恋に落ちると言うこと
川木
出会い
第1話 出会いは雨の中
「うわっ」
降水確率30パーセント。出がけに迷った末に放置した傘は、持ってくるべきだったようだ。大学を出て帰宅途中、ついに降りだしてしまった。しかも結構な勢いだ。
鞄を胸に抱えて走り出す。駅まではまだ遠い。そんなに体力もないし、途中のコンビニで休憩したいけど、コンビニまで通り二本もあり信号もある。この雨脚だと結構濡れてしまうかもしれない。
「ん? あ!」
とそこで、いつも横を通っていても普通にスルーしていた神社の存在に気が付いた。神社なら半ば公共の場。お賽銭をいれて屋根の下にいれてもらおう。
三段ほどの階段を駆け上がり、手水場を走り抜けて社殿まで走った。と言ってもそう大きな神社ではない。10メートル足らずでたどり着き、賽銭箱先まで屋根があるが、風で雨が入り込んできそうなので賽銭箱の裏側にまでお邪魔させてもらおう。柵すらないので階段をそのままあがって通路部分まではいりこめてしまうくらい緩いが、さすがにそこまで入るのは図々しいだろう。
確か、大学に入学してすぐに友達と周辺の散策ついでに寄った時に無人だったはずだ。なので雨宿りしても見咎められる心配はない。
礼拝し、お賽銭と挨拶をしてから、賽銭箱の裏側に移動して鞄を社殿への上り口の階段に置く。軽く体をハンカチを出すのも面倒なので軽く手で衣服を払っておく。本当に近かったので、そう濡れていない。気温も低くないし、このまま時間をつぶしても風邪を引くほどでないだろう。助かった。
そのまま階段部分に腰かける。木製の神社は、無人と言うイメージに反してしっかりとしている。と言うか普通に綺麗だし、無人なのが意外なくらいだ。常駐していないだけど、よく管理されているのだろう。
一応、今腰かけているのが拝殿になるのだろうか。社務所もないし、神社に詳しくないのでよくわからないけど。凸みたいな、飛び出ている部分の拝殿と奥の御神体があるであろう本殿がくっついている形だ。その場合も呼び方をわけているのか、よくわからない。地元の神社だと、この賽銭箱の奥の部分では参拝客も中に入る形で御祈祷とかしていたので、この辺りは入ってもいいはずだ。
神様だって、お賽銭もしたのだし出て行けとはいわないだろう。
「ふぅ」
急に走ったので、少し疲れた。息をついてスマホを取り出す。二回生までで基礎はほぼとったので、時間的には余裕がある。今日はバイトもないのでゆっくりさせてもらおう。
「くしゅんっ」
「?」
ふいに可愛らしい音がした。一拍遅れて、くしゃみの声だと気が付いた。誰かいる。一瞬ぞくっとしてしまう。突然降りだしたばかりの雨だ。他に人はいないと思い込んで振る舞っていた。独り言は言っていなかったと思うけれど、恥ずかしくなってきた。
とりあえず、声の主を探すことにする。手遅れかも知れないけれど、そっと物音をたてないように腰をおとしたまま立ちあがり、音のした方を振り向く。
通路左手側の角を曲がった奥から聞こえたようだけど、建物の陰になっていて見えない。鞄を胸に抱え、ゆっくりと軒下から出ないようにしながら移動する。
「……」
角からそっと顔だけで覗き込んだところ、目があった。どこか見覚えのある制服を着た年下の少女が、胸の前で鞄を抱いて縮こまるようにしてこちらを見ている。どう見ても不審者におびえる未成年者です。
「ど、どーもー、お邪魔してまーす」
ここで黙ってなかったことにして戻りたくなったけど、それをすると同じように雨宿りしているこの子が、きっと雨が止むまで怖くてしかたないだろう。同性とは言え、見知らぬ大人は怖いだろうから。
ならばここはあえて陽気にうざい位話しかけてくるけど、害だけはないことが分かるおばちゃんキャラでいくしかない!
「ごめんねー、びっくりさせちゃったね。雨急にふってくるんだもんねー。隣いいかな?」
「あ、は、はぃ……」
隣、と言ってももちろん距離は手を伸ばしても届かない程度にはあけて座る。小さく女の子がほっとするのを見ながら、気づいていないふりをして明るい声をだす。
「怪しいものじゃないよー。私そこの大学行ってる山下千鶴です。あ、ごめんね。勝手に名乗ったけどあなたに名乗ってってことじゃないからね。雨急にふってきたよねー」
あ、これさっきも言ったわ。と言ってから気が付いたけど、他に言うことが思いつかず、頭を搔いて誤魔化す。駄目だ。おばちゃんのようにと思っても、おばちゃんが見知らぬ他人とどんな話をしてるのか全く分からない!
「は、はい」
「あ、飴食べる? 体温下がると体力使うからね。フルーツのど飴なんだけど」
仕方ないので伝家の宝刀を切る。おばちゃんではないけど、先日風邪気味で喉ちょっと乾燥するかも? と思って買った袋飴がまだまだ残っているのだ。個包装だし買ったばかりだしこれは安全。一緒に美味しいね、と言えば距離感も縮まり、食べていればしゃべらなくても間が持つだろう。
「ミカン、レモン、モモ、ブドウなんだけど、何が好き?」
「じゃ、じゃあ……ミカン、で」
鞄から袋を出して手のひらに出しながら尋ねると、少女はおずおずと答えてくれた。イエス! いい傾向だ。
ミカンを出して手が届く真ん中あたりまで手を伸ばして差し出すと、少女がそっとつまんだ。その際、手のひらに触れた少女の指先の冷たさに驚いた。
それと同時に、目の前の少女がずいぶん濡れていることに気が付いた。びしょぬれとまで言わずとも、着衣でシャワーを浴びて軽く拭きました、くらいまでは濡れている。滴るほどではないが、全身湿っているようだ。
「ん。あ、ありがとうございます。美味しい、です」
少女は飴を口に入れてぎこちなく微笑んだ。前髪が長く目が半分以上隠れているのでわかりにくいが、少し空気がゆるんだ。
「そか。よかったよかった。随分濡れてるね。私タオル持ってるから、拭きなよ。あ、汚くないからね? 一応持ってきたけど使わなかった奴だから」
汚くはない。鞄の前ポケットに先週末の雨の日に入れておいて、忘れて使わなかったのでセーフ。ちゃんとナイロン袋越しだし。
面倒で入れっぱなしにしておいた上に忘れていたけど、役に立ってよかったよかった。
取り出してそっと、あ、いや待てよ? 私は綺麗とわかっているけど、女の子からしたら嫌では? どうだろう。私は自分がわりとおおざっぱなタイプなのを自覚しているから、逆の立場で知らないおばさんの使いさしのハンカチ借りたこともあるくらい平気だけど。
「も、もしよかったらね。寒かったらね。ここに置くね」
そっと袋ごと間に置くことにした。ワンテンポ置くことで、断りやすくなるだろう。言葉で敢えて確認すると断りにくいとかあるしね。
「は、はい……ほ、ほんとに、借りても大丈夫ですか?」
「もちろん。使って使って」
「あ、ありがとうございます」
どうやら警戒をといてくれたようで、女の子はそっとタオルを取り出して頭を拭きだした。よかった。ここまで打ち解ければ十分だろう。
これで不審者だとおびえさせることはないだろう、と一安心しながらさり気なく女の子を観察する。
制服なので年下なのは間違いないだろうし、おとなしい性格のようなので、さっきから気を使っていたけれど、改めて見ると私より背も高いようだ。ずっと背中を丸めているけれど、その上で私と目線同じくらいだし。あと最初は鞄を胸に抱えていたけれど、飴を受け取ったあたりから鞄を置いたことで、胸部装甲の大きさもわかってしまったし。
あえて言うが、私は平均的な体格だ。身長だって155センチ。大きいとは言えないが、背の順で常に真ん中あたりで中肉中背のごく平均的なスタイルと言っていいだろう。
特に普段自分の体にあれが足りないとか、大きな不満はない。だけど年下の少女で自分より背が高く胸が大きく、かつ腰や足の細さが見えスタイルめっちゃいいのを見せられると、多少思うところがなくはない。手も長いようなので、足も長いのだろう。最近の子スタイルいいんだなぁ。まあ多分高校生なので、3つくらいしか違わないだろうけど。
と、警戒が解かれたのをいいことに相手を観察して、髪を拭き終わりはたくように衣類も拭きだしたのを見て、不意に違和感に気が付いた。
そもそもこの神社、入り口は私が入った一か所しかないのだ。なので私より先にこの女の子はいたはずだ。そして雨は降りだしたばかりで、なのに女の子は私より濡れている。
……? え、雨に関係なく濡れていた?
疑問は浮かんだが、理由がわからない。まあさすがにそんなことまで聞く必要はないだろう。転んで手水場で濡れたのかもしれないし?
「あ、あの。ありがとうございます。その……私、里田です」
「里田ちゃん。そうなんだー」
フルネームではなかったけど名前まで教えてもらってしまった。今日限りの関係だろうけど、女子高生になつかれるのは悪い気分ではない。随分引っ込み思案のようなので、より何とも言えない達成感がある。
相槌をうつと里田ちゃんははにかんだ。長い前髪の隙間から除く目は、ちゃんとこちらを見てくれているようだ。なかなか可愛い顔立ちのようなので、前髪がもったいない。普段は流しているけど、濡れているから前に垂れているのだろうか。
「あ、あの、タオル、洗って、明日、あ、えと、ご、ご都合の良い日にお返しします。い、いつがいいですか?」
「そんなの気にしなくてもいい、けど、えーっとね私は明日でも明後日でもいつでも大丈夫だよ」
気にしないでいいから、そのまま返してーと気楽に言おうとして路線変更する。気にしすぎかもしれないが、女子高生に使わせてそのまま強引に回収すると言うのも人聞きが悪いかもしれない。今のご時世、同性と言うだけで油断はできない。未成年搾取は犯罪である。よく知らないけど、だからこそ注意が必要である。
里田ちゃんはこくりと頷くと、ナイロン袋をとって元の様に入れてから自分の鞄に入れた。丁寧なことだ。私ならぐちゃってつっこんでいる。
「えと、じゃあ、明日、お願いします。山下さん」
「うん。時間は同じくらいでいいかな?」
「はい。大丈夫です」
里田ちゃんは話がまとまったからか嬉しそうに頷いた。明日は二限目だけなので、少し時間が空いてしまうが、まあ適当にしていればいいだろう。どうせ暇なのだし。
それから10分ほどで雨が上がり、お互い穏やかな空気で別れることができた。
最初はどうなることかと思ったけれど、女子高生を一人ぬれねずみから助けることができたのだ。よかったよかった。
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