第9話 美人の噂

『本当に?』

考えるより先に口が動いた。

椅子が大きな音を立てて倒れたが、気にしてなど居られなかった。


『知ってるわよ、多分。』

女給は多少面食らっていたが、はっきり答えた。


『でも、会ったことはないわね。すっごく高い女だもの。』


『高いおんな。』

口の中でゆっくりと反芻する。


『娼婦ってことか?』

柄本も口を挟んでくる。

『やだ、エモトさんまで。他に乗り換えるつもり?』

女給が頬を膨らませて拗ねたふりをする。

『いいや、お前以上の女はいないよ。でも、俺の友達がこんなに必死に女を探すことなんてないからなあ。興味があるんだよ。』


『いいから、教えてくれ。』

一寸の時も無駄にしては居られない。自分の中に湧き上がる焦燥を感じた。

『彼女は高級娼婦よ。金の髪に翡翠の瞳。この街で虜にならない男はいないわ。』

いかにも不本意だと示して、女給は溜息をついた。


『どこに行けば彼女に会える?』


『さあね。金にならない男には会わないと思うわよ。あ、でも。』


丘の上の屋敷が彼女のものらしいわ。


『丘の上というのは、高級住宅街のことだな?』

『そうよ。1番海に近い屋敷がそうだって、聞いたことがある。』

『それで?肝心の名前を聞かなくていいのかよ。それと桐島、不作法だぞ。座れ。』

私は柄本の声でやっと我に帰り、席に着いた。


『女の名前は?』


女給の唇が音を紡ぐまで、とてつもなく長く感じた。


『レティシア。』

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