第8話 ビジネスのスペシャリスト

 言葉を発明し、文明を築き、それはもう、めまぐるしい速力で進化を続けてきた、我等

人類。


 気が付けば人間は、人類がより良く生きる為に作ったはずの【お金】や【法律】、【社会】と言う名の鎖に縛られて、自由を奪われ苦しみもがく様になった。


 文明とテクノロジーによって効率化した社会は、【弱い人間】が生きる事を許さない。


 その結果、皆んなが生きる為に死物狂いで進化を続けるものだから、社会は更に効率化して、生きる為に必要な強さの最低ラインは日々更新され続ける。


 そして、ついに人間は、効率化に食い殺されない様に走り続ける事に精一杯で、真に人生を味わう事も無く、虚しくその命を終わらせる。


 こんな時代で笑って生きていく為には、何が必要であろうか?


 必要なのは力だ。


 力と言っても、単純な腕力でも、実地で何の役にも立たない学力でもない。


 それらは力ではなく、能力だ。


 効率的な者しか生きる事を許されない現代社会にいて必要な力。


 それは変化し続ける時代の要請に柔軟に対応し続けられる力。


 ビジネスの才能が必要なのだ。


 えっ?ビジネス?


 ビジネスって起業の事ですか?


 だとしたら、自分には関係ありません。


 だって、自分は塾に通って、良い大学に入って、良い企業に就職して、一生安泰なのですから。


 休日には優雅にゴルフなんかたしなんじゃったりするんですから。


 だから、起業なんて危ない博打、自分は絶対にやりませんよ。


 そんなあなたは、いつか、そう遠く無い未来で効率化という化け物に食い殺されてしまうだろう。


 その道の先には、良くて廃人。最悪は死が待っている。


 自らの人生の主導権は自分で握れ。


 自分の運命のハンドルを他人に握らせた時点で、その人生にもはや希望は無い。


 苦しんで絶望した挙句あげくに、孤独な死を迎えるのがオチである。


 だから、国語・数学・理科・社会なんて馬鹿げた時間割で一日を無駄にしている場合では無いのだ。


 ビジネスの事を何も知らない先生ザコの話などに耳を傾けている時間なんて、1秒もない。


 先生かれらは、正に呼んで字の如く、ただ先に生まれて来たというだけの、旧時代式の教育おままごとによって作り出された、クソの役にも立たない生ゴミ同然のガラクタなのだから。


 ビジネス・ビジネス・投資・ビジネス。


 来年の春から、小学校でこの時間割を採用したらどうだろう?


 きっと、このVUCAの時代を生き抜く、素晴らしいリーダーを量産出来る事請け合いなのだが。


 何より、ビジネスは楽しい。


 利益を追い求め、お金お金と自分の富を築くのに必死になるのはどうかと思うが、自らがこの世界で実現したい理想を掲げて、そのミッションを実現する為のシステムを社会に実装して、人類を豊かにする。


 人間という生き物で在る上で、これ以上にやり甲斐があって、面白い事はビジネスをおいて他にない。


 労働者どれいとして、経営者しゅじんを豊かにする為に、自分の身と心をすり減らす。


 そんな悲しい人生を、出来る事ならば誰にも味わわせたくはないのである。


 ビジネスは面白い。


 この世界で生きる人間の数だけ多様なビジネスが存在する。


 せっかく生まれてきたのだから。


 やりたく無い事に費やす時間など、僕等には1秒だって無いのだ。


 【好きな事をする為には、時には我慢も必要だよ】等という、思考停止した凡人の吐く言葉など聞く必要はない。


 彼らは、自分が我慢を強いられ自由に生きていけないから、あなたが我慢せずに自由に生きる事を決して許せないのだ。


 自分が我慢しているからには、他人も我慢させなければ気が済まない。


 臭くてきたない心によって構成されている凡人ザコは、いつだってあなたの足を引っ張ろうとしてくる。


 だけど、あなたは、そんな旧時代式の思考停止した凡人とは違う。


 彼らはもう手遅れで、無価値な人生の果てに絶望して死んでいくしかないけれど。


 あなたの人生は勝利と栄光に満ちている。


 人生は、人の目なんか気にするのも忘れてしまう程に、最高に面白いんだから。


 だから周りの雑音なんて気にする必要は全く無い。


 彼らはあなたに、勝利も栄光ももたらしてはくれないのだ。


 あなたがすべき事は、好きな事に命を懸ける。ただそれだけである。


 僕がこの六千年の人生のうちに学んだビジネスの極意はただ一つ。


 好きな事をやる。


 ただ、それだけだ。


 もし、あなたが今不遇の中で、もがき苦しんでいるのならば、あなたをそこから救い出せるのは、あなたしかいない。


 残念だけれど、この世界には、白馬に乗った王子様も、正義のヒーローもいないのだ。


 だけど、そんな幻想よりも、現実の方がずっと素敵な夢でいっぱいにあふれているんだ。


 だから、あなたに必要なのは、一歩を踏み出すほんの少しの勇気だけ。


 いざ大海原に船を出して、ひたすら夢中を追いかける冒険の日々に身を任せれば、あなたはきっと幸せになれる。


 あなたが幸せになれば、他の誰かを幸せに出来る。


 いまからせーので、この世界に生きる全ての人間が、やりたく無い事を直ちにやめて、自分だけの夢中を追いかけたなら、世界はあっという間に笑顔で包まれる。


 夢中を追いかける事。


 それを僕はビジネスという。


 この世界から一日も早く労働者どれいがいなくなります様に。


 人は一人一人がスペシャルで、だからこの世界は面白い。


 『お〜い。皇月こうづき


 クラスメイトの水谷みずたにが、相変わらずの間抜け面をその顔面に貼り付けて、僕に向かって駆けてくる。


 『どうした?』


 『学食のおばちゃん。急に辞めちゃっただろ?どうしたのかなぁって思ってたら、ほらこれ見ろよ』


 鼻息を荒くした水谷がスマホの画面を僕に向ける。


 『あのおばちゃん、パリでレストランをオープンしたらしいぜ。しかも初月の売り上げが五千万円だって。ついこの間まで、ワンコインの学食を作ってたおばちゃんが、月五千万円も稼ぐなんてさ、本当に、人生って何があるか分からないよな』


 スマホの画面に映し出されたシェフは、相も変わらず美しく、彼女のたたえるその笑顔は、鮮やかなパリの輝きに負けないくらいまぶしかった。


 やっぱりね。


 皆んなが夢中を追いかければ、いつかきっと、このクソつまらない世界をぶっ壊せる。


 その先の未来にこそ、きっと本当の幸せが待っているのだと、僕は信じて疑わない。


 『おばちゃんの料理が食べられなくなったのは残念だけど、でもさぁ、こんな笑顔を見せられたんじゃ、応援しない訳にはいかないよな?』


 水谷は、今日も今日とて、相変わらずの良い奴である。


 なんだか今日は、とっても気分が良い。


 最高のビジネス日和である。


 今日も僕のビジネスは、鮮やかな色彩でこの世界を彩る。


 


 

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