そうだ お兄ちゃんを つくろう

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第1話 大変!お兄ちゃんが死んじゃった

どうしよう、お兄ちゃんが死んじゃった……どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう(落ち着け!)


胸のあたりから込み上げてくる何かを抑え込んで、パニックに陥りかけた頭を強制停止した。

冷静とは程遠い状態ではあるが、どうにか頭の中に自分を組み立てていく。


わたしは、その作り物の自分に思考を委ねた。


まずは現状確認からだ。先程からずっと視界の中心にあるが認識を拒絶していた『黒いかたまり』を検分する。


「もう救急車じゃ手遅れだよね……」


50cmくらいの大きめのかたまりには、いまにも折れそうな細いくびれを経て人間の頭ほどのパーツがつながっている。その周辺にも完全に炭化した破片が散らばっている。


まだ火傷しそうなほどの熱を持つそれを抱きかかえようとしたが、ボロボロと崩れていく。


……わたしのせいだ。


――――30分前


わたし、廿六木理抄とどろきりさはいつものように自宅の地下にある実験室で実験の準備に没頭していた。

人類の歴史をちょっとだけ前進させる行為……というとすごそうに聞こえるが、真っ当な研究者はみんなやっていることだ。


何年か前にバイト先での研究成果がメディアに取り上げられ、天才女子中学生ともてはやされたこともあるけど、実際はたいしたことをしていない。ただのアルバイトだけど、たまたま人目を引く研究成果だったのと、何より当時のわたしが女子中学生だった事が大きいと思っている。


その証拠に、女子中学生という単語ばかり話題にされ、研究の意義や内容はおまけだった。


それでも、注目を浴びたことをきっかけに色々な企業と契約し、お金や情報に困らなくなったのは大きなメリットだし、顔は公開していないのにネットで美少女と噂されているのを見つけてお兄ちゃんに自慢した。


でも、動くお金と組織が大きくなると、どんどん制約が増えて不自由になっていくものだ。わたしは面倒になりバイト先を辞めた。わたしが辞めても他に優秀な人はいるし問題ない。


しばらくは研究機関からの誘いや取材の依頼もあったが、1年ほど全て無視していたら相手にされなくなった。


今は学校にも行かず自宅に引きこもっている。

今更自分のことを思い出す人間はほとんどいないだろう。



今日最後の実験の準備を終えて休憩しようとして、実験室にある冷凍庫のアイスの在庫が切れていることに気いた。


いつものように、お兄ちゃんに買い物をお願いしようと思ったけど台所で料理中だった。今日の夕食はなんだろう。ハンバーグかグラタンかオムライスだったらいいな。でもお兄ちゃんの手料理ならなんでもいい。


たまには自分で買ってこよう。

夕食前にアイスを食べようとしていることがバレたら怒られちゃうかもしれないと、こっそり家を抜け出してコンビニに向かった。


帰り道、スマホに届いた通知を確認すると、火災警報だった。

誤報かと思ったけど複数のセンサーが異常値を指していた。


急いで家に戻り、地下への階段を降りると防火扉が閉まっている。消化装置が作動したようだ。


一階に戻って台所を覗くが料理をしていた兄がいない。

「お兄ちゃん?どこ?」


静まり返った家の中。

すごく嫌な想像をしそうになる。


地下の防火扉を開けると、2つあるドアのうち片方から煙が漏れている。被害は実験室の一区画だけのようだ。


無事な方のドアを開けて中に入る。

実験室を2つの区画に仕切る壁にはポリカーボネート製の窓があるが、シャッターが閉まっていて向こうは見えない。自動的に閉まったのだろう。


鼓動が速くなる。

実験室の監視カメラの映像を巻き戻し、写っているものを確認する。


『理抄ー。夕食持ってきたぞー』


いつものように出来たての夕食を運んできた兄が画面内に現れる。


おそらく兄には何なのか分からないであろう機械が音を立て、足元にはケーブル類が這っている。


実験室の奥へ足を進める兄。

お昼までそこで実験の準備をしていたので、わたしが今もそこにいると思ったのだろう。


兄が奥に歩いていくと突然映像が乱れて、爆発音が聞こえた。


急いで隣のドアに向かい、熱で少し変形してまだ熱いドアをこじ開けた。

消火と換気はすでに完了していた。



――――改めて惨状を見渡す。


さっきまで兄だったそれは文字通りの消し炭だった。


黒い破片を慎重に集める。

まだ内部に生きている部分が存在する可能性もあるが、どんなに高度な医療をもってしても人間としての蘇生が絶望的なことは分かる。


爆発の原因には思い当たらない。そもそも危険な実験は外部の施設を使うようにしている。失敗は常に想定している。どんなに気をつけていても、未知の先にあるものを追い求める限り想定外の結果は排除できない。


いや、今は原因について考えるよりも、急いで行動しなければいけない。


再び思考を切り替える。


これからの方針を何パターンも考える。


取り返しがつかない……とは考えない。

なぜなら、わたしは天才だからだ…そんなこと微塵も思ったことないけど。


解決しなければいけないのは、すべてが技術的な問題のはず。

医師が死亡診断をしたわけでも、死亡届が出されたわけでもない。法律上まだ兄は死んでいない。

生物学的にはどうか。人類はまだ死を厳密に定義できていないが、この炭化した物体が生きていると判断する人間はほぼいないだろう。


他人の基準は無意味だ。私は兄を取り戻すのだ。

やると決めた以上、本質的でない問題は後回しにするしかない。

幸いなことに、資金も人脈も万が一のときのための備えもある。


まず、今までに関わりのあった大学や会社の知人に、いくつかの確認事項をメールで送った。

もう夜だというのに、すぐに多くのメールに返信があった。

軽く内容をチェックすると、音信不通だったわたしから連絡が来たことに驚く文面で、詳細は明日以降になるという返答がほとんどだった。

ただ、どれも悪い感触ではなさそうなので少し希望が持てた。


大好きなお兄ちゃんが私のせいで死んでしまった。

……わたしが殺してしまった。


(絶対にお兄ちゃんを取り戻す)

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