幻影と愛染
吉野コウ
第1話 独白
その記憶はセピア色の写真のようだ。
色褪せながらも決して消えることはない。美しく、手の届かない幻影。
生涯で一等いい女。
それに出会ったのは、私がまだ尻の青い若造だった時分のこと。
大陸の港湾都市へと渡り、記事を書いていた。駆け出しの新聞記者は、期待に胸を膨らませ夢中で働いた。
若さとは熱にほかならない。熱に浮かされ惑わされ、果てには狂わされる。
夢を見せられた青年は、月に手を伸ばした。決してその手が届かないことを知りもせずに。
手が届かないことを知ると、月の方から落ちてくるのを待ち続けた。
そして知った。
自らが手を伸ばしたのは、単に水に映った月影に過ぎなかったと。
彼はついに諦め、そのまま老いた。
恨めしげに月を想いながら。
のちに悔いてももう遅い。出会った瞬間から手遅れだった。
麗しく優美で朗らか。哀れで悲しい。計算高く高飛車で気まぐれ。全て彼女の一部だった。
結局のところ、彼女は私に心を預けることはしなかった。
私はそれほどの価値を持たない男だったからだ。
何もしてはやれなかった。無力で地位も金もないただの若造は選ばれるに値しなかった。
もし彼女が私の手を取ってくれたのなら。
望みを捨てきれず生きる自分のなんと愚かなことか。
幻影にすぎなかった女。綺麗な女。年上の女。優しい女。裏切った女。
私は年老いてもなお、かの女のことを思い出さずにはいられないのだ。
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