第15話 とある前世の記憶②

 目の前には二万の軍勢。


 こちらの戦力は、まぁ、多く見積もっても三百といった所であろうか?


 ものの数分もすれば、我々は全滅する。


 別にそれは構わない。


 自分が死ぬ事は怖くない。


 むしろ、ようやくゆっくり眠れると、喜びすら覚えているくらいなのだ。


 ただ一つ、心残りがあるとすれば、

 私は、幸せが見たかった。


 この地上に立つ全ての人間が、笑っていられる世界を、私は生きてみたかった。


 でもそれは、きっと最初から叶わぬ夢であったのだろう。


 現に今、私達は、修羅の如き顔をして、殺したくもない人々と命を奪い合っている。


 誰だって、幸せが欲しい。


 人を殺す為に生まれて来た人間など、この世界には一人もいない。


 だから、ほら、見てみると良い。


 この戦場に立っている二万数百の兵士達は皆歯を食いしばり、血の涙を流しているではないか。


 誰も人を殺したくない。当たり前だ。


 仲間の命を守る為。


 平和な世界を手に入れる為。


 自分の心を誤魔化す為の大義名分なら星の数程ある。


 でも、このおびただしい数の【死】を踏み越えたその先に、果たして幸せなどあり得るのだろうか?


 幸せを手に入れる為には、何人殺す必要がある?


 平和な世界を構築するには、いくつ死体が必要なのだ?


 ここにいる人間は皆、心から死を願っている。


 早く終わりたいと、もうこんな世界には立っていられないと。


 皆んな幸せや平和が欲しいだけなのに、どうしてこうなった?


 なぜ平和を願う人々が、見ず知らずの殺したくもない人間を、嫌だ嫌だと叫びながら殺しているのだ?


 あぁ、私は、力が欲しい。


 人を殺す為の力ではなく、この現実を変える為の力が、理想を世界に実装する為の力が私は欲しい。


 ただ生まれた場所が違うというだけの、私の事を殺したい等とは微塵みじんも思っていない敵兵が、私に斬りかかってくる。


 もう、戦うのはやめにして、ここらで殺されてしまうというのはどうだろう?


 どうせ生き残った所で、人はいつか死ぬのだから。


 彼らが私の死の先の世界で、仮初かりそめの幸せを享受きょうじゅ出来るというのならば、私のこの命を差し出す事は、少しもやぶさかではない。


 私は考える事をやめた。


 世界から音が消える。


 目の前の兵士の動きはまるでスローモーション。


 彼の上げる叫びは、まるでミュートされた様に、私の耳には届かない。


 一人、二人、三人、四人。


 十人、二十人、三十人、四十人。


 百人、二百人、三百人、四百人。


 千人、二千人、三千人、四千人。


 一万人。


 そして……、二万人。


 気が付いた時には、目の前に二万の死体が転がっていた。


 その惨憺さんたんたる光景は、幸せとは程遠い、まさに無限地獄そのものの様であった。


 どうやら二万体では、平和な世界を作るには足りないらしい。


 私達はいくさに勝って、この世界に敗北したのだ。


 あぁ、私は、力が欲しい。


 幸せを手に出来る程の、力が欲しい。


 

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