。その制服、もしかしてそこのしょ」
「あ、あ、あ、その、あの、あの!」
「ど、どうしたの那由他ちゃん? 興奮してる? どうどう」
那由他ちゃんをじろじろ見てから驚いたような顔で返事をする聡子に、何故か那由他ちゃんは慌てたように両手を前に振りながら何かを言おうとするけど、どもってばかりで全然言葉が出ていない。
どうしたの急に。びっくりしてしまい、私も立ち上がって那由他ちゃんの背中を撫でながら落ち着かせる。
「あ、ああ。きゅ、急に、すみません、あ、あの、えっと」
「落ち着こう。まあ見てのとおり、私らの後輩である現役女子高生だね。将来はうちの大学目指してるし、系列校だし。ちょっぴり人見知りだけど、仲良くしてよね」
「んん? うーん、はあ、なるほど。とりまわかった。まあ、別に私はどうでもいいけど、言ってた資料、コピーしてくるし貸してくれる?」
「いいけど、冷たくない? こんな美少女がよろしくって言ったのになにその塩対応。もっと友達になりたがりなよ」
ファイルにまとめている資料を出しながら文句を言うと、聡子は眉をよせてまあまあガチで軽蔑をこめた目を向けてきた。
「ロリコンかよ。それはそれでキモイでしょうが。まあ人見知りかもしれないけど、だからって友達斡旋みたいなのまじでお節介でうざいからやめな? ましてその子望んでる訳でもないでしょ」
「えぇ……うーん、確かに、紹介するよって言ったけど、那由他ちゃんそれに対して返事くれてなかったけ? あれ、ごめん、嫌だった? 無理やり自己紹介させちゃった感じ?」
私から勝手に名前言うのもどうだろう。かといって下の名前で呼ぶのをやめるとかも不自然だし、本人に任せよう。としただけなんだけど、だ、駄目だったかな?
そっと那由他ちゃんの顔を覗き込んでみる。那由他ちゃんは一瞬目を泳がせたけど、すぐにはにかんだ笑みを向けてくれた。
「い、嫌ってわけじゃないです。その、自己紹介は苦手なので、練習にもなりま、あ、す、すみません。あの、か、金森さんを練習台にした、とかでは、ないんですけど」
「ああ、私のこと気にしなくていいよ。人見知りの女の子の挨拶練習になるくらいどってことないし。千鶴の友達なんだし、里田ちゃんがいいならいいよ。別に仲良くなりたくないってわけでもないし」
いやこの流れで聡子に謝るとかいい子すぎない? そのくらい言葉の綾だってわかるって。でもこれで那由他ちゃんのいい子っぷりが伝わったのか、聡子は頭を搔きながらぶっきらぼうにそう言った。照れてるな。全く、可愛いやつめ。
「聡子は口が悪いけど、根はいいやつだから気にしないでいいからね」
「いちいちそう言うこと言わなくていいから。ただ練習はいいけど、ちゃんと本人の了解とれって話ね。じゃあコピーしてくるから」
「りょりょ」
資料を渡して聡子が部屋を出た。図書室入り口にあるコピー機まで行くだけなのですぐ戻ってくるだろう。
「ごめんね、急だし緊張しちゃったかな?」
「い、いえ、大丈夫、です」
那由他ちゃんは健気に微笑んで、自分の胸をなでおろしながらそう言った。結構な緊張度だったし、戻ってきた際はさらっと今日のところは帰ってもらうようにしよう。
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