風の結び

安神音子

1


仕事が終わって家に帰って来ると、いつも服を脱ぎ捨てる癖があった。


服の締め付け感とか、外で着ていたものを中でそのまま着ている感覚とか、駅から歩いて帰って来た時の暑さとか、色んな自分の体への負担が服に対してのマイナスイメージを膨らませていく。


服を買うことは好きだ。


カラフルなものとか、レトロなものとか、モノトーンとか、少し昔の服を集めるのが好きだ。


でも、帰って来た途端に嫌いになる。


特に雨の日は、ジメジメしている感じが堪らなく嫌いで、会社に出勤した時点で脱いでしまいたいくらいだった。


今日も帰宅してすぐに服を脱いだ。


洗濯機に脱いだ服を入れて、そのままお風呂に入った。


脱衣所には会社用の鞄と、バスタオルが置いてあるだけ。


スマホからは音楽が流れてるけど、シャワーを流しっぱなしだから、そんなものはいつも聞こえなかった。


今日は雨だったから、昨日も雨だったし、多分もう梅雨入りなんだな。


そういえば、こないだ7月に入ったよな。


今年の梅雨は遅いんだな。


気温は低くて、体温は高い。

気分は夏なのに、まだ梅雨。


シャワーを止めると、思っていたよりも爆音で音楽が流れていて、思わず

「うるさいっ」

と叫んでしまった。



「おかしいでしょ。誰がこんなに音、大きくしたの。」



この家には私以外誰もいない。

よって、私しかいない。


小さい頃からずっとあった独り言は、中学の頃から酷くなって以来、ずっと治らない。


誰かに答えを求めてるわけじゃない。


ひとりで一方的に話をして、自分の都合のいい返事を自分で与えて、自分で納得する。それが一番のストレス発散方法でもあった。


タオルで髪と体を拭いてから、タオルを洗濯機に入れて、鞄を持って寝室に行く。


部屋着を着て、スマホの音楽を止めて、ここからは私の時間。


自由で何もしない時間。


今日は帰って来るのが少し早かったから、まだ時間が沢山あるな、と思った。


ご飯なんてものは面倒臭いから、お腹が空いたら食べる。


飲み物はベッドの横に置いている小さな冷蔵庫に常にストックして置く。


ついでに、その中にはいつも帰りに忘れずに買ってくる、生ハムも入ってる。


ベッドに寝転がりながら、24インチの小さめのテレビの電源を付けた。


2DKという少し広めでお高めの部屋を選んだ割には、家に呼ぶ友達もいないし、私は基本寝室にしかいないし、本当に部屋の無駄遣いだと思ってる。そもそも、広めで沢山部屋のある家には憧れていたかもしれないが、現実はそんなに部屋なんて要らなかったし、家賃も選んだ時のプライドも高いだけで何の得もしてないのだ。



「今日は何見ようかなー。」



ドラマは溜め録りして一気に見る派。


丁度先々週くらいに全部春のドラマが終わって、今は一気見の時期。


でも、どうせこの時間から見たら見終わる頃には朝とかになっていそうだから、昨日の特番の音楽番組でも見ようかな。


そんなことを考えながら、リモコンのボタンを上下に動かして、悩んでいた。


結局、音楽番組を再生して、興味があるところも、無い所も適当に流して聞いているだけ。



「何、この子たち。また人数多いアイドルか。」



男の子はイケメンが好きだ。

女の子は可愛い子が好き。


最近の人数の多い女の子アイドルは、どうもみんな同じ顔に見えるし、イマイチ可愛い子がいない。


これも歳かな。


昔はもっとどっぷりハマれたアーティストとかいたのにな。


帰って来てから3時間経った時に、やっと仕事の鞄からハンカチと資料を出した。


ハンカチは洗濯機。


資料はシュレッダー。


と言いたいところだがそうもいかず。


残業はしたくないから仕事を持って帰って来ることが多いのだが、結局家でもやらない。そもそも、PCはあっても机が無いから、やる気が起きないのだ。



「リビングの机は、テーブルだもんな。」



そう、テーブルは机ではない。


よって、私の部屋には机が無い。


そういうことだ。


資料を片手に生ハムを食べる。


昔は休みがないくらい、朝も夜もバリバリ働くのが私の夢だった。それが理想の働き方だった。


だけど、現実は違う。


週休2日。定時上がり。


そして家では、これでもか、というくらいのだらけ具合。


通りで彼氏も居ないわけだよ。


そもそも好きなタイプなんて、



「あ、きたきた。」



そう、この人みたいな顔が好き。


テレビに映ったのは、私が中学の時からずっと好きな男性アイドル。


もういい歳だろうな。


結婚とかしないのかな。


私よりも10個は上だと思うから、そろそろ結婚して安定してくれないと、私も安心して嫁に行けないよ。


なんて、アイドルの追っかけ方もおばさんみたいだ。



「今日もよかったよ。」



呟いてから、テレビの画面が他の人を写した時に、資料に目を戻した。


うちの会社の人たちはこんな難しいこと考えてんだな。


私なんて、やれ、って言われたことを教えて貰ったようにやって、それだけで、仕事が出来る、って褒められてるんだから本当に楽な仕事だと思う。


私が一番怖い言葉は、

「次のプロジェクト君に担当してもらおうと思ってる」

っていうやつ。


よくドラマで聞くやつ。

あれ、凄い怖い。


私は仕事が出来る風に見せてるだけで、実際は何も出来ないナマケモノだからだ。もしかしたら、ナマケモノの方がずっと利口かもしれないな。



「大人ってなんだろうな。」



私はまだ大人じゃない。


だって、

小学生になっても、

中学生になっても、

高校生になっても、

大学生になっても、

社会人になっても、

私は私だった。


大人になったらお酒が飲めるとか、

大人になったら車の運転が出来るとか、

大人になったら結婚出来るとか。

全部出来てない私はまだ子供だ。


昔から何も変わってないのだ。


親の元は離れてみたけど、離れてみたところで、実家でひとりで留守番することの延長みたいで、特に何も変わらなかった。


まさか子供のまま、大きなビルの中にある会社にPC作業をするために通うなんて、そんなことは昔は考えてもいなかった。



「もう疲れた。やっぱり、家で仕事なんてするもんじゃないな。明日から残業しようかな。どう思う?」


そうだな。サービス残業ならやる意味無いんじゃない?何だかんだいつも提出期限には間に合うじゃない。


「そうだよねー。じゃあいいか。今日はもう終わり。」



私は鞄に資料をしまってから、またベッドに寝転がった。


なんか、そろそろ野菜食べないとダメかな。


肌が荒れてるとか、そういうことではないが、なんとなく体が野菜を欲してるのだ。


だからと言って、今から買いに行くのもすごく面倒が臭い。


こういう時は気にせずに寝ることが一番だな。


私は缶の炭酸ジュース、サイダーを1本開けて残りの生ハムと一緒に飲んだ。



「最近の曲か。知らんな。」



なんとなく周りについていけるように、最近の曲はチェックするようにしている。だから音楽番組は毎週必ずチェックしているのだ。


とか言いながら、結局は興味のあるものしか興味が無いし、チェックしたところで話をする相手もそんなに居ない。


音楽はジャンル問わず昔から好きだ。


基本はJ-POPだが、ジャズも好きだし、Rockも、歌謡曲も、なんでも好きだ。


昔の曲は、母の影響でよく聞いていた。少し前のアイドルとか、バンドとか、今でもよく聞いている。


いつの時代にも乗り遅れないようになっている


はず。


ただ、最近の曲はどうも私の耳に合わない。


やっぱり、好きなアイドル以外は分からないな。



「無理に分かろうとしなくてもいいのかも。」


人それぞれ、好みは違うからね。


「そうだよね。あー、今日も推しがかっこいいよ。」


分かる、分かる。今日のビジュアル、良かったよね。


「だよねー。本当に黒髪にしてからかっこよさ増したよー。」



私は電気を消して、スマホを弄っていた。


テレビからは、まだ終わりそうにない、録画した音楽番組が流れていて、そのまま放っておいても、明日起きれるといいな、なんて考えていた。

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