第12話 お悩み相談のスペシャリスト
やっほぉ〜。
俺は
日本で一・二を争うエリート校で、一年生にして、野球部のリードオフマンを任されて今年の夏の甲子園では全国制覇を果たした、超高校級のショート・ストップだ。
一年生にして、早くもプロ注目の爽やかイケメン。
そう、もう気付いてる人もいるかもしれないけれど、俺は最高にナイスなガイなんだ。
勉強も出来てスポーツも出来る高身長イケメン(
そして今まさに、新進気鋭のTikTokerから相談を受けている所なのだ。
SNSで活躍するインフルエンサーも頼りたくなる俺って、やっぱりカリスマなんだなぁと思う。いや、マジで。
『TikTokがバズったから、そのノリでYouTubeチャンネルを開設したら、めっちゃアンチが湧いて炎上したんだ。もう、メンタルボロボロで、TikTokの動画を撮影する気も起こらないんだよ』
ついこの間まで不登校だったインフルエンサー山中。
こいつは俺の幼馴染で、少し気の弱い所が玉に
そんな山中が、先日ひょんな事からTikTokで大バズりして、今では人気のクリエイターとして大活躍している。
昔からの友人が成功する姿を見るのは、本当に気持ちの良いものだ。
何より、人間関係に悩んだ挙句、絶望して不登校に追い込まれた山中が、SNSで何百万という人々と繋がっているという事が、最高に嬉しいのである。
袖口からのぞく、都内の一頭地の戸建て住宅並みの価格の腕時計がちょっとだけ鼻につくけれど、まぁ、それはご愛嬌。
だからYouTubeに参入して炎上した事で、彼がSNSに恐怖心を抱かない様に、俺がお悩みのスペシャリストとして、山中の悩みをあっという間に解決しようと思う。
『何言ってんだよ山中。アンチっていうのは敵じゃないし、炎上するのはそんなに悪い事じゃないぞ』
『お前はアンチコメントされた事も炎上した事も無いから分からないんだ。確かに、一つ一つは大した事はない。だけど、悪意の言葉が数百、数千、数万と数を増やして襲い掛かってきたら、人間の心なんてひとたまりもない。もう人生なんてどうでもいいから死んでしまおうか、なんて思ってしまうくらいに、エゲツない切れ味で心を切り刻んでくるんだよ』
山中は、アンチコメントで埋め尽くされたスマホの画面を俺に見せてくる。
確かに、そこには心無い言葉の数々が
言葉には力がある。
アンチコメントによって死に追いやられる命もあるのだろう。
『アンチコメントは確かに褒められた事じゃない。言葉には力が宿るから、仮に、直接的でないデジタル空間であったとしても、人を傷つける言葉を吐くべきではないと、俺も思うよ』
それはそうだ。
クリエイターというものは、人に楽しんでもらえる様に、自分の命の時間を削ってエンターテイメントを作り出している。
なのに、そのお返しが、
『でもさ、方向性は間違っているとしてもアンチコメントには確かに大きな力が込められている。ある意味では、アンチはファンよりも数倍熱心にクリエイターの作品を鑑賞しているといってもいいだろう』
その目的は、動画を楽しむ為ではなく、自らの日々のストレスをアンチコメントという武器に変えて、クリエイターの心臓に突き刺す為かもしれない。
それでも彼らは、
そして
『だから彼らのコメントは、上手く活用出来れば、お前をさらに飛躍させる助けになる可能性を秘めているんだ』
『でも、そんな事言ったって、こんなもの何時間も眺めていたら、心がぶっ壊れて廃人になっちまうよ』
TikTokerとして充実した日々を送り始めて以来、ずっと光り輝いていた山中の瞳に、陰りが差している。
『お前なら大丈夫だ。俺は知っている。お前はこんな事で潰れる男じゃない。お前は必ずアンチコメントも炎上すらも力に変えて、世界一のクリエイターになる。俺はそう信じてる。だからお前もお前の力を信じろよ』
山中は、スマホのアンチコメントのいくつかに目をやった後で、
『分かったよ。今すぐには無理かもしれないけれど、俺はアンチコメントも炎上も必ず乗り越える。だってさ、表現する楽しさをしっちゃったから。俺はもう、エンターテイメントをやめる事なんか出来ない。だから、俺は俺を信じて、エンターテイメントを心から楽しんでみるよ』
ありがとうな、と言って教室を後にする山中。
休み時間にわざわざ隣のクラスからお悩み相談にやってくる人間がいるくらいに、俺のお悩み相談能力は天下一品なのだ。
昼休みはまだまだある。
今日は天気が良いから、屋上で日向ぼっこでもするかな、と席を立ち上がろうとした所で、
『えいっ、えいっ、えぇ〜いしょっ』
と、俺のクラスで浮きに浮きまくっている女の子、
『痛い、痛いっ。痛いって、何すんだよいきなり』
『どっひゃあ〜。石ころが喋ったぁ!おったまげたぁ。やばい、腰抜けちゃったかも』
睦姫は、全国模試で一位を取る程の頭脳とティーン誌で表紙を飾れる程の美貌を兼ね備えた、まさに才色兼備を地でいく女の子なのである。
だけど、頭がちょっとアレだから、クラスでは浮きに浮きまくっていて、この学校に彼女の友人は一人しかいない。
『俺は石ころじゃないよ。水谷業だ』
『えぇ〜、石っころじゃないのぉ?ミズタニカルマって何?食べ物かぇ?美味しいのかぇ?』
そう言うと、睦姫はポケットから彫刻刀を取り出して、俺の肉を
『やめろって、俺は人間だよ。人間。君のクラスメイトの水谷業だ。石ころでもなければ食べ物でもない』
『うんわぁ〜。まさかとは思っていたけれど、
わぁ〜い。わぁ〜い。と両手を上げて無邪気に飛び跳ねる睦姫はとってもキュートだ。
『あっ、はっ、初めまして。私は睦姫愛叶と言います。よろしくお願いします』
『睦姫。それは机だよ。俺はこっちだ』
『いっけねぇ〜。そうですかぁ、こっちでしたかぁ。どうも初めまして、睦姫愛叶と言います、よろしくお願いします』
『睦姫。それは椅子だよ。俺はこっちだ』
ムーッ、と頭を抱えた後で、
『よぉ〜し、今日はここまで。この教室に私と覇日君以外の人間がいるって分かっただけでも大発見だもの』
うんうんと一人頷く睦姫は、やはり殺人級に可愛い。
『それに、あんまり頑張り過ぎるのは良くないって覇日君が言ってたから、もうおしまい。じゃあ、またね。水炊きマロニー』
フフフンフ〜ン♪と鼻歌混じりにスキップする睦姫がとっても可愛いから、いつの間にか俺がお鍋の具にされていた件は、全く気にならなかった。
石ころよりはマロニーの方がいくらかマシだ、だってマロニーは人を笑顔にするだろ?
もう昼休みも残りわずか。
残念だけれど、日向ぼっこは諦めよう。
椅子に座ってポケーッと昼休みを
『よう、
ちらりと横目で俺を確認し、まるで何事も無かったかの様に立ち去ろうとする皇月を、
『いやっ、無視は酷くない?ちょっと話そうぜ』
と俺は何とか引き留める。
彼は、俺がこの人生の中で目にした全ての人間(テレビやSNSで目にした著名人も含む)の中で、間違いなく凡ゆる分野で圧倒的No,1の実力を有する男である。
勉強もスポーツも、日本最高峰の実力を有するこの俺が、まるで凡人だと思えてしまう程に、完全無欠。圧倒的な存在。
それが皇月覇日という男だ。
でも、完璧だからこそなのであろうか?
彼はなんだか、いつ見ても退屈そうなのである。
『なんだ?僕は今、これといって君と話すべきテーマを持ち合わせていないのだが?』
睦姫愛叶と並んで、全国模試一位(即ち全教科満点)の頭脳を持ち、帰宅部でありながら助っ人として野球部の夏の大会にエースで4番として出場し、甲子園の決勝では、27奪三振。5打数5HRの大暴れ。
なぜこんな化け物と同じクラスになってしまったのだろう、と嘆いた事も確かにある。
だって、皇月がこの学校の全女子生徒千人と同時に交際しているせいで、俺の高校での青春の夢は、
でも、その負の側面を補って余りあるくらいに、皇月覇日という男は、筆舌に尽くし難い魅力で一杯に溢れているのだ。
『わかったよ。じゃあ、一つだけ聞かせてくれ』
『何だ?』
『お前は今、ハッピーか?』
皇月は、目を見開いた後で、少しだけ間を置いて、
『あぁ、まぁ、それなりにはな』
と、答えた。
次の瞬間、皇月覇日の能面面が笑顔に変わる。
この笑顔に、女子はやられてしまうのだ。
無理もない。
だって、俺もやられそうだもん。
背を向けて自分の席へと向かう皇月を眺めながら、僕は思う。
早く世界中のみんながハッピーになります様に。
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